2014年1月 9日 (木)

革の誘惑〜Herz再び

Herzの根津鞄を使い始めて7年が過ぎた。さほどハードな使い方をしてきたわけではないが、かといって大事に大事に使ってきたわけでもなく、コンクリートの地面にもドンと置くし、雨が降っていても濡れるままに気にせず肩から下げてどこにでも行った。なのにこの鞄は家に来たときと相も変わらず、頑固者の顔つきのまま、相応の歳のとり方を続けている。 それでも、本家根津鞄のような貫禄は出てこない。

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革製品を扱う日本の工房で好きなのがもうひとつ、WILD SWANSなのだが、手のかけ方はWILD SWANSの方が上だ。Herzとは一線を画す美しい造形と仕上げだ。

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これは鞄ではないが、買ってから毎日使っている小銭入れ。爪で付く傷も直ぐに美しい艶の下で味になる。WILD SWANS自慢のコバは買ったときのままだ。

HerzもWILD SWANSも職人の技と心が革にたっぷり染み込んでいるのだ。だから時折無性に革製品が欲しくてたまらなくなる。というわけで、今年最初の物欲はHerzのほぼ日手帳カバーに向けられた。

WILD SWANSのカバーもそれ以外のカバーも見たが、結局辿り着いたのはHerzだった。ただ、Herzのほぼ日手帳カバーはカズンはバタフライストッパー仕様なのにオリジナルの文庫版サイズはバタフライストッパー仕様ではなく、ペン差しが片方にしか付いていない。バタフライストッパーというのは左右に段違いのペン差しが付いている。FERMATAは両方のペン差しに一本ずつペンを2本挿しており、それは使い手の勝手だが、糸井重里(もしくはそのスタッフ)の意図は2個のペン差しに1本のペンを挿して手帳が勝手に開かないようにするところにあったと思う。というわけで、Herzに掛け合ってセミオーダー品としてバタフライにしてもらうよう頼んだ。FERMATAと色違いで新調することにした。来月半ばまでかかるが、そういう物作りを続けている工房が私は好きなのだ。

 

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2009年6月 2日 (火)

根津鞄2年目

 2年前に購入して書いた日記にコメントを寄せていただいた。あのときもひたすら書いたように、既成概念でショルダーバッグを買おうとする者を跳ね返す鞄であることに今もかわりはない。でも、その頑固一徹さに惚れるという人がいても全然おかしくない。決して使いやすくもない。何しろ重い。空っぽでもMacBook Airより重いのだから。中に物を詰め込んだら肩が痛くなる。
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 何しろ硬い。だから融通がきかない。ムリしてタオルを1枚、Tシャツを1枚入れようと思っても、1冊本を抜かないと入らない。そういう意固地なところのある鞄である。
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 傷が簡単につく。爪で擦ると線が残る。雨で濡れるとシミができる。でもそんなこと気にしてたら、本物の根津鞄に近づきようがない。お手入れなんてしない方がいい。汚れたら軽く拭いてやるだけでいい。でも、容易に壊れそうにない。念に念を入れた頑固なステッチと選び抜かれた堅い革が壊れてやるものか、と主張する。そういう鞄である。
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 久しぶりでポップアップする写真にした。見たい人だけアップしてみればいい。

 ちなみに、私の鞄はHertzで今売られている根津鞄とはちょっと仕様が違う。私はこの鞄を買うときに、根津さんとメールのやりとりをして、オリジナルと同じにして欲しいと頼んだ。売られている鞄には傷防止に鋲が底に打たれているが、私はそれをつけないでくれとお願いした。ショルダーベルトの端を留めるベルト通しも増やしてもらった。根津さんが私の鞄を、自分の鞄を作ったときと同じように厚い革で作ってくれた。ネズの魔法使いは、私の鞄にどんな魔法を仕込んでくれたのか、まだ2年しか経っていないのでわからない。私が70歳になって、まだこの鞄を下げて歩けるだけの体力が残っていたら、魔法の本体に触れることができるかもしれない。

