万年筆

2009年11月 1日 (日)

細字の誘惑〜万年筆生活

 9月のはじめにParker Duofold Cloisonneを安く買った話は前に書いた。この万年筆のペン先はエクストラポリッシュドニブと呼ばれる胡桃のチップで56時間磨き上げた最初から書き味のいいものだったが、Mしか選択肢がなく、日常的に実用万年筆として使うには太すぎたため、すぐにCentennial用のXFのペン先に交換して使っている。カリカリとした引っかかりはあるが、同軸の真ん中より後ろを持って力を入れずに書く私にはあまり苦にはならなかった。小さな字で手帳をつける私には妥協せざるをえない選択だった。
 何度も書いた気がするが、フルハルターで出くわす他の人たちは店頭で試し書きのできる森山スペシャルの書き味にうっとりして太いペン先を求めていく。私も同様で、Bだの3Bだのというとてつもない太字にはしなかったが、数年前に買ったPelikan Toledo M900をMにしてもらった。ところが、実際にスケジュラーなどで細かいメモをとろうとするとM字では太すぎ、当然インクもたっぷり出るので、書き終えてもしばらくページを閉じることができず、結局は滅多に書かない手紙や、いたずら書きをしてペン先のヌラヌラとした感触を味わうくらいしか使わない。確かに高級な万年筆の、それも大きめのサイズのものを買って細字を選ぶというのは「貧乏性」の私にはできなくて、つい中字以上の太さにしてしまうのだが、結局は使えないということが昔から何度もあったのだ。

 そんな私が細字にこだわりだしたのはLamy Safariを集め出したころからだった。最初は万年筆画を書くために安い、けれども気に入ったペンがほしくてSafariを選んだのだが、このEFは書きやすかった。ノートをとるのも、本に書き込みをしてしまうのも万年筆でできる。最近いよいよ嫌いになってきたボールペンを使わないで済む。あとで消そうと思うもの以外ではシャープペンや鉛筆も使わなくなった。そうしてみると、せっかく買った高級万年筆もいよいよ使わない「お宝」になってしまうのだった。だから、Parkerのクロワゾネはせっかくの書きよいM字のペン先をしまって、極細を手に入れたのだった。ここまでくると今度は森山さんが3Bのニブから研ぎ出してくれたMを外して、ToledoにEFのペン先をつけてみたくなった。Pelikanのペン先は回すと簡単に外れるので、ネットで売られていた800用のEFニブを買った。届く前から、Toledoのペン先を外し、しまうことになる森山スペシャルのペン先も同軸もキャップもしっかりと洗い、準備をしておいた。書き味が落ちることは覚悟の上、ペン先のカリカリは時間をかけて自分流のペン先に変えることができる。そのためにも日常的に実用万年筆として使い込むことが必要なのだ。一番心配していたのはインクフローが悪いペン先だった場合だ。インクフローの悪い、たとえば、書き出しの時にインクが出ない、ある方向へペン先を滑らせると掠れる、という万年筆の調整は私にはできない。書き味の良い、悪いということはペン先が滑らかで最低限の摩擦感しかないということとインクフローが適度であるという2つから成り立っている。店頭で試すときに陥る失敗は後者の判断で、インク瓶にペン先を浸してから試し書きしてもインクフローについてはわからない。店で非常に書きやすいと思って買ってきて、実際にインクを入れて(もしくはリフィルカートリッジをつけて)書き出すとインクの出が悪くて書きやすさどころではないということがよくあるのだ。
 届いたPelikan800用のEFニブは、入学祝いにあげるような国産の万年筆なら4本くらい買える値段だったが、Big Toledoの定価から考えたら安いものである。インクフロー、カリカリ感などのない当たりのペン先だった。ということで実用万年筆が2本増えた。これでLamyの出番が減った。モールスキンでも裏写りしなくなった。やっぱり万年筆は細字がいい、と満足しながらノートをとっている。いざとなったら書き味が抜群のM字のペン先に戻れる、というのもいい。

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2009年8月 1日 (土)

iPhoneと万年筆

 起動も動作もすべて軽快になったiPhone3GSを入手して2週間が経った。もう前の3Gには戻れない、という人の言葉は実に本当だ。文字の入力ももたつくことがなくなり、サクサクと入力できる。頭のよくない辞書自体は前と同じで、ことえりのお馬鹿さ以上であるのが玉に瑕なのだが。

 サードパーティのアプリも続々と出ているので、よりどりみどり何を選んでいいのかわからず、とりあえず無料のアプリを入れては捨て、捨ては入れを繰り返している。ゲームはまずしないのだが、せっかくだから無料のレーシングゲームを入れるとこれが落ちることなく、ものすごい迫力ではまってしまいそうになる。でも、新しく入れたアプリで一番気に入っているのは、Mont Blancが宣伝用に出している「Mont Blancペン」というただ万年筆の筆致で文字を書くためのソフト。ニブサイズはEF、F、Mと選べる。インクをMont BlancのLoyalーblue、Blueーblack、Violet、Bordeauxの4色から選べる。当然指で書くのだが、指の動かす速度やトメハネでインクの出る量が微妙に変わる。何度もやっていると万年筆で文字を書いているような錯覚を起こす。それを画像として保存できるだけで、手書きメモソフトのように残してはおけない。ただ書くだけ、そんなソフトが今心の癒しになっている。

 もとより万年筆などというものが生活の場面から消えて久しいので、万年筆好きの楽しみはきわめて個人的な日記をつけたり手紙を書いたり、あるいはひたすらペンの感触を楽しむためにいたずら書きをしたりするのに使うしかなくなっている。文筆家じゃない私は少なくとも一日に書く(打つ)文字数の90%以上はキーボードで、万年筆は日記とあとはいたずら書きだけ。その、いたずら書き用の万年筆の味わいまでがこの「Mont Blancペン」というソフトにとってかわられそうである。

 

Img_0140
ニブM、Blueーblackで書いたものをカメラロールに保存したもの


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2009年5月11日 (月)

万年筆でうまく書けない

 アクセス解析を見ていたら「万年筆 持ち方 うまく書けない」というキーワードで、このブログに来られた方がいる。一日のユニークアクセスが50〜60件だからお一人でも検索キーで入ってくるとアクセス解析にのってくる。

 そのお一人の方のために、あるいはここを読んで万年筆に興味を持たれた方のために、万年筆の持ち方、書き方について、私論を書いておこう。

 道具の使い方は人それぞれだから万年筆を「道具」と考えればどう持とうが、どう書こうがその人の一番良い方法が一番良いのだと思う。道具がその人にとっての本当の道具になるためには修行が必要だ。買ってきたばっかりのボールペンを誰もが同じようにつかえるのとは相当違う。それは私がこの数ヶ月の間に買い込んだ安物のラミーであっても同じである。そこが万年筆の楽しいところなのだ。一本一本違う状態のペン先の先端の紙に触れる部分の形で書くときの角度や向きを変える。それは同じような太さの線を書くためのことだ。実はこれは本末転倒で、万年筆の性格に従って、なおかつ、書き手の握り方や筆圧と関係して書いたときの線の様子を味わうしかない。ペンごとに書き方を変えるなんてナンセンスである。

 うまく書けないというひとはたしかにいる。どうすればうまく書けるかと聞いてはいけない。まず、自分のスタイルを変える余地が残っているかどうか。つまり、鉛筆やボールペンを握って書くときの筆圧・角度でしか書けないというのなら、そういう万年筆にすればいい。フルハルターの森山さんのところへ行って、試し書きをしていると森山さんはその人の書き方を黙ってみていて彼の頭の中の「カルテ」に書き込む。そうして、そういう人にとって一番書きよい角度で削ってくれる。でも、自分でも出来ると思う。通販ではなくてお店で買うときは欲しいニブサイズのペンを全部出させて、試し書きし、一番良いのを選べばいい。もし買ってからうまく書けない、フィットしていないと感じたら、しばらく我慢して自分流を通して書き続ければいい。そうすればニブは摩耗して自分流になる。

 そういう私は前にも書いたが、万年筆を使うときとボーペンを使うときは全く違う持ち方をして、全く違う書き方をする。それは大きくて高級そうな万年筆をボールペンや鉛筆を強い筆圧で書くときと同じ持ち方で持つのが私の美学に合わなかったからとしかいいようがない。ただ50年間も筆記具を使い続けて身についた書き方を変えるのは容易ではない。森山さんは「ムリ、ムリ!」と言った。でも私は悔しいから変えた。鉛筆やボールペンを持つときに固く曲がる右手の人差し指第二関節は曲がらない。というよりは万年筆をもつ右手全体が自然体で力が入らないように鍛錬した。当然ペンの後ろの方を持つ。だから、ラミー(パーカーの一部も同じだ)の指のあたる部分を指定しているような万年筆はほんとは好きじゃない。その部分より上の方を持って軽るく書く。それがいいと言っているのではなく、私はそうしているというだけ。万年筆でガリガリとボールペンで字を書くような書き方だって一向に構わない。よほどのことがないかぎり(森山さんに頼んでも)最初からうまく書けるような万年筆に当たることは少ない。自分で変えていくもの。それが万年筆の楽しみなのである。

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2009年4月14日 (火)

かわうその祭り〜Safari 揃い踏み

Lamys

 やっとLAMY Safari'sの揃い踏み写真を掲載する心のゆとりができた。興味のある人は言わずもがな、興味ない人は聞かずもがなの話ではあるけれど、とりあえず、ご紹介を。

 左から、2007限定White、2008限定LimeGreen、定番Yellow、2009限定Orange、定番Red、定番Blue、定番Black(matte仕上げ)、2007限定Black(Shiny)の8本。今のところ普通に入手できるLAMY SafariはあとSkeletonの1本のみ。1本だけしか持っていないと、ただのおまけの万年筆みたいだがこうして揃えて並べてみると、その昔グリコのおまけを一生懸命集めていた子どもみたいで、ある種の達成感と誇らしささえ感ずる。当然1本ずつ入っているインクは違う色。

 カワウソは収穫した魚を岸に並べる習性があり、それが人から見ると釣果を誇る祭りのように見える。それを中国古代の詩人たちが詩を書くために史料を自分の座卓の周りに並べている姿になぞらえて子規は自分の家を獺祭庵と名づけた。弘法が自分の筆を机の上に並べて喜んでいたかどうかはわかないが、ちょっとそんな感じがしなくもない。子どものころからの蒐集癖はこの歳になっても止まず、今でも1個気に入ると集めたくなる。高い万年筆の蒐集癖は金がかかってたまらないが、Safari程度なら今でもできる。だってグリコのおまけだもの。