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2008年1月 9日 (水)

f.64のカメラバッグ〜DCPT

F64dcpt 鞄好きの私にとって、今回のデジタル一眼レフカメラ導入にあたって、カメラ本体やレンズの購入よりもっとドキドキしてうれしかったのは新しいカメラバッグの購入だった。20世紀のカリフォルニア州、サンフランシスコを中心に活動する「グループf/64」という芸術カメラマンの集団があった。その名前をつけたカメラバッグのシリーズが写真のバッグ。f.64にはたくさんのカメラバッグがあるが中でもカメラバッグ然としていないカメラバッグを望むのなら、このバッグ「DCTP」を含め、トート型や、シンプルなショルダーなどいろいろある。このDCTPはトートほど人気はないみたいだが、女性用のショルダーのように肩に下げると、鞄の上部は三日月型に湾曲した美しい形をしている。サイズ的に合うことを確認したら、もうそれだけでこのバッグに決まり。160(D)×250(W)×200(H)という小さいバッグで、カメラ用のバッグだから当然カメラ保護の頑丈なインナーが入っており、内容量はもう少し小さい。仕上げはヴィエトナム製だから期待しない方がいいけれど、一見シンプルでありながら、開けるポケット、開けるポケットに様々な工夫が凝らされており、デザイン・機能性ともにすばらしくいい。吉田のポーターなんかより仕上げは劣るが、その分、数段凝っている。NikonD40+標準ズームをつけたメインの部分、55ー200mmズームレンズの部分、充電器のアダプタ、予備電池、コード類などD40関連のすべてがきれいに納まり、収納本体の中にも網ポケットや、マジックテープのポケットがついている。かつ、外側についているマチ付きポケットには取説や手帳やペンが楽々入る(ペンを数本指せる袋ポケットがついている)し、その裏側にもチャックで開けると薄いけれど前面全体に広がる収納スペースがある。裏側はマジックテープで押さえる同じようなポケットがある。バッグの左には背が若干低い網のポケットがあり、携帯を入れておくのによさそう(Amazonの写真では500mmのペットボトルが入っている)。対称の位置にある右のポケットは生地でできている背の高いポケットがあり、三つ折りの折りたたみ傘くらいは入る。そうして、このサイズの中にデジタルカメラマガジンの大きなMOOK本が普通に入る。ショルダーベルトには肩当てパッドがついており、これも滑り止めの素材が使われている。加えて、正面のマチ付きポケットの下には車のライトなどを反射する銀色のラインが何気なく入っていてそれがデザインを引き立てている。

 機能と美を兼ね備えたバッグは実にカッコイイ。TSL(トート)もいいし、蓋がすっぽり後ろから前にかかるMSG(ショルダー)もカメラバッグらしくないバッグという点ではいい。とにかく、f.64のカメラバッグは安くて、しかもセンスのいいバッグだと思う。

 一方で、一眼レフカメラを持ち歩くというのはこういう手間もかかるということではある。コンパクトデジタルカメラなら服のポケットに入れて持ち運べるのに、いくら小さい一眼レフカメラとはいえ、装備は大変なのだ。でもそういう凝りに凝り固まったグッズが好きで好きでたまらない私にはぴったりのバッグだ。そこにはデザイナーの仕事に遊びがなく、機能をデザインしていくとこうなるという見本のようなバッグなのだ。

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2007年4月22日 (日)

時をこえて〜「たかが鞄…」論

Nez_eubag 一夜明けて改めて鞄を見る。無骨で実直な革とステッチの作り出す世界は「洗練された」現代の商品(鞄にかぎらずあらゆる商品たち)のなめらかさ、肌触りのよさとは無縁である。それは手にしたときの感触の問題だけではなく、視覚のうえでもそうである。デザイナーなら絶対にこうはしないだろうという線や比率に満ちている。近代から現代にかけて続く工業生産の歴史の中で切り落とされていったものが詰め込まれている。私たちのモノにたいする感覚はデザインや機能や肌触りをとおしてコントロールされてきたため、原初の《道具》が持っていた何か大事なもの(こと)を忘れていた。見栄え、耐久性、素材、その他あらゆる要件をある程度満たし、経済的な頃合いを見計らって陳腐化し、あるいは壊れるように計算されつくした消費財文化が私たちの日常を動かしている。数ある要件の中でこの鞄にあるのは「壊れない」こと。その関門をクリアするために職人は全力を注ぐ。その上に機能や使い勝手という価値がつく。