 といってもどれもちょっとずつ太さが違い(限定はF、定番はEFだが同じEFでもFより太いのもある)、味わいは異なるがいずれもおまけに見えながら立派な万年筆である。これ以上蒐集癖が拡大しないことを願いながら、たぶん死ぬまで何かに執着し続けるのだろうと思う。


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2009年4月 6日 (月)

LAMY SAFARI 限定色の購入先

 注文しておいたLAMY SAFARIのLimited EditionであるShiny Black('07限定色)とLime Green('08限定色)が今日届いた。両方ともFニブである。'07のWhiteについてはAmazonが一番安いと前に書いた。アフィリエイトにしてあるので、ずいぶんたくさん私のサイトを経由して買っているのがわかるがまだ残っている様子。最近極細(もしくは細字)に凝っているのでFニブを探して回っている(限定色ヴァージョンにはEFがない)のだが、今回のお店にはまだ黒もライムもFがあった。ライムは白同様、ボールペンとセットで売られることが多いのだが、並行輸入のために万年筆だけ買える。値段は定価(3990円)よりカートリッジ1箱分くらい安い。

 今回は私が黒とライムを入手したお店の紹介をしておこう。
 DESK LABOというお店(このリンクはアフィリエイトではない)である。実に気の利いたお店で、領収証のほかに納品書というか礼状が入っており、おそらく女性の手になるボールペンの字で丁寧なお手紙が入っていた。また今回私はペンの他にカートリッジもまとめ買いしたので支払は大きかった(といってPelicanは買えない少額ではあるが)せいか、コンバータを一つ付けてくれた。これはとてもありがたく、これまでLAMYを買っていたお店では送料が別にかかるのでどうしようか悩むのだが、結局はいろんなインクを使いたいからこんなにたくさんのSAFARIを買い込んでいるのでコンバータはどうしても買わざるをえないのだ。

 というわけで、黒はともかくライムの万年筆だけ、それもFを欲しい人はこのお店に行けばいいと思う。ちなみに8400円分以上買うと送料は無料になるし、他にも欲しくなるモノが数は多くないがいろいろとある。DESK LABOへの感謝の気持ちを込めての紹介で、決して宣伝料をもらっているわけではないと繰り返しておこう。

 もひとつ、定番色で持っていない青をAmazonで買ってしまった。これはEF。残るはスケルトン。たぶん買わない。まだ青は届いていないので、8色揃い踏みは後ほど。

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2009年4月 5日 (日)

心の焦りと浪費癖

 4月になって新年度が始まりもとより慌ただしかった日々がさらに拍車をかけてガタゴトと動き出した。昨日は一昨日の新人歓迎会で飲み過ぎたためほとんど布団の中とトイレと2度の食事の用意のために立った台所以外に動かなかった。遠いところで疼いているような頭痛が続いて体がシャンとしなかった。寝て目が覚めるとYouTubeでEric ClaptonのVIDEOなどを見ていた。FERMATAからは何度かメールで、今回の吐き気がなかなか治まらないでいたのがようやく治まる兆しが見えてきた様子が知らされてきたが返事を書く元気がなかった。なのにYouTubeは見ている。

 YouTubeが飽きるとネットショップをぶらぶらする。もうなくなっていると思っていたLAMY Safariの一昨年の限定色として白と一緒に出たShiny BlackのFがまだ出ているのを見つけた。同じ店で去年の限定色Lime GreenのFも出ており、在庫はどちらも残りわずかだった。どちらも欲しくないと書いた万年筆なのにそろそろ入手が困難になるなと思うと欲しくなり、ボタンを押してしまう。さすがにそれより前の限定色や今は廃盤の定番色のSafariはどこを探してもなかった。先日、今年の限定色orangeがとどいたから、今日注文した2本が届くと7本のSafariをgetしたことになる。あとは定番のblueとスケルトンだけが残っている。スケルトンは欲しくないがblueはちょっと欲しい。そうすると8本。こんなに同じ万年筆持っていてどうするんだと思いつつ、1本目のSafariを買ったときに危惧したとおり、全色買いそろえてしまう羽目になりそうだ。それほどいいのかと思われそうだが、それほど悪くないというのがその答え。字を書くことが好きな人間にとってSafariの当たり外れの少ないペン先の滑らかさはコストパフォーマンスを越えている。何よりプラスティック製のオモチャみたいな外観と色の可愛さがいい。8本並べた写真はそのうちここに載せるけれど、ごちゃごちゃと雑にペンケースの中に入れていろんな色のインクを使ってカラフルなノートをとっていることが息抜きになる。すっかりPelicanの高い万年筆は使わなくなってしまった。まるでプラモデルを次々と買いあさる子どものようだな、と思いながら、ペンを眺めている。心が病んでいる。

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2009年3月 8日 (日)

MOLESKINEレポーターの使い方

 円高のせいだろうか、並行輸入品だと思われるMOLESKINE(モールスキン)の値段が全般的に下がっている。数年前に出たReporterに人気がないためか、レポーターは特に安い。これはタテに頁をめくっていくタイプで、記者(レポーター)が立ったまま取材をするときの姿に似合う。別に立って取材するためでなくたっていいわけで、とくに私の好きなSQUARE(格子罫)は工夫するともっと楽しく使える。

 頭の中を90℃回転させればいいのだ。つまり伝統的な縦長横開きの手帳と同じように横長横開きとして使うこともできるのだ。書こうとしているチャートや図面やスケッチや、メモだって、見開き両面頁をたっぷり使って書くとパノラマ風の展開が出来る。現に私はそうやって使った。つまり横長に伸びていくメモを書きたいときに使うという発想が生まれてくる。当然、このノートが意図したタテにめくりあげていくスタイルと併用したっていい。

 このレポーターの難点は栞ヒモが付いていないことだ。でもどうしても最後の頁をすぐに開きたいときは横向きについたゴムをその頁に挟んでしまえばいい。ということでちょっとまとめ買い。

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2009年3月 7日 (土)

LAMY SAFARI の白〜早い者勝ち

 久しぶりに万年筆通販を見ていたら、LAMY SAFARI の2007年限定色「白」の細字F が売られていた。それも送料込みで定価の半額くらい。私は白のボールペンとセットで買ったのだけれど、これは万年筆だけ買える。灯台下暗しのAmazonマーケットプレイス。

 2本あった。どちらも中古ではなく、新品。実は1本は私が今買ってしまったが、買った後もまだ2本出ているから、ストックを持っているのだろう。でもたぶん、早晩なくなるんじゃないかと思う。他の万年筆専門サイトではどこも完売だし、めったにFは出ていないから。
 
 いろんな色があって、サイトで見ると赤とか渋く見えるが実際は真っ赤。定番品では黄色と黒が私は好きだが、この白のサファリは美しい。まあ、万年筆にちょっと興味がでてきて気楽に使おうと思ったら、ぜひ買っておいても損はないと思うけれど… これまで4本使ったかぎりは、ほとんど個体差なく使えるが、Fであること、もとより安物だし、ペン先もスティールだし、ものすごくいい万年筆、というわけではない。でも、書き味は最初カリカリしていてもすぐにこなれてくるのであまりシビアに考えない方がいい。インクフローもほぼどれも一定で、いい部類だと思うが、コンバータと好きな色のインクをボトルで買って使うと、カートリッジのときよりインクの流れが良くなる気がする。ちなみに私はグリーンを入れて使っている。

 こういうのは好きじゃないけれど、どうしても気に入らなかったら、オークションに出したら、買った値段の倍では売れると思うよ。そういうつもりなら買わないで欲しいけど。

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2009年2月16日 (月)

極細字の誘惑

 米粒に般若心経を書くほどではないが昔から字が小さい。それが大学時代にノートをとらずに専門書に書き込みを始めてからなおさら小さくなった。今はもう捨ててしまった大学時代の教科書類は余白がないくらいに書き込みがされていた。当時は柔らかなシャープペンで書いていたが最近は万年筆で余白を埋める。だから、私の本はいくら希少本でも古本屋に売ることが出来ない。

 小さい字を書くためには細いペンが必要で、もともと細字のペンで書く字が好きだった。ごまかしが効くからかもしれない。ところが私が好きだったのは「細字のペンで書く字が好きだった」のであって「細字のペン」が好きだったのではなかった。不思議なことにペンは太字か中字ばかりを買った。太字で字を書くことなどよほどでないとないので無用の長物なのだが、万年筆屋に行くと太めのペンばかり買い求めた。最近になって安物のラミーサファリを買うようになり、極細を買い求め、「ほぼ日手帳」に米粒大の字を書いている。でも、さすがに外国の万年筆は極細といっても結構太めで、ほとんど買ったことがない国産の万年筆の極細よりはるかに太い。

 書いていることが人にわからず、自分だけが判読できる字を書くのが楽しくてチマチマした字を書き連ねている。決して悪筆ではないし、くせ字でもなく、拡大コピーすると小学校の硬筆習字のような字を書くのだが、小さいから読みにくいのだ。後で読むために書いている部分と、書いたことで用が終わる部分が比較的ハッキリしているので、その辺は加減して書いている。残念なのはこれまで買った高級万年筆がどれも中字以上の太さで、使い道がないことだ。サファリを買いだしてからトレドの出番がすっかり減った。フルハルターでものすごい太い字の万年筆を買っていく人たちを何人か見たが、かれらはあのペンで小説でも書くのだろうか。うっとりするような書き味とたっぷりとしたインクフローの快感は私もわかっているのだが、いたずら書き以外に使うことがないのが太字の悲しいところだ。

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2008年12月26日 (金)

色彩雫iroshizuku〜「夕焼け」

Safaris

 パイロットが出しているきれいな名前のインク。シリーズ名が色彩雫(iroshizukuと読む)、色の名前がみなステキだ。今回買ったのは「夕焼け」というオレンジ色のインク(買う買わないは別にして、色彩雫の一覧を見て名前だけ見ていてもワクワクしてくる)。オーデコロンのようなビン、箱もステキだ。水っぽいインクで、紙には沁みやすく、極細の万年筆を使っていてもかなり太く滲むが、許容範囲である。これまで、純正以外のインクはボッテリと粘度の高い、色の濃いものが好きだったが、「ほぼ日手帳」で使うようになったら、あまり粘度の高いインクはなかなか乾かなくて、手帳の軽快さが損なわれるので、ラミーには薄い、書いた先から乾いていくようなインクを使っている。この「夕焼け」は水っぽいけれど色素は濃いので、ペンの動きによって線に濃淡が出る。水性ボールペンのような単一でない線が描けるところがいい。

 このインクが使いたくて、もう一本ラミーのサファリを買った(やっぱり最初に危惧したようにサファリを買いだしたら、全色欲しくなる!)。今度はレギュラーの黒。レギュラーの黒は他のサファリと違って、ボディがクロームコーティングされている。このつや消しのザラッとした感触がいい。見た目も落ちついていて安物っぽくない。前回、入手した2007年限定の白も気に入っているが、もしかしたらこの黒のほうが好きかもしれない。実は2007年限定で黒が出ており、これは他のサファリと同じく光沢のあるプラスティックのボディで、クリップとペン先がシルバーである。今はほとんど入手できないが私はクロームコーティングされたこの普通に買える黒のほうがいい。これまで実物を見ることなく通販で購入していたが、今回はお茶の水丸善の文具売り場に行く機会があったので、黒の実物をじっくり触ってから決めた。当然、「夕焼け」を入れるためにコンバータも購入した。

 黄色に始まって、赤、白、黒ときて、今、サファリの万年筆は4本目。入れてあるインクは、黄色が極黒、赤がラミーの赤カートリッジ、白がPelikanのブリリアントグリーン、そして黒にオレンジ色。「ほぼ日手帳」で使い分けていると、まず、何よりもとってもきれいだ。日記やスケジュールやToDoを書くのが楽しくなる。そして、用途ごとに見やすい。
 あと、ラミーのサファリの定番は2本。ブルーとスケルトン。スケルトンにコンバータを入れて、楽しい色のインクを入れるときれいだろう。でもスケルトンはあまり欲しくない。ブルーはちょっと欲しい。入れたいインクが出てきたらブルーのサファリを買うだろう。インクが使いたいのか、万年筆が欲しいのか、どっちが主かわからない。たぶん、両方なんだろう。MUJIの半透明のナイロン製の筆入れにたくさんラミーのサファリを入れているところが少女っぽくて、自分では気に入っている。でも、「ほぼ日手帳」のマキノモノトーンチェックのペンホルダーに黒のサファリを差しておくのもなかなかカッコイイ。まあ、高い買い物ではないし、お手頃なお遊びではある。


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2008年11月15日 (土)

頑固さが見落としていたもの

 今回のLAMYもそうだが、3本目のラミーのサファリを買った店でおまけにつけてくれたメモパッド「ロディア」(もらったのはNo.12)を使ってみて驚いた。これにはこれでMOLESKINEでは味わえない良さがある。もうノートの類はずっとMOLESKINEを使っていこうと頑固に決めていたのだが、宗旨変えをしてもいいかなと思うくらい出来がいい。MOLESKINEはどちらかといえば出来よりも、そのノートそのものが発散する香りというか味がたまらなくいい。しかし、何度も使っていてこいつはだめだ、思うことがあった。なのにまたMOLESKINEを買っている。それに対して、このロディアのメモパッドは、銀行に定期預金か何かしにいったときにくれたり、保険屋のおばさんが置いていってくれる卓上メモみたいな顔つきをしながら、しかし、その作りはすばらしい。万年筆で字を書くという点からだけみれば、MOLESKINEが滲みやすいのに比べてほとんど滲みはなく、かつ、新しいペンもすらすらと書ける上質紙をつかっている。このNo.12は片手であっさりと持って立ち書きできる大きさ。もう少し小さいのがよければNo.11が一回り小さい。これが10冊セットでMOLESKINE1冊分くらいの値段だ。表紙が厚紙でいやなら革のケースがいくつも出ている。MOLESKINEは名前のとおり、本体の外皮がそもそもケース以上の意味があるノートだが、これはカバーを掛けて使えばMOLESKINEよりも立派なもうちょっと小型のメモ帳になる。実に安い買い物だと思う。
 頑固に一つのものを生涯使い尽くしてもそれはそれでその人にとって幸せなことだが、その幸せは他のものを見落としたことで得た幸せだ。見つけてしまったら、買わないと幸せにならない。そういう具合に世の中の製品には誘惑剤が含まれているのだ。
Rhodia_2


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2008年11月11日 (火)

物欲という病

 先日買った黄色のラミーサファリは、はじめのうちはカリカリとひっかかって気になったが、3日後くらいから徐々に滑らかになり、後から届いたコンバータを取りつけて、セーラーの極黒を入れると嘘のように引っかかりがなくなった。たぶんインクのせいではなく、カートリッジよりもコンバータの方がインクフローが良く、もともとペンの後ろの方を持って筆圧をかけずに書く私の書き方でも多めのインクが出るから、それだけ力を入れずに書けるようになったためだと思う。こうなってみると、この、何かのおまけのような万年筆が余計好きになり、これまで太字で小さい字を書くとほとんど潰れていたのと違って、本当に小さな字が書けるようになったのが新鮮で、EF(極細)もなかなかいいと思うようになった。
 というわけでさっそく黄色を買ったウェブショップで、赤のラミーサファリのEFと赤のカートリッジを注文した。これで赤ペンが使えるようになる。昨日注文したので明日には届くだろう。もうレギュラー品のサファリはいらない。とりあえず、これで小さなノートやちょっと大きめのスケジュラーに細かい字を書くという私の必要性は満たされることになった。

 ところが毎日がひたすら忙しい時間の連続で、かつ、それにほとんど変化を感じない日々の中で、逃避したくなっている自分を感じだした。ルーティンの仕事よりも毎日飛び込んでくる締め切りのきつい仕事の方が多いのに頭の中がだんだん麻痺してきて、同じ顔をした違った他人が毎日やってきては好き勝手なことを言っているようにしか感じられなくなってきているのである。そういえば浪人時代に一人下宿生活をしていたころ同じようなことがあったな、と思う。当時は安酒を買って飲むか、毎日同じ本屋に通い、欲しい本もないのに書棚を眺め回すことで時間を潰していたのだが、今はそれなりに金が自由になるから、つい物欲に走る。といって高価なものに手を出すほどのゆとりもなく、そんなときに現れたラミーサファリは格好の誘惑者となる。イリジウムが付いていないから私のような使い方をしたらすぐにペン先はいかれるだろうが、かといって今ここで買いだめて置かないと困るようなものでもなく、つまりは目に付いた別の色のサファリが欲しくなるだけのことなのだ。

 あちこちのペン屋のサイトを見て歩いたり、ラミーサファリのファンのブログを見たりしていると自ずとターゲットが絞られてくる。それが以前の限定品で今はどこの店でも完売状態だとなると余計に欲しくてたまらなくなる。ラミーサファリは毎年のように限定品を出し、今年はライムグリーンがそろそろ品薄になってきている。これはこれで可愛い色だがあんまり気持ちを掻き回さない(完売で無くなるころが危ないが…)。そしてさっき欲しかった色が売られているのを見つけた。実は全く無かったわけではなく、M(中字)はあったのだが、F(細字)はどこも完売だったのだが、そこの店にはFがあった。オークションではなくペン専門サイトで。残念ながら欲しくないボールペンとセットでしか売られていなかったが、ボールペンはFERMATAに電話すると、使うと言うので、注文のボタンを押してしまった。物欲という病は断ち切るのが難しいからこれで終わるかどうかは全くわからない。でも、とりあえず届くまでの間は静かに待っていようと思っている。

 次回のブログの予告は3本のサファリの揃い踏み。
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 (追記) 12日午後、赤のサファリとカートリッジが届き、赤ペン誕生。極黒と一緒にまずは2本揃い踏み。

Safari_kiwaguro


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2008年11月 8日 (土)

久方ぶりの万年筆

Lamy_safari_yellow_2

 『万年筆画入門』を買って、いつか万年筆で絵を描こうと思っていたが、道具から入る私に絵を描く万年筆がなかった。とにかく安くてカッコイイ万年筆が欲しかった。安曇野へはPelikanのToledoしか持ってきていないし、この万年筆はフルハルターの森山スペシャルだからペン先が太くて細かい線が描けないし、絵を描くのに使うにはもったいなすぎる。仕事がきつい上に、単身生活だから、絵なんか描いている時間も心にも余裕はないけれど、いつか描こうという夢だけは持ち続けるために、とりあえず、道具を集め出したのだ。
 
 話は万年筆からちょっと離れるが、古山浩一の『万年筆画入門』は実に絵を描けるようになるお勉強用ではなく、まさに古山さんの絵と万年筆のコレクションを鑑賞して、氏独特のエッセーを読むための本である。『鞄が欲しい』という本などまさに絵とエッセーの本だが、この「教科書」と題されたシリーズの本も、これでお勉強をすると絵が描けるようには絶対にならないだろう。でも、ああこういうの描けたらなあ、絶対無理だなあ、などと独りごちながら、美しい絵を鑑賞できるのだ。絵の入門書?、そんなんいらん、と通りすぎた人は本屋で立ち見されるといい。この人の万年筆関係の本も、絵とエッセーの本である。

 で、話は本題に戻るが、万年筆とインク(セーラーの「極黒」(きわぐろ)、何だか暴走族の名前みたい。顔料系のインクで普通は危なくて大事な万年筆には入れない方がいいのだが、本当かどうか買ったばかりで試してないので何とも言えないのだが超微粒子顔料インク(ナノインク)なのだそうだ)を買った。冒頭の写真が前からずっと気になっていたLAMY(ドイツ)Safariという名の万年筆だ。これにしようかPelikano Juniorにしようか、両方買おうか迷ったのだが、もし、このSafariの書き味が良かったらいろんな色があるので、こっちを揃えようと思ったのだ。PelikanoもSafariもドイツの子ども用入門万年筆なのだが、Pelikanoのほうがお子ちゃま向けという雰囲気をまき散らしているのに対して、Safariは確かに安物だが、大の男が持っても決して恥ずかしくない近代的に洗練されたデザインなのである。これで機能が並み以上だったら、MOMAの永久展示品に入れてもいいと思うような素敵な形をしている。

 森山スペシャルを普段使っているせいもあり、それと比べたらSafariが可愛そうなのだが、これがなかなかやんちゃな万年筆で、いい子にするのに時間がかかりそう。ペン先は非常に硬い。インクフローはEFだから特製のMより当然少ないが、かすれることは全くなく、常に定量のインクが出ており、その点は問題なし。しかし、カリカリとした引っかかりがあって滑らかじゃない。でも、愛らしい姿だから許してやりたくなる。そんな万年筆なのだ。全色集めてやろうかと思ったけれど、この黄色1本でやめとこうとは思う。まあ、その程度の万年筆なのである。いや、赤ペン(赤インクを入れるペン)も欲しいから、お絵描き用以外にもう一本買うかもしれない。まあ、その程度の値段の万年筆なのである(Pelikano Jr.の2倍半するけれど、Pelikanoが安すぎるのだ)。

 さて話は全く変わるけれど、今日の安曇野は雪になりそうなくらい寒い。3階なのに大地からの冷気が立ち上る。東京も寒かったみたいだが、そろそろ2、3度雪が来ますね、と職場の若い人が言っていた。山の家の薪ストーヴが恋しい。