 この鞄はもともとHERZの根津さんが自分のために作ってみた鞄だ。普通の使い方では壊れないものに根津さん自身の必要な価値を加え、それを統合するための造形をした。至極自然なモノの作られ方でできた鞄は、しかし現代人の嗜好に合致するかといえばたぶんダメ出しをする人のほうが多いのではないだろうか。どちらの行き方が正しいかという問題をこえて、私たちは生まれてからずっと自分の中の原初的な感性に「磨き」をかけてきたために、この鞄が突きつけるモノのあり方に大きなショックを受けるのだ。私は私なりに想像力を働かせてこの鞄をイメージしつづけてきたが、その想像力の貧しさを感じざるを得なかった。そのことが大切なことを気づかせる。鞄の熟成を楽しむ、なんて生半可な言葉をはいていたつい先頃までの私は、いまや立場が逆転してこの鞄に自分のライフスタイルを合わせていくことからスタートしなくてはならないと思っている。自由にモノ選びのできる現代にあって、そこまでする人は少なかろうと思うのだ。この鞄が私の中で《道具》として生き始めるには鞄の変化より先に自分の方を変えなくてはならない。そしてそれは決して嫌なことではない。なぜならそれが自分の意志で選ぶ《道》だからだ。そしてその《道》に行く手が見えだした頃、この鞄は私の身に《具》わるのだ。

 たかが鞄一つでこれだけのことを考えさせられるなんて、普通の人は馬鹿なことと思うに違いない。でもそういう鞄であることは事実なのだ。だから安易に人には勧めない。けれど自分の意志でこの鞄を選ぼうとする人には賛成する。決して裏切られることはないはずである。HERZという職人集団の会社が作り手である職人さんたちの自由な発想でものを作らせている限り、買い手は新しい刺激をこのお店から受けるだろう。使い手の発想に立って作られているにも関わらずやはり作り手の発想が使い手のそれを越えるという、中途半端さを排除した製品作りをこれからも続けていってもらいたい。

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2007年4月21日 (土)

頑固そうな鞄

頑固そうな鞄
根津さんが自ら作ってくれた鞄が届いた。今職場なのだが私のデスクの周りは革の匂いが立ちこめている。画像でも十分ガチガチさを感じるが、実はそんなものではない。想像を絶する迫力で並大抵の存在感ではないのだ。ぶ厚い革を使って縫いあげられた箱のようなこの入れ物は並みのショルダーバッグだと思って見るとその思いを弾き返してくる。

たぶんこの鞄を日常的に使いこなすには意識の変革が必要だ。頑固な道具が大好きな変わり者でないと使いきれないだろう。

偏屈な私自身を見ているような気がしてくる。こいつが風雪を耐えて貫禄が出てきたら凄みはいっそう増すに違いない。

自分の中の常識的な鞄観を変える刺激的な鞄なのだ。それは新鮮な小気味良さであり、オーソドックスな顔を持った変革者だ。

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現役を一歩退く鞄たち

Lvrepo 新しいHerzの鞄がもうすぐ届くことになり、これまで毎日私とともに仕事に出かけていた鞄たちを紹介しておこう。今度の「根津鞄」とほとんど大きさの変わらないLOUS VUITTONの1995年製リポーターはいまだにご覧のとおり美しい。LOUS VUITTON GOLF CUPの特製版で今店頭に出ているタイガモデルとは全く異なる形状をしていて、モノグラムのリポーターとほぼ同じ形を革のタイガ(私のエセピアというグリーン)で作っている。数年前にオークションで入手したが、レアものなので、LOUS VUITTON JAPANに問い合わせたりして間違いなく本物であることを確認の上、この手の大きさの鞄としては破格の高嶺で買った。たぶんときどき修理やシステム手帳のリフィルを買いにいくVUITTONの若い店員さんはこの鞄の存在すら知らないだろう。きわめてシンプルな造りで結構粗雑に扱っているのだが買ったときから変化はほとんどない。これを娘の中の孫の誰かに幼稚園バッグとしてやろうと思っているのだが、いらないと総スカンを食っているのは前に書いた。雨にも負けず手荒い扱いにも負けぬ、というLOUS VUITTONならでは逸品である。

Hw 次は2つ持っているHUNTING WORLDの緑のバチュークロスの鞄のうちの一つ(もう一つは以前このブログで紹介した振り分け荷物のようなサドルバッグ)。これもここ4,5年激しい使い方をした。前ポケットの後ろの本体の付け根のビニールクロスはもうほとんど破けてない状態であるが、何せ軽くてA4が楽々入るのにビジネスバッグに見えないという仕事でも持って歩いたAll Mightyの鞄だ。これも国内では入手できないモデルなので、オークションで入手した。HUNTING WORLDの鞄と言えば今回の「根津鞄」と構造だけはよく似たフィッシャーバッグが人気がある(ロス疑惑事件のM氏がヘリコプターの下で持っていて、HUNTING WORLDの印象を一気に落とした)鞄なのだが、私の鞄は街でもほとんど見かけない鞄だ。これもシンプルだが使い勝手は非常に良かった。