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2008年10月 5日 (日)

暇ができたらやりたいこと

 万年筆画家にして、鞄コレクタでもある古山浩一さんが新しい本を出した。


 
 その名も「楽しい万年筆画入門」。大井町にあるフルハルターへ行くと古山さんの描かれた万年筆の絵の原画を見ることができる。その繊細な描写は当の万年筆同様欲しくなる絵ばかりだ。フルハルター経由でお願いすると古山さんに自分の万年筆の絵を描いてもらうこともできる。万年筆画家といっても、万年筆を描くばかりでは当然ない。例えば「鞄が欲しい」という文庫本では50の魅力ある鞄たちの絵が万年筆で描かれている。私はこの本を見ながら自分の中の鞄が欲しいという気持ちを募らせてきた。字も絵も趣味として書き、描き始めると楽しい。絵が楽しくなって、それも大好きな万年筆で描くとなったら、これは私にとっては究極の楽しみになるだろう。
 
 とにかく、鞄に興味のある人、万年筆に興味のある人にとって、必携の2冊である。本だけでも十分楽しめるが、自分でこういう絵が描けたらもっと楽しいに違いない。今はそのゆとりはないけれど…

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2008年4月16日 (水)

インクの入れ替え

 ヌードラーズのsequoia greenを入れていた愛用の万年筆のインクを何年かぶりに入れ替えた。毎日気分の悪いことが続くので気分をインクとともに入れ替えるつもりで。

 今度はMont Blanc149に入れていたMont Blanc純正のBordeaux(酒紅色)。ただし、古いインクではなく、Mont Blancブティックで買ってきてもらった新品。古いインクよりもピンクがかった赤で、ヌードラーズに比べると水のようにサラッとしている。これで気分が入れ替わったかと言えば残念ながら変わらない。インクのようにサラッとはしない。

 かわりにMont BlancにはこれもMont Blanc純正の黒を入れようと思っている。これも新品を調達してきた。入れ替えのときに万年筆のペン先を外し、ぬるま湯で軸の中まで良く洗ったが、緑の透明のウィンドウはヌードラーズのgreenがこびりついているのか、汚れており、完全に落ちなかった。付着したインクのシミが心の中の洗っても落ちない憂さと似ていた。

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2008年1月30日 (水)

MOLESKINE Square人気?

 買いだめしておいたMOLESKINE(輸入元ではフランス読みでモレスキンと発音することにしたようだが、私はモールスキンと従来どおりの呼び方をする)がそろそろ底をついてきたので、また買いだめしようとAmazonへ行くと、Squareの在庫がない。私の好きなPocketも、次に好きなLargeもなく、入荷待ちの予約受付中になっている。私が書いたレビューも消えている。

 MOLESKINEを買う人はAmazonがいい。一番安い。在庫があればすぐに無料で届く。一度、SquareではないがDiaryに乱丁があり、モレスキンと呼ぶ輸入元サイトに連絡をすると、並行輸入品は保証外だと言われた。いったん、リンクを貼ってやったこのサイトのリンクを消した。偽物じゃ困るけれど、AmazonのMOLESKINEは本物だ。形だけでも代理店を名乗り、MOLESKINE.ne,jpを名乗るからには本家MOLESKINEの日本代表としての責任を取るべきだと思うが、ぐじぐじとMailのやりとりをするのも嫌になり、最後にようやく、Diaryの交換はできないが、Pocket Notebookを一冊送るから住所を知らせろと言ってきた。要らない、と返事を書いて縁を切った。

 モレスキンというのだって、ホームページではフランス語読みでそう呼ばれているというが、もしこの綴りのままフランス語読みしたら、モルスキーヌとフランス人なら読むだろう。そうでなければ、フランスのモールスキンにはアクサンテギュが最初のEの上につくはずである。だから、そう聞こえるかもしれないという程度の発音を大げさにいって、日本で古くからモールスキンで通っていた呼び名を変えるという姑息な手段で差別化を図ろうとした。いずれ小さな代理店であることはあきらかで、この会社だって一種の輸入代理店の一つに過ぎないのだ。だから、私は安く買えるAmazonで買い続けている。

 底をついたと言ってもまだ急を要するわけではないので、在庫が入ったらそのとき買えるだけまとめ買いをしておこうと思う。電子機器のデータはいずれは消えてなくなる運命だ。CDに焼こうが、DVDに焼こうが、HDDに取っておこうが、DATに残そうがデータは壊れて読めなくなる日が必ず来る。だから、万年筆を使って手でメモをとり、記録として残すのだ。MacBookを使い出して以来、また、デジタルデータを重宝し始めてしまったが、今でもアナログで残すことの意味を感じる。Notebookならなんだっていいのだが、そこでモールスキンを選んでしまうところが私のミーハーさだし、こだわりなのだ。

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2007年7月 1日 (日)

MOLESKINE CITY NOTEBOOKS

MOLESKINEから CITY NOTEBOOKSというシリーズが出ている。最初ヨーロッパの主要都市が出て、今年からアメリカの主要都市が出ている。鉄道、メトロの路線図とステーションインデックスや町の地図とストリートインデックスまではどのガイドブックにもある定番のページだが、ここからが違う。

the first guidebook you write yourself

と謳われているように、このMOLESKINE CITY NOTEBOOKS は調べるための手帳ではなく、書き込んでいくための手帳なのだ。ショップ、スポット、人等々自分のためのファイルを書き込んでラベルで整理できる。でもこの手帳一番の魅力は地図とトレイシングペーパーかが重ねてあるページがあることだ。トレイシングペーパーの上から歩いた道にマークしておいたり、メモを書き付けたりできる!

なんて楽しそうなんだろう。まだ実物は見ていないので本当のところは想像しているだけなんだけど、私みたいにほとんど一都市滞在型の旅が好きで、なおかつデータや感じたことをメモしたい人間にはたまらないノートだ。

残念なのはもう海外旅行なんてしている余裕がないことだ。せめてウィーンかパリの手帳を買って行けなかった場所の行動計画を立てたり、歩き回った道々を色鉛筆片手にたどったら楽しいだろうな…

Media

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2007年5月27日 (日)

Moleskineの赤いウィークリー

2007red 私のお古のシステム手帳を上げて、それなりの使い方を教えて、それを何とか使っていたFERMATAに、去年Moleskineから限定版としてでた赤いウィークリーを買ってあげた。中を見ると大して埋まっていない。でも毎日デイパックの中に入れてときどきはスケジュールを入れたり確認したりしている様子。限定版だからだろうが、今年のはじめころオークションでとんでもない値段がついて出ていた。たかが手帳でこんな値段はないだろうという感じだったが落札されたかどうかは追いかけていないのでわからない。

 その2008年限定版がソフトカバーの薄いノート付きで予約が始まった。FERMATAに欲しい?と聞くとものすごく熱心ではないけれど、うん、と答えたので予約した。早いなあ、もう来年のスケジュラーの予約が始まるんだから… ちなみに私の分厚いダイアリーは一日も欠かさず、太字の万年筆で書ける限界の小さい字で書き込まれている。こちらは定番商品なのであわてて買う必要もない。スケジュラーはLVのシステム手帳に2Bの極細シャープペンで書いている。最近は予定よりも片づけた仕事や家事の覚え書きが増えている。Moleskineは一年間使い続けるとそれなりにぐったりとしてくるのだが、LVタイガのシステム手帳はもう何年も使っているのに全然古くさくならないのでちょっと面白くないが、それだけ高品質なのだろう。いやMoleskineにしてもハードカバーとはいえ紙で出来ている手帳としたら頑丈過ぎるくらい頑丈だから、ぐったりといってもそれほどではなく、これも伝統のなせる技なのだと思う。高いだけのことは、ある。

 ちなみにこの間アップしたHerzの鞄の絵はMoleskineの小さなスケッチブックに描いたのだが、これは滅多に開かない(滅多に絵は描かないということでもある)から、閉じてあると新品に見える。体が頑丈でなくなってきているのを痛感しているこのごろは頑丈な物ばかりが目につく。そして私のほうが確実に先に朽ちるのを想像する…

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2007年5月 6日 (日)

MontBlanc146の余生

MontBlanc146の後世
大学時代に何週間かバイトしてやっとの思いで生協で買った万年筆と昨年買ったGANZOのシガレットケース(葉巻ケースということになっているが万年筆ケースとして使われている)をM乃にやった。大学で「実用書式」という、ビジネススクールみたいな授業があり、850円で買えるから万年筆を買ってこいといわれたというから、たぶん今の時代そういう万年筆もあるだろうし、講師もその程度の講義内容で事足らすのだろうと思いつつ、万年筆を持ってこいといわれたらこれしかないという万年筆を持たせてやろうと現役の万年筆を与えた。

私が修士論文を書いた万年筆でペン先は私の癖をつけてすっかり磨耗しており、フルハルターの森山さんから修正不可能だが、あなたには一番書きやすい状態でしょうといわれた万年筆だ。最近の私の万年筆の使い方と違って、ペン先近くを握って筆圧をかけて書いていた癖は、今のM乃にぴったりあって、たっぷりとした中字がすらすらと書けた。

たかが大学の授業の、それも単なる一教材用に使う万年筆としてはマイシュターシュティクが不釣り合いなのはわかっている。私がM乃に伝えたいのは「実用書式」ではなく、道具としての万年筆の愉しさだ。効果があるかはわからない。ただの使いにくいペン、でかたづけられてしまうか、彼女の宝になるか、いずれにしても本物を使う意味合いを知って欲しい。

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2007年5月 2日 (水)

調子に乗って〜ミニ個展

Naoさんから誉められてつい調子にのって…

何年に描いたか記憶が定かではないけれど、水性ボールペンと蛍光マーカーを使って描いた「病院の夜」。私が初めて退屈しのぎに描いた絵の一群から。

Mini_koten01 パブリックスペースなので、電気は当然消えていない。絵には描かれていないが、成田空港での事故を想定して、病院内の廊下はホール並の幅で長くつながり、窓の外をみるとヘリポートがある。廊下も移動式ベッドを並べれば病室になる想定の病院らしい。空調が整いすぎていて、逆に長居すると息苦しくなる。そんな日の夜にこれも数分ずつで描いた絵たち。