 コーチの二つはバーが入ったビジネスショルダーバッグと小さなショルダーバッグだが、これはとにかく革が柔らかく、しかもしっかりしているグローブレザーの鞄で本当はもっと愛用すべきであったがあまり使われることなく私の人生の舞台から消えようとしている。

 真新しい鞄は当分固くて白っぽくて使いづらいだろうが、たぶん四六時中自分の側から離さないだろう。それは根津さん自身が今の製品版とは違う、オリジナルと全く同じに作ってくださったものだ。今は製作もされているようだが後進の育成に力を入れる立場になった根津さんがわがままな私の願いをいれて作ってくれた鞄だ。たぶん明日届くはず。分厚い革を使って堅牢この上ない無骨な鞄を思い浮かべている。普段ここに来てくださっている方には面白くないシリーズ《根津鞄がEUGENE鞄に変わるまで》を何度も読まされるはず。毎回その鞄を画面のどこかに入れるつもりなのでご容赦を。

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2007年4月19日 (木)

新しい鞄

 Herzのショルダーの製作依頼をしてしまってそろそろ1週間が経つ。一度思い立つとどうにもならなくなるのが物欲という病の症状の主たるものにしてすべてである。何度も何度もしつこくメールをしてあれこれ言ってくる客は結構うざったいはずなのだが、online shop担当のOさんは丁寧に応じてくれた。いくつもあった欲しい鞄のリストを毎晩のように眺め続け、結局は最初に心が動かされた「根津さん鞄」をお願いした。最後には家族らはよかったねえ、と幼子を見るような慈愛に満ちた目で私を見た。

 あんまり私がうるさいからかどうか、納期は予定より早くなるらしい。鞄が届いたら、日々の変化をこのブログで追い続けていこうと思う。根津さんのコメントがHerzのサイトに出ているが、固い革を使ってがっちり作ってあるために使い始めは結構苦労するらしい。それが15年目になって、愛着を形に表して熟成する。革製品の、そして鞄の善し悪しは長持ちするかどうかである。たぶん私より長生きする鞄を大事に使っていくということに関しては私は自信がある。これまで思い焦がれ、あちこちの製品と見比べ、いろんなことを調べ、そうして手に入れたものは万年筆にしてもギターにしても毎日手に触れて愛を注入している。実はこのMacもその一つだ。機械ものは必ずいつか使えなくなる時がくる消費財だと知りつつ、Macはそれ以上の何かをもっている。万年筆や鞄と違うのは熟成するということがないことだ。頻繁にフリーズすることを熟成と呼ぶのならしっかり熟成しているのだが…

 いつ「根津さん鞄」が手元に届くかはわからないが、たぶん今私の鞄は製作の過程に乗っているはず。いくら念入りに命を吹き込むといっても一個の鞄に何日もかかっていたのでは商売にはならないはずだから、そう遠くないうちに届くだろう。いろんなアイデアの込められた鞄の多いHerzの商品のなかではオーソドックスな、しかもちょっと不格好な鞄で、それがかっこいいと思っている。今現役のバッグは5つあるが、たぶんLVはきれいに磨いたあとで孫のために保存袋に入れて保管されることになる。仕事で使うかと思っていたコーチのビジネスはほとんど使う機会がないためときどき手入れをされながらほんのごくたまに使われる。バチュークロスが破れたHWのショルダーは二つあるがこれらは山に行くときに本を詰め込んで車に投げ入れて運搬専用になっている。だから当然今度手に入れることになるHerzの鞄がメインになって常に私と行動をともにすることになる。多くの愛情をかけられて生まれてきた子は上手に育てればどんどんいい子になるに違いない。

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2007年3月30日 (金)

鞄が欲しい

物欲オヤヂはまた鞄が欲しくてたまらなくなっている。その鞄とはこれだ。今仕事にはもっぱらヴィトンのタイガラインの「レポーター」というショルダーバッグを使っている。これがもうかなりいじめて使いまくっているのにいまだに美しい。娘の子、私の孫が幼稚園に行くようになったらあげたいと思っている(ちょうど幼稚園バッグと同じような大きさ形なのだ)が、娘らはヴィトンのバッグを下げている幼稚園児なんて馬鹿にされる、と至極まともな反応で相手にされない。