Mini_koten02 狭い談話室。昼間は見舞客と患者、あるいは患者同士がジュースを飲んだりするのだろう。真夜中はだれもいない。2つ並んだゴミ箱の中に入れてあるゴミ袋がうまく描けている(?)と思う。実は描いている最中にうまく描けているかどうかの意識が描いている本人にはない。ペンが勝手にゴミ袋らしく動いていく。この辺の頭の中と手の動きの連動がわからない。
 モネの「日の出」をマルモッタンで見たとき、どうして波の揺らぎが描けるのかわからなかった(いまもわからない)のと似た疑問。モネはきっと10mくらいの長さの筆で書いたんだとそのとき思ったが、絵描きの技巧の不思議さを自分にもちょっと感じてしまう(レベルははるかに違うんだけれども、当然)。ちなみに写真のような絵を描く画家の絵が並ぶ展覧会や美術館は面白くない。近くではみれないので筆致まではわからないのだが写真のような絵で感動したのはクリムトだけ。最近の日本の画家のそういう絵は大嫌い。親戚の絵描き(一応絵で食べていた)が描いた絵は近くで見ると絵の具と筆の跡がごつごつ見えるが離れてみるとほんとの山や空に見える。だからあまり売れなかったけれど好きな絵だ。

Mini_koten03 前の絵と同じソファに座って目を右手に転じ、ナースステーションに面して位置する談話室のメインテーブル。一番簡単な構図の絵で絵に飽きてきたころに描いた。どの絵も使ったノートはMUJIの方眼。ペンはドクターグリップのゲルタイプ。蛍光ペンはどこだかわからないけれど3色セットで持っていたもの。

 Naoさんへのコメントにも書いたけれど、こういう人工物の絵なら描けるのだが、一つだけ描けない、何度描いても比率がつかめない場所がある。山の家の、部屋の中から見た天井のライン。どうしてもこれだけは描けない。四方に直線が伸びているだけの単純さなのだがこれが描けないのだ。私の頭の中にない角度がそこにはある。それは幾何学的な角度の不思議と精神的幾何学の不思議な角度。


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2006年10月28日 (土)

久しぶりにFULLHALTERに行く

 日記帳をたどりなおし、前回大井町にある万年筆屋さんFULLHALTERへ行ったのはいつだったか調べると去年の2月21日だった。このときはお願いしてあった革小物を作るWILD SWANSとFULLHALTERがコラボレートして作ったペンケースが2か月半かかってできたという連絡を受けて受け取りにいった日。その後、一昨年の12月10日に調整が終わって受け取ったPelikanのBig Toledoとこのケースは一日も触らない日がなかった。

Btsyurimae ところが今月10日、朝起きて、頭がハッキリしてくるまでの短い時間の間に、とてもつまらないことが原因で尻軸に米粒大のキズをつけてしまった。自然についているキズや変色は万年筆の歴史なのだが、今回のキズは自分のミス自体が記憶から払拭したいくらい情けないことだった。その部分を交換したからといって記憶自体がすぐに消えるとも思えないのだが、このままだとケースから取り出すたびにえぐれた尻軸を触りため息をついてしまいそうなものだった。幸いPelikanに部品の在庫があることをFULLHALTERの森山さんが調べてくれたので、痛い出費だが交換することにした。安い万年筆なら1本買える部品代だが、自らへの戒めの意味もこめて交換することに踏み切った。

 このところ様々なところで不注意なミスを起こす。そもそもがあわて者の上に加齢によるボケも入ったのか。いずれにしてもFULLHALTERの森山さんに今日お会いできるのはうれしい。東京の両端に位置するような家とFULLHALTERを行き来するのは、仕事の内容が変わり、週末は山へ籠もってしまうようになるとなかなか大変で、ちょうど今週は東京で済まさなければならない用事が他にもあるので、先にFULLHALTERのほうへ行こうと思う。万年筆も枯れてきたが、私も大分壊れかけてきた。森山さんはどうだろう。ペン先の研ぎ師としての腕は落ちてはいないだろうがお歳はとられているのだから、以前にもまして頑固になっているかもしれない。

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2006年10月 3日 (火)

2冊のMoleskines〜2007

07moleskines_1 注文からちょうどひと月して、Moleskine 2007年の Pocket Diary(黒い方)と Weekly Planner(赤い方)が届いた。今使っている今年の Diary は途中数週間乱丁があったので、早速2冊ともビニールを剥がして中を確認した。乱丁はなかった。赤は本当の赤でものすごい。朱色っぽいのかと思っていたが実に赤だ。でもこういうのも珍しくっていい。今回限定の Planner だから来年(売り出す2008年版)はまた違う色になるのか楽しみだ。Planner としてではなく、欄が小さいので何か記録しておくべきこと、たとえば血圧とか体脂肪とかをメモし続けていけばそれなりのデータが取れるだろう。走っていたころなら完全にランニングダイアリにするのだけれど、もう走る気はしないので他の健康手帳のような分野に的を絞って書こうかと思っている。

 いずれにしてもメモ魔だから、書き出すと何でも書いておく主義。日記は思いの丈を書くけれどメモ帳はまさに「何でも帳」、物忘れがひどくなった最近では前のページをたどって、ああそうだったか、と納得したりしている。そのうち手帳自体をどこへおいたか忘れるようになったら、そのときは手帳との腐れ縁もおしまいになる……

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2006年9月 2日 (土)

日記、スケジュラー、ノート

 2007年のダイアリーやスケジュラーが出始めた。ルイ・ヴィトンのシステム手帳用DIARYは人にプレゼントする分も合わせてすでに買った。今年はユーロ高のためか去年より高くなった。これはスケジュラーとダイアリーとを兼ねたものだから、予定が変更になったときに消す必要があって、5mmのミニシャープペンとぺんてるのMulti8という8色の色鉛筆が1本になったペンをつかっているが、実は万年筆との相性が一番いい紙だ。間違えたり、変更があったらぐじゃぐじゃと消して万年筆で使うことも考えたが、やっぱり高いリフィルだから、貧乏性の私はきれいに書きたくて鉛筆で書いている。

(閑話休題。ルイ・ヴィトンの話。リフィルを買ったとき、一緒だったFERMATAが今使っている財布の小銭入れ部分のボタンが壊れていたのをリペアに出した。LVの修理費は商品の値段がとてつもなく高いのに非常に現実的で安いのだが、古い、何しろ made in france の刻印部分 france の代わりに作られた工房の名前が入っているレアもので、「どこでお求めになられましたか」と店員に聞かれたので受け付けないかと思ったが、しばらくして奥から戻ってきた店員は「同じボタンはもう使われていないので、現在の当店のフックになってしまいますがよろしいでしょうか」と聞いてきた。ボタンが閉まらないで困っていたので承諾すると、修理代は0円ということになった。かつてはキーケースなどのフックなど何度でもただで取り替えてくれたが今は有料。でもやっぱりLVの姿勢は評価できる)

さて、日記類の話に戻る。私はこのシステム手帳の他に、職場にもA5サイズのfilofaxのデスクダイアリーを置いている。さらに、Moleskine の1日1頁の DIARY をつけている。最初は書くべき内容に変化をつけるつもりだったが、始めてみるとみな同じような内容を何度も書いている。これらは万年筆を使っている。加えて、Moleskine のノート類も数冊平行して使っており、どれもこれも似たり寄ったりの内容なのだ。来年は整理して減らそうと、夏休みころの Moleskine の雑記帳に plan を書いた。でもどうしても減らせそうにない。

それなのに、さらに加えてもう一冊、Moleskine の weekly まで欲しくなっている。赤いハードカバーの Moleskine で限定版なのだ。おいおい減らすどころじゃないじゃないか、と自分でも思っている。原因はノート好きということもあるのだが、一番の原因は万年筆を使いたいのだと思う。日記を書くために万年筆を使う、のではなくて、万年筆で字を書くために日記を書いている。案外お金がかかる道楽?なのだが、精神安定剤を買うつもりになれば安いもの、と思って、来年の日記類を注文する。

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2006年6月22日 (木)

近藤芳美さん亡くなる

 歌人で、かつて朝日歌壇の選者でもあった近藤芳美さんが93歳で亡くなられた。10代の終わりに私の投稿した歌を取り上げてくれたのは彼だった。どうということのない大学の合格発表を見に行った大学構内の情景を歌ったものだった。採用するにあたって近藤さんは私の下の句を少し添削された。そうか、短歌とはこう詠むものか、と自分の短歌が載った新聞を何度も読み返した。

 短歌を書いたのはその1回限りで、前にも後にも書いたことがない。それでも、あのとき近藤さんが選評にはそのことに触れずに添削をしてくれた部分を大事に心にとどめている。

 風寒く 合格発表たどりつつ 水銀灯の蒼さましゆく

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2006年5月24日 (水)

GANZO シガーケース

 山に置きっぱなしだったMont Blancの万年筆2本を今回久しぶりに使ってみた。大学時代に一番愛用した146はかつてあれほど使いやすかったのに紙をカリカリとひっかく。実は万年筆のせいではなく、私自身の万年筆の握り方が大きく変わったからだ。試しにペン先の近くを固く握りしめて書いてみるとうっとりするくらいなめらかに書ける。小学生のころからの鉛筆握りがこの万年筆には染みついていてそのようにペン先のニブポイントが摩耗しているからだ。ところが一昨年の後半から万年筆熱が出始めて以来、私は万年筆の握り方も書き方も意識的に変えようと練習したのだ。ペン先からなるべく離れた万年筆の真ん中あたりを握り、筆圧をかけずにペンの重み自体を利用して書く、という30年前と正反対の書き方を身につけようとしてきた。今回146を使って書きにくかったのはペンに過去の私の歴史が刻み込まれていたからだった。

Ganzo_1 もう1本の149はもう少しあとになってドイツに行った友人に買ってきてもらったものだが、ペン自体が太くて使いにくく、インクがかすれほとんど使わなかった。鉛筆握りをするには太くて長すぎたのだ。ところが今回久しぶりに使ってみるとこちらは書きいい。インクもかすれることがない。今の万年筆の扱い方がこの万年筆を生き返らせた。Mont Blanc純正インクのBordeaux(酒紅色)を入れて、Sequoia Greenのペリカンと使い分けるとノートもメリハリがつく。当然、今使っているペリカンのほうがはるかに書きよい万年筆なのだが、買ったままほとんど使われていなかった149も自分の手に馴染んでくれば使いやすくなるはず。山から持ち帰り、ペリカンToledoと交互に使い始めた。

 そうするとこの149専用のケースが欲しくなった。ハンス・オスターは何年も待たないと入手できない。WILD SWANS&フルハルターのケースも2か月近く待たないと手に入らないし、とてつもなく高い。というわけで以前から目をつけていたGANZOの葉巻ケースを買ってみた。「葉巻用ケース」というのはたぶんGANZOの洒落たネーミングに過ぎず、これは明らかに万年筆ケースとして作られたもの。それも万年筆の代名詞のようなMont Blanc Meisterstuc 149を基準に作られている。長さ、太さのサイズも149の鞘のようにぴったりのサイズで、べろをあげるとクリップを差す位置の革が149のクリップと全く同じ大きさで薄くへこんでいる。ギャングが吸う葉巻のような形の曲面で造形されたデザインも可愛い。実にMont Blanc 149のための1本差しケースだ。

Ganzo_2

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2006年4月25日 (火)

Noodler's Ink 〜 Sequoia Green

Sequoia_green 胃カメラを飲んだあとのいがらっぽい喉の痛みを感じながら、初めて青山の書斎館へ行った。これまでここでしか買えない(ネットは別)Private Reserve のインクはすべて、3月まで四谷の学校に通っていたA乃に頼んでいた。お父さんが好きそうなお店だから… とA乃に言われていたのでぜひ一度行きたかったのと、ちょうど愛用の Avocado がなくなりかけていたから、一日年休を出したついでに表参道まで足をのばしたのだ。
 サイトでお店の位置を確認しておいたのだがこれが見つからない。骨董通りから横手に入ったところに立派な店は隠れるようにしてあった。何でこんなにおしゃれにし、薄暗くしておくのだろうと思うほどの店内には数え切れないほどの万年筆が置いてある。しかもショーウィンドウの中でライティングされ、きらきらと美しい。田舎者の私はちょっと出してくれと頼んで、試し書きするには落ち着かない店づくり。これが青山流というのだろうか。瀟洒なマンションが多い住宅街を歩く女の人たちもどこかきれいに見えたのはただの偏見だろう。

 それはともかく目指すAvocadoは1本しか店頭になく、2本買いだめするつもりだったが店の隅でiBookか何かをいじっている店員に声をかける勇気が出なかった。インク類もたくさんあって、話には聞いていたが実物を見たことがなかったものもあった。中でも目を引いたのが去年あたりから万年筆マニアというかインクマニアというかそういう人々の間で話題になっていた Noodler's だった。カラーチャートを見ながらどれも曰く言い難い良い色なので迷ったが、中に Sequoia Green というインクがあり、名前で選んだ。色見本を薄暗い店内で見てもよくわからないのだが、他にある Forest Green などのようないわゆる緑とは異なる深緑だった。ボトルにはなぜか Catfish の絵。箱はどれも皆同じで薄くスタンプされた名前以外に区別する方法はない。ラベルには The color of the largest tree on the face of the earth と書かれている。takakoさんの影響でアメリカ西海岸の山岳地帯に聳えるセコイアの木のことがずっと気になっていたから。

 帰宅後万年筆を洗い、良く乾かしてから Sequoia Green を入れた。Private Reserve の Avocado よりほんの少し暗い、濃い色。別々に見たら区別は付けにくい。Avocado の方は乾くとお抹茶のような色になるが、Sequoia の方は固い色のまま。気に入った。これで定番のインクがまた一つ増えた。1本、Private Reserve は1575円、Noodlers は1890円だが、量が前者が50mlに対して後者が90mlだから決して高くない。しばらく使いつづけてみよう。書斎館には自分ではもう行きたくはないが…

 職場に電話を入れると仕事は大変そうだったが、雷が鳴り、土砂降りの雨が降り出したりし、歩き疲れて、腹も減り(15時間以上飲み食いしていないわけだから当然だが)、麻酔薬の影響で喉が痛く、同僚にすべてを任せて家に帰って寝てしまった。胃袋の方は潰瘍のあともわからぬくらい消え、ポリープも消えているという。最近の胃のもたれを伝えると「胃のヘルニア」が原因だろうと胃カメラの担当医の話。胃にもヘルニアなんてあるのか初耳だったがとにかく1年の「闘病生活」はあと1回、主治医の診察で終わりになる。

 目が覚めて腹這いになりノートをつける。頁一面に細かい字で今日の出来事を書き付ける。Sequoiaの葉が鬱そうと繁る森を鳥瞰しているような思い。こうしてたった1本のインクでAvocadoの若芽がふいていくのを想像したり、巨大な森を想像したり、安上がりな愉しみだと思う。

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2006年4月 5日 (水)

どうしようもないMOLESKINEと私

 文字を書くことで自分の精神の平衡を保っている私は書く道具にもそのためのNotebookにも凝る。今、そしてこれからもたぶん字を書いていられる間ずっと使い続けていく最後の道具たちをつねに肌身離さず持ち歩き、電車の中でも布団の中でも、そしてときどきテーブルの上でも思いの丈を書き連ねている。

 かつていったんはもうだめだと引導を渡したMOLESKINEの手帳を、やっぱり捨てられず、日本の製品の品質の高さを横目でにらみつつ、買い続けている。最近は山にまだビニールの封を切っていないMOLESKINEを数冊買いおいてあり、さらに今は表紙が山東絹でできた色とりどりのゴッホ・ミュージアムのちょっと値段の高いMOLESKINE MUSEUMが欲しくなっている。全部で6色あり、どれも派手だがかわいい手帳たちだ。誕生日に全部揃いで買ってもらおうかなと、それとなく家族の中で話題にしている。

 そんなおり今年のMOLESKINE DIARYに乱丁を見つけてしまった。というより3ヶ月書き続けて4月1日の日記を書こうと思ったらまた3月16日が始まってしまった。8葉の乱丁で、その後は正しい頁に戻る。公式サイトをうたうMOLESKINEのサイトに問い合わせたがこのサイトは卸元の一つらしく、対応は今ひとつだった。このやりとりは書かぬとmailで相手に伝えたのでこれ以上はかかないが、どうしようもないな、と思う。これほどの思いをしつつ、しかし、MOLESKINEをやめてコクヨにしようとかMUJIにしようとか思わないところがまたどうしようもないな、と思う。

 なぜか、日付と曜日の部分を自分で書き直して日記を書きながらつらつら考えると、それはMOLESKINEの手帳の持っている味なのだ。品質管理はちゃんとして欲しいが、しかし画一的な、機械的な、いかにも大量生産品に感じない(手作りの手帳ではないから工業製品であることに変わりはないし、ある程度大量生産なのだろうし、もしかしたら東南アジアの国のどこかで作られているのかもしれない)古い私のような人間をつかんではなさい味がある。所詮道具は道具、なのだが、万年筆同様使い込むことで味わいの増す生きた商品という感じがするのだ。

 もっと安くてもっとかわいい便利な手帳はごまんとあるのに、このどうしようもない手帳を、もっとどうしようもないおやぢは愛しているのである。

Ranchou3

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2005年11月16日 (水)

新しいMoleskineの手帳

MoleskinR1 3冊目のMoleskine Pocketが使い終えたので、4冊目は今年出たMoleskine ReporterのPocketサイズを買いました。画像の左がReporterで、今度は上下に開きます。はじめてネットでReporterの発売を知ったときはやはり伝統的な手帳らしい感じがしないので欲しくなかったのですが、今日実物を見ながら、これも使いようによっては面白いかな、と思い、とりあえず買ってしまいました。値段は去年の暮れに値上がりしており、どちらも1680円(税込み)で、これを年間何冊も使うと高い買い物ではあります。

 罫線の種類は私のお気に入りのスクウェア(格子)、ルールド(横罫線)、プレーン(白紙)があります。ざっと見てきた感じでは縦型にあったスケッチブックはありませんでしたが、横向きにして描くとスケッチブックとしてはいいのではないかと思いました。硬いモグラの肌を模した表紙も、最後の頁のインナーポケットも、勝手に開かないようにとめるためのゴムも縦型と同じですが、今度のめくりあげて使うReporterには栞の紐が入っていません。そのかわり、ラストの24枚(48ページ)にはミシン目が入っていて切りとることができます(もったいなくて切りとって使う気はしませんが)。

MoleskinR2 開いた時の感じはこんなで、表紙が硬いため慣れないと両開きの方が使いやすいかもしれません。ただ、発想を変えて横長にして横にダラダラと続く文章を書いたりするような使い方もこのReporterならしやすい気がします。まあ、私は雑感を書いたり、それこそ本当にメモを書いたり、写真を貼ったり、本気で文章を書いたり、いろんなことに使うので無駄にすることはないと思います。

 万年筆のインクとの相性は以前も書きましたが、とんでもなく滲んで裏写りがひどかったりするページがあったり、調子のとてもよいページがあったりと今日の製紙技術からいったら何ともお粗末なものですが、なぜかもう買わない!と宣言してからも、ずっと使い続けています。

 このほかにLargeサイズも使っており、こちらはもう4冊目くらいでしょうか。また、昨年の冬の押し迫った時期にやっと見つけて買った2005Diary(Large)は夏前に挫折しました。実は日記を書くのは挫折していないのですが、つねに持ち歩く普通の手帳(LargeかPocketか、両方ということもあります)に日付を付けて書いてしまい、夜、分厚いDiaryに転記する、というような現象が出てきてしまったからめんどくさくてやめました。PocketサイズのDiaryをぴょっちに去年の大晦日にあげたのですが、たぶん彼女も書かなくなっているのではないか、と思います。私自身、ヴィトンのシステム手帳(ミニ6穴)、ファイロファクスのシステム手帳(A5)と平行してつかっていて頭が混乱してきています。

来年からは少し整理して、ファイロファクスは簡単な仕事中心のスケジュラー以外は、切り抜きとかプリントとかに穴を開けて綴じ込んでデータファイルとして使おうと思っています。プライベートを含めた私の行動表や覚え書きはヴィトンのシステム手帳に、MoleskineはLargeは主に本を読んで感じたことや自分の思いを、Pocketはメモやその日の「To do list」や「Don't Foget!」を書き込んでおこうと思っています。

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2005年11月 3日 (木)

不調になるほど・・・

一昨日あたりからBig Toledoの書き味が悪くなりました。カリカリと引っかかるような感じで,前にもあった症状。ペン先の切り割り部分が目では確認できないけれど,微妙にずれているのだと思います。そのときはペン先の裏側のペン軸を動かして,ペン先の切り割りの左右の高さを調節しているうちに元に戻ったので,今回も同じように試してみましたがどうしてもだめ。これはもう森山さんのところへ持っていって調整してもらわないとだめかと思っているうちにまた元どおりすらすらと書けるようになりほっとしました。

実に万年筆という道具の微妙さを感じます。原因は多分インクの吸引時にペン先がボトルの底に当たってペン先が動いたか,吸引後ペン先の汚れをティッシュで拭くときに力をかけすぎたか,おそらくは後者だと思います。

ここで思うのはこうやって微妙な変化をする道具はかわいい,ということです。今は壊れたり,不調になったりしない道具が多くなりました。昔はどんな道具も不調になることは当たり前でそれをなだめすかすように使う使い手のコツや,調整にあたる職人さんの腕が必要だったように思います。そのようにして大切な道具は何度でも調整し,直して使い続けたものです。なのにいまどきの道具ときたら壊れない代わりに調子が悪くなると大きな部品ごと交換か,下手をすれば買い替えです。壊れなくても陳腐化すればそれで捨てられる世の中です。そういうことが当たり前の世の中で,古い道具はどんどん駆逐されていきます。