さて、今欲しくてたまらない鞄は日本の鞄職人集団Herz の根津さんというどこか私に似ている人が作った鞄なのだが、15年間使い続けるとこうなるので、新品はあまり面白くない。キャメルがあそこまで汚れて貫禄がつくとすごいものだ。今の私が新品を買ってあそこまで使い切ることができるか。どう考えても無理な気もするし、70近くなって熟成された革のショルダーを斜めがけにして山道を歩いていたらかっこいい気もする。しかし、それまでは相当手荒く扱ってもピンピンのピン、だろうなと思うと気が短い私には扱いきれない感じもする。

しかし誰か私の飽くことないこの物欲をどうにかする方法を教えてください!

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2005年12月 5日 (月)

母娘のバッグ

tomokobag FERMATAの義母は最初に入院してからすでに2年近くが経ち、転院を余儀なくされたのち(一つの病院に在院できる期間が決まっていて、時期が来ると追い出されるのだ)、今は養護老人ホームに入っている。自宅に残された義父も要介護度が高く、預金通帳や印鑑や家の権利証等々の在処がわからなくなってきている。私が家宅捜索をして、見つけだしたそれらの重要書類等の一部が入っていたのが左の写真の鞄である。実に何年たったかわからないほどの代物で、私の鑑定によればこの鞄は買ったときの値段はわからないが実に粗悪な鞄である。朽ち果てた革がボロボロとこぼれ落ちるほどなのにライナーはきれいである。本当の革職人が作る鞄はライナーなどいらない。COACHの古い革鞄や、LOIS VUITTONの本革製の鞄にライナーはついていてない。なぜならライナーの方が革より先にダメになるからライナーなどない方がよいのだ。
 VUITTONのMONOGRAMにはライナーがあるじゃない、という人へ。VUITTONのMONOGRAMは革製ではない。麻布の上にビニールコーティングをした画期的な表皮なのだ。

ferbag01 右の鞄は義母の娘であるFERMATAがまだ私と結婚したかしないかというころに、義父のお土産で買ってきてもらったLA BAGAGERIEの小さなポーチだ。もらったころからほぼ毎日使っているから染められた赤い色があちこち剥がれ落ち、しわが目立つ、ちょうど持ち主と同じような状態なのだがまだまだ現役である。ベーブルースのグローブのような分厚い革を使うCOACHと違って、実に薄い皮を使ったいかにもフランスのエスプリを感じさせる一見華奢でいて、しかし自己主張のあるよいポーチだ。女性はたくさんバッグを持っているという個人的な認識に反し、彼女は欲しがらないからほとんどもらい物ばかり。私が買ってやった鞄も二つあるのだが、毎日使えばもっと良くなる鞄なのに何かある時にしか持たないから、新しい風合いを残したままだ。

 しかしこうして親子二代の鞄を前にしてみると、革を使った鞄というのは実に歴史を感じさせて面白い。革自体が面白い素材なのだろう。男のくせにVUITTONのMONOGRAMが大好きで、若い連中が持っていてもさほど批判的な目で見ることができず、大事に使いなさいよ、自分の子どもへ伝えられるから、と心の中でつぶやいているのだが、でも、MONOGRAMに革の風合いはない。丈夫で大事にすれば次の世代に伝えられる立派な「道具」であることを重々承知しつつ、老いてよりいっそう味わいを増していく革の味には勝てないと思っている。

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2005年12月 4日 (日)

革の入れ物

 親父ゆずりの鞄好きで、若いころから鞄をよく買った。親父と違うのは親父は安物の鞄ばかり買っていたけれど私はどちらかというと安物は嫌い。一時期、機能的な鞄とかデイパックに凝ったことがあるが今はあれこれポケットがついているような一見機能的な鞄は好きでなくなった。

HUNTINGWORLD 先日、万年筆画家古山浩一さんの『鞄が欲しい』という小さな本を買った。彼のようにたくさんは持っていない。昔買った機能的な鞄はみんな数年で擦り切れたり、古くさくなったりして捨ててしまったから残っているのは丈夫な良い鞄ばかりだ。この本に出ている鞄の中で私も持っているのは2つ。それも2つとも彼が好きだという棒吊り式の鞄だった。一つはHUNTING WORLDのダブルサドルバッグ(バッグの上に棒があって、棒の前後に2つの鞄が振分荷物のようにぶら下がっている)、もう一つはCOACHのWillisという名前の女性用のようなショルダー。どちらももうお店では買えない古いものだ。HUNTING WORLDはその機能性と軽快さが好きで2つ持っているがどちらも緑のバチュークロスでボロボロになっている。表面の修理が効かないHUNTING WORLDのバチュークロスは今の私が鞄に求める要件を満たしておらず失格だ。高いだけのことが、ない。

 その点、昔の革製のCOACHは良い革を使っていて丈夫でよい。キズはつくし、角は擦れてくるが破れて使えない、というところまで生きている間に使い潰すことは困難だと思う。そしていつまでもグローブ・タンの柔らかさを失わない。本を読んだのが起爆剤になって前から欲しかったブリーフケースが欲しくなった。COACHは今やシグネチャーというモノグラムがついた女性物の布製バッグが全盛で、お店でも昔風の革の鞄を置いていない。ネットで探すとアメリカから個人輸入するしか方法がないようで、個人輸入を商売にしている店があった。でも本国での定価を知っているといかにも高い。革の鞄は新品を使い込むのも楽しいが熟成するのに時間がかかるから中古でいい。と、Auctionを毎日目を皿のようにして見た。あった! 欲しかったWillsの男物ブリーフケースであるBeekmanという鞄。画像を見る限りすごくきれいで、型くずれもほとんどしていなかった。途中で他の入札者と競い合って、ようやく手に入れた。ところが、確かにきれいな鞄で古さをあまり感じさせないものだったのだが、喜んで蓋(フラップ)をあげると棒を通した革の部分の糸がほつれており、いじっているとどんどん開いていってしまい、使い物にならなかった。出品者はそんなことコメントに一言も触れていなかった! COACHに行ってたずねると修理費は安かったがひと月ほどかかると言われた。まずはこういうAuctionに手を出してしまった自分に(出品者に対する怒りは問題外で文句を言う気にもなれなかった)、次にCOACHの製品の品質が落ちたことに落胆した。1941年にマンハッタンのロフトで家族6人で作り始めた革製品は丁寧な仕上げと巧みなデザインで一時代を築いた。どこかの掲示板で読んだのだが、その後、規模が大きくなり、東南アジアの工場で作るようになったという。そういえばあちこちの空港の免税ショップにCOACHがある。大量生産が成り立つためには壊れたり、陳腐化したりして使えなくなることが必須の条件だ。それが大量消費文化を成り立たせている。

 老舗のデパートに入っているCOACHの店員は私が落札したBeekmanという鞄の存在さえ知らなかった。私が今、鞄にこだわるのは私一代では使い潰せない丈夫さだ。これからしばらく「鞄」というカテゴリで続けるつもりの品々に共通するのは全て修理可能な、使い込めば使い込むほど味わいの出てくるものたちだ。鞄というより「革の入れ物」が好きなのだ。自分の物だけではなく、我が家で使われている家族の鞄類も取り上げていこうと思う。

beekman1 さて再びBeekmanに戻ろう。糸のほつれがひどくなる一方のこの鞄は決して悪い鞄ではない。だから直して使おうと決めた。ひと月もCOACHに預けて待つ気がなかったので、革細工のホームページを読んで必要な道具を調べ、知識も仕入れた。針と糸、接着剤、目打ち、ペンチを用意した。山で一針一針自分で縫って直してやろう。何だかそう考えると荒れ模様の気象予報の出ている週末が待ち遠しかった。糸は同じ色を探したが、COACHが使っている糸よりはワンサイズ太い物にした。単調な、気の遠くなるような作業をしながら、革職人たちが前世紀前半にしていた仕事を思い描いていた。若い時分には大嫌いだった同じことのくりかえしが歳を経るにしたがって嫌じゃなくなっている。老眼鏡をして、薪ストーブの前できれいなBritish tanの明るい茶色の鞄を愛おしみながら縫っていった。見ていたFERMATAが「ゼペット爺さんのよう」と私をからかった。半日かけて縫い上げた約40cmの縫い目は本来の縫い目より糸の太い分しっかりとしており、上出来だった。薄くオイルを塗ってブラシをかけて私だけの鞄が出来上がった。

 親父ゆずりの鞄好き。そういえば、親父ゆずりの胃潰瘍。胃袋も「革の入れ物」だったな… beekman2

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