だからこそ,壊れても直すことの可能な道具が私は好きなのです。時計も機械式だから調整をしっかりし続ければずっと使えます。革の鞄は糸がほつれれば縫い直していつまでも使えます。万年筆はどんなに時代が変わってもインクを紙に伝えるという機構はほとんど変わりません。分解していけばその機構が目に見えてきます。インクを吸い上げ,ペン先から流れ出る機構など想像するとなんだか楽しくなります。大量消費文化の構造はもはやあともどりできないところまできています。それは地球をゴミの山にする,その名に値しない「文化」です。コンピュータの中で何が起こっているのか,専門家はわかるのかもしれませんが普通の人にはわかりません。分解してみてもそこにあるのは回路という名の迷路。職人の手で作った道具では宇宙へ人を飛び立たせることはできないけれど,別に宇宙へ行かなくても人類は何もこまらないのに,と思います。

不調になっても直すことができる万年筆という道具は,ハードディスクのようにクラッシュして終わりにならないから好きです。

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2005年10月21日 (金)

みかん色のインク

takakoさんが書いておられる「みかんの中身のような色」のインクをどこかで見たことがあると思って調べたら、やっぱりすでに何度も書いている Private Reserve の中にありました。その名も‘Orange Clush’ 何だか名前を聞いただけで使いたくなります。

http://www.privatereserveink.com/colors.html

Private Reserve のインクはどれもネーミングがとてもいい。中でも好きな名前は‘Midnight Blues’ 
「真夜中のブルース」ですよ、思わずペンに入れてみたくなりませんか? ‘Orange Clush’も同じくらい衝撃的な命名だなあと思います。ペン先からほとばしりでるような新鮮なオレンジの砕ける色。近くに売っているお店があればすぐにも買いに走りたくなります。

万年筆きちがいはインクに凝るようになり、同時に紙に凝るようになると言います。昔、満寿屋の原稿用紙を大量に買って、今1931Toledoにつけ替えてあるペン先の元の万年筆Pelikan 500で反古をたくさん作りました。 インクは漱石の原稿がセピア色のインクで書かれていたのでパイロットが出していた今はない、セピアを入れていました。今の私は30年前の私に戻っています。財力が学生時代よりあるから当時だったら絶対に買えない万年筆を、今でもそれなりに悩みつつ、結局は手に入れてしまいます。安いツアーなら10日間くらいアメリカやヨーロッパの主要都市に旅行できるくらいの値段です。海外旅行をした方がいいとも思いますが、それとこれとは支出の科目が違う、海外旅行は海外旅行、万年筆は万年筆と思ってしまいます。

ただ、今はあまり旅行にはいきたくない。行って2,3日すると帰る日のことが気になる損なタイプだから。何年か行きぱなっしになるような旅ならいいけれど。ガイドにひっぱられて歩く旅はしたことがないけれど、ガイドブックにはひっぱられている。異国の地のホテルかアパルトマンで、一日中寝ていたり、本を読んでいたり、そして気が向いたらノートとペンをカバンに入れて街に出てカフェでぼんやり半日ものを書いたりしてその街の空気を吸う。そういう旅ならしてみたいと思います。

小さなバッグに数冊の本を入れ、ごっそりインクと万年筆とノートブックを持って、ぶらりと家出をするみたいに日本を飛び立つ夢を最近夢みています。黒と赤のインクで細かい数字を書いてばかりいる現実に嫌気がさしているのです。つまり現実逃避です。仕事で使えっこない独特の色のインクを好きな万年筆に詰めて楽しんでいるのもある意味で現実逃避の初歩的な段階です。

たぶん、近いうちに南青山の万年筆屋さんに行って、「みかん色のインク」を買ってしまうことでしょう。

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2005年10月11日 (火)

秋色のインク

 森の木々は一見先週と変わり映えがしないのだが、真っ赤に紅葉していたツタウルシが黄ばみ、先週まで見えなかった奥の方にあるお宅の壁が木々の隙間から見えるようになっている。松と雑木の林はこれといって見栄えのする紅葉はせず、知らぬうちに緑に生気がなくなって気がつくと黄色い落ち葉になって屋根やデッキや庭に降り積もる。

 本を読みながらつけているノートの文字はこの夏、長女に南青山の万年筆屋さんまで行って買ってきてもらった Private Reserve 社の Sherwood Green。Pelikan の純正のグリーンのように軽々しくなく、けれども鮮やかさはある濃いめのグリーンで、とても気に入っていた。それでも山小屋の窓から見る木葉はもう鮮やかな緑ではなく、年老い始めた「晩年」の緑で、万年筆の文字だけが青年期の緑というのは似合わない気がした。かといって春先に自分で作った若葉色はもっと似合わない。そこで Private Reserve で一番気に入っている Avocado に入れ替えた。急に秋の気配がノートに漂いだした。胴軸の熟成が始まった Toledo の方だ。そしてもう一本の 1931 Toledo には Mont Blanc の Bordeaux(酒紅色)を入れた。どちらも秋色のインクで、文字を書くのがまた楽しくなった。

 

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2005年10月 1日 (土)

熟成画像

jukusei 前回上手く撮れなかったためにアップできなかったBig Toledoの胴軸の拡大画像。並べたキャップのヘッドやクリップなど、銀の土台から影響を受けていない部分の金色がもともとの色で、胴軸の装飾部分もこの色だった。それが2週間ほど前のある日、この万年筆をWILDSWANSのペンケースから取り出した途端すっかり年老いた顔つきになっているのに気づいたのだ。

 装飾のあるどちらかと言えば非実用的な、美術品的万年筆を実用品として毎日使い込んでいるとこうなるという見本。古道具屋の店先の趣というか、しまい込んであった祖父の時代の文箱から見つけだした古びた道具というか、そういう香りが胴軸の部分にだけ漂っている。全体的に古びている、というのならまだわかるのだが、ペン先もキャップも、胴軸の装飾部分以外はまだ新しくて、胴軸だけがタイムスリップして時を経過してしまったようなアンバランスな感じ。

 これは銀の土台が錆びだして起こした化学変化に過ぎないのだ。そう考えたらつまらないのだが、購入時から思い入れたっぷりでスタートしたこの万年筆の経歴を思うと私の手が万年筆を変えた…と感じてしまう。この万年筆はもっともっと古びた様相を示していくだろう。それがどっしりと重たい万年筆を握るたびに感じられるに違いない。

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2005年9月25日 (日)

熟成

昨年の暮れに研ぎ上がってきた Pelikan Toledo に変化が生じ始めた。ペン先は Fullhalter の森山さんが BBB の太いニブから 私の希望した M に研ぎ出してくれたものだが1月ほど書き込んでいるうちにどんどん私流のペン先に変わっていき、間もなく国産万年筆なら B として扱われるくらいの太さになり、研ぎ上がった当初もさることながらさらに滑らかになった。こういう熟成はどの万年筆にもみられることで書き手の手に馴染むということである。

ところが変化したのはスターリングシルバーの土台に貼りつけられ象嵌が施された24金の装飾部分なのだ。もともと銀は錆びやすく、燻し銀といわれるような渋い状態になりやすい。浪人生活をしているときに愛用したPAKER 75のスターリングシルバーは細かい格子が彫られた手に馴染みやすい万年筆だったがすぐに黒ずんだ。しかし、Toledoの場合は3羽のペリカンが彫り込まれた金の色が赤銅色っぽくなってきたのだ。一番変化の大きいのは胴軸の両端部分の輪の部分でここは黒ずんでまさに赤銅色になっている。中央部に彫られたメインの装飾部分はもともと山吹色だったのが今、赤っぽいピンクに輝き、深く彫り込まれたペリカンの羽の線の中などはまだ山吹色が残っている。

森山さんのお店のホームページの、この万年筆を評した部分にはこの胴軸の変化について「熟成」と書かれている。森山さんは熟成という言葉が好きで、ぬめ革の製品の熟成、などとよく書かれる。さて熟成と呼ぶのがあっているのかどうか、私としては私に馴染んできたという風にとらえたいのだが、いずれにしても玉手箱を開けた浦島太郎のように急に年老いた顔つきになったこの万年筆の変化の新しい楽しみが一つ増えたと喜んでいる。その表情をアップしたいと何度もデジタルカメラのシャッターを押したが今ひとつその農家の老婆のような赤ら顔をした軸の鮮明な画像が撮れない。まあ自慢するようなものではないから自分一人でこっそり楽しんでいればそれでよいのだが…

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2005年7月17日 (日)

Private Reserve Ink

privatereseve もう何度も取り上げている“Private Reserve”のインクをA乃が青山表参道の書斎館(http://www.shosaikan.co.jp/)から買ってきてくれた。遅ればせながらの父の日のプレゼントということで。

「Gray Flannel」(私はずっとグレイ・フラノだと思っていたがフランネルだった)と「Sharwood Green」の2色。「Gray Flannel」は薄墨色で、自分で作っていた黒を薄めただけの色とは違ってしっかりとした色らしい色。濡れているときは黒みが強いが、乾くと銀色のような色調になる。やや人工的だが想像した以上に落ちつく淡い色あいが美しい。「Sharwood Green」はこれまで使っていた「Avocado」ほど独特な緑ではなく、普通の緑に近い。明るいけれども落ちついた緑でこれも美しい長く使って飽きない色。今の季節に合う色だ。緑は好きで、PerikanやMont Blancの純正を使ってみたがどちらも明るく目がチカチカするような緑ですぐに他の色と混ぜて実験用にしてしまった。

写真のように“Private Reserve”のインクは「Avocado」、「Midnight Blues」に続いて4本目。まだここの会社が作るインクで使っていない色が24色残っている。全部揃えて使ってみたい。残念なことに売っている店がほとんどなく、ネットで買うか、東京では上記の青山へ行かないと入手できない。Avocadoのときから思っているのだが、純正インクや他の会社のwashable inkと比べると粘りがあって色むらがない。その分乾きがほんの少し遅いのだが発色がいい分で弱点は帳消しになる。楽しいインクで字を書くだけではもったいない気もする。絵でも描きたくなるのだが絵心がないから、いたずらがき程度。万年筆が嫌いな世代にも楽しめるインクがいっぱいあり(ピンクとか紫とかオレンジとか)、もっと楽しいのはそれぞれのネーミングが凝っていることだ。

買ってきてもらう前の心づもりとしては太いBig Toledoにはグリーンを、1931Toledoには薄墨色をと考えていたが、買ってきてもらって万年筆を洗って、いよいよ入れる段になって、反対にした。嫌になれば入れ替えられるしどうと言うことはないのだけれど、とりあえずこの選択はよかったと思っている。ここの、こういう楽しいインクを入れて残念なのは、仕事とか改まった場で使えないこと。別に緑鮮やかなインクだっていいだろうとも思うが、なかなか通用しない。だから、職場ではMontBlancで黒のインクを使っている。

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2005年7月 9日 (土)

ペン先交換

pensaki 1931Toledoを買ったすこし後に実験済みの、大学時代に愛用したPelikan 500のペン先との交換をした。写真で、外してある方が1931年のレプリカ、万年筆についている方が500のペン先。今まで躊躇していたのは、1931についているペン先は当時のままのロゴを使ってあり、この万年筆が1931年当時のままの形で復元されていることを示す証でもあったからなのだが、最近はそういう万年筆の出自にこだわりがなくなって《道具》として使えるようになっていた。変な言い方だが、買った当初は何せ高い万年筆だから丁寧に丁寧に扱っていたのだが、そういう借り物を扱うようなおっかなびっくりの使い方をしないで済むようになったということ。今でも丁寧に扱っていることに変わりはない。

これは前に書いたがこのレプリカにつけられているペン先は1931年当時もあったのだが、複写用ペン先で(ドイツではDurchschreibeと呼ばれ、これに太さを示す文字がつき、私のものでいえばDFになる)、しなりがなく腰の柔らかさを楽しむことができない。それに対し、30年位前に買った500のペン先は柔らかくしなる感じの書き味なのだ。筆圧をかけずに、万年筆の後ろの方を持って書くと腰のあるなしはあまり感じないが少しは感じる。このへんがヴィンテージ万年筆を求める人のこだわりなのだろう。私はといえば、大学生のころはこの腰の柔らかさが嫌で、買ったものの、たいていはMont Blancか、PARKERを使っていた。しかし、この歳になって筆記法を矯正し、急いでノートをとったり答案を書いたりする必要がなくなってみると、ボールペンでガリガリ書くような「力任せ」で「せわしない」書き方(それが象徴するようなライフスタイル)に嫌気がさして、のんびりと一文字一文字言葉を選び、字の形を考えて書くようになった。すると腰の柔らかい万年筆が実に心地よいのだ。別に外したペン先の書き味が悪いわけでも、嫌いになったわけでもないので、きれいに洗い、乾かして、この小さな軽い万年筆が入ってきた不釣り合いな、でかくて重い、箱に値段の何パーセントか取られていることがあきらかな豪華なBOXにしまった。

職場では通常はやはりボールペンが主体。書類のチェックはいろんな色のカラーマーカー。でも、計算機を叩いて記帳する帳簿は自分の万年筆(ただし細かい数字を書き込むので硬いMont BlancのEF)を2本使っている。コンピュータがもはやすべての計算やお金の出し入れをしてくれるのに、なぜか最後は帳簿で締める、というところがおかしなところだが、万年筆のキャップを開け、桁を揃えた小さな数字を書き込んでいく作業はちょっと面倒でちょっと心安らぐ仕事ではある。

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2005年6月 3日 (金)

インクと萬年筆の相性

mygreentakakoさん

インク壺のスレッドがだんだん奥深くなってしまうのと、日付を更新したいために新しいタイトルでお話しを続けます。続いている証としてtakakoさんの、そして私の好きな漱石の使った旧字体の「萬年筆」という表記を使うことにします。

確かにインクと萬年筆の相性はあり、下手なインクを使うことで萬年筆をダメにしてしまうという話を何度もいろいろなところで聞きました。例えばMont BlancやPelikanの萬年筆にPAKERのインクを入れると萬年筆にダメージを与え、使えなくなる場合もある、とか、Mont BlancとPerikanのカートリッジインクの形態が同じなので、ブランドとしては別でも製造は一緒の会社ではないか、とか。また、これは相性の問題を越えてかつてたいていの萬年筆づかいが愛用したBlue Blackはウォッシャブルではなく、パーパネントインクのため、萬年筆の中で固まりやすく長く放置しておくと萬年筆を洗浄してもきれいな状態に戻らなくなるとか。

いずれにしても、いろんなブランドのインクを使ったり、パーパネントインクを使ったり、ましてや素人がいろいろな色を調合して自分の好きなインクを作って使ったりするのは自己責任の問題だと言われています。でも私は大切な萬年筆を壊したくない思いと、自分の好きな色を作り出す誘惑との間で、後者に傾いています。これは大げさに言えば、生き方とも関連する重要問題であるとも思っています。危険物のように入れた途端に爆発するような(!)そういう次元の問題ではないので、使うか使わないか一か八かの勝負をする性格かどうか、そういう決断をする生活をよしとするかしないかの問題だと思うのです。壊れたらあきらめるしかない。でもほんの少しでも楽しい時間を遊べたのならそれで十分元は取り返した、と私は思うことにしています。純正のインク以外は使うなというのがどのメーカーの萬年筆の取り扱い上の注意には書いてありますから、それを守って後生大事に萬年筆を扱わなければならないとしたらつまらないと私は思います。今自分が必要としていることを自分の責任でやってしまうほうが仮に後悔しても、後悔することもなく楽しむこともなく危なげなく生きていくよりマシだと思うのです。

それはともかくも確かに萬年筆とインク(と紙)の間には相性があり、SAILORのインクは私はどうしても好きになれませんでした。Perikanの純正インクもダメです。Mont Blanc のインクはかろうじて合格です。そして今一番気に入っているのが何度も書いているPrivate Reserve のインクたちです。粘りがあるのに、滑らかで、インクフローもよく、Moleskinのちょっと黄ばんだ紙の上に書くと快く、毎日萬年筆とインクと紙で子どものように遊んでいたい気がします。

※ちなみに画像(ぼけていますが)のインクはSAILORの特製Yellow Greenと残り少なくなった Private Reserve の avocado を適当に混ぜていったオリジナルのインクです。使った萬年筆は最初に買った Fullhalter special のPerikan Toledo M900 の太いペン先のものです。最近買った1931Toledoのreplica には薄墨色の自家製インクを入れています。

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2005年5月22日 (日)

インク壺

inkタイトルはtakakoさんの「サンフランシスコ ベイエリア」の中のカテゴリー名から拝借した。実に万年筆に凝るということはインクに凝るということであり、また、紙に凝るということでもある。写真で並べて見たのは床に散らばる無数のインク壺の一部。

本題から外れるけれど「床に散らばる」というところから説明をすると、私は机というものを持っていないので、子どものころから寝たきり老人のように布団に腹ばうか、ソファに寝ころぶかしながらでないと本を読んだり、物を書いたりできない。そうなると寝たまま手を伸ばすことのできる床の上にいろんな物を置いてそのままにしてしまうのだ。写真は撮影用にきれいに並べたが実際はノートやペンケースや時計やハサミや老眼鏡や薬入れの缶や煙草や灰皿などが雑然と並んでおり、最近読んでいる本も枕元に雑然と積み重なっている。そういう状態が一番安心できる状態で、整理棚などにきちんと納めるときっと見つけられなくなる。

で、ようやく本題に入るのだが、今、使用中の万年筆は仕事用も含めて4本、他にときどき出して使うのが3本、全然使わないのが数本どこかにある。カートリッジ式はないのですべてインク壺からインクを充填して使っている。先に挙げたPelikanの2本にはPrivate ReserveのAvocadoとMidnight bluesを入れている。日本で買うとPrivate Reserveは高いのでアメリカからまとめて取り寄せたいとも思っている。ただ、インクにも賞味期限があるからあまり大量に買うと使い切れない。

たいてい朝起きるとすぐに布団の中から手を伸ばし、前の晩の日記を読み返し、今日のTo doリストなどをメモ帳に書き、インクを充填して出かけるのだが、先日インクを入れ忘れてしまった。昼休みにノートに何か書いているときにインクが無くなりかけているのに気づいた。この日の午後はいらいらとしっぱなしで、落ち着かなくなった。それからは必要なインクはバッグの中にしまっていつも持ち歩くようにした。当然山へ行くときは数本のインクとお気に入りの万年筆を持っていく。数本必要なのは書いている最中にどうしてもインクの入れ替えがしたくなることがあるからだ。気分とインクがリンクしているのだ。ところが山へいくと、下で買っていった袋詰めのスナック菓子の袋がパンパンに膨らむくらい気圧が下がるので、インク壺からインクが漏れたりする。最近は乗っていないが飛行機に搭乗するときもインク壺は危険だ。何かうまい方法はないものか、と思っていたら同じようなことを考えておられる方がいた。

http://members.jcom.home.ne.jp/y-mo/fullhalter/schooner17.html

万年筆をインク壺に浸してプランジャーで吸い上げるという万年筆派にとっては日常的な動作を「儀式」と書かれる気持ちがよくわかる。

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2005年5月21日 (土)

踊るPelikan

1931900新しい万年筆が「ペリカン」ではなく「クロネコ」に運ばれてきた。どうしようもない浪費癖はさておいて、この前に買ったPelikan がBBBという超極太をM(中字)に研ぎ出してもらった特注品(画像左)だったので、今度はF(細字)にした。今回はFullhalterからではないので調整は加えていない。実に華奢な小さな軽い万年筆(画像右)だがFullhalterで買ったPelikanよりずっと高かった。

書き出してすぐに大学時代に買った最初のPelikan 500を思い出した。30年近く前の万年筆はペン先の腰が柔らかく、筆圧の高かった私には使いづらかった。今度の万年筆は75年近く前の万年筆のreplicaだがペン先は今風で腰が固い。よく似たペン先なのにどうしてこうも違うのか見比べるとその秘密がわかる。でも今日はそのことが主題ではないので書かない。実は直前までFullhalterの森山スペシャルを使っていたせいもあるのだが、書きにくいというかちょっと変なのである。その書きにくさというか変さが大学時代に買ったときに感じた感覚とそっくりなのだ。すぐに2本あるMont BlancのFを出してみたら全然イリジウムのつきかたが違う。どちらもMont Blancでは安い方のペンなのでMeisterstuckのような立派なペン先ではないのだがどちらも違和感なくすぐに使えた。

Pelikan のペン先で書いた線は360度すべて微妙に太さが異なっているに違いない(目に明らかなのは縦と横の線の太さだが)。これは研磨されたニブの先の進む方向によって紙に当たる面積が、本当にミクロの世界のことなのだが、微妙に違うからだと思う。だから紙から受ける抵抗が文字を書くためにペン先を滑らすとき刻々と変化する。筆圧をかけて書くと抵抗の少ないときペン先は暴走し、字が思いどおりに書けないのだ。最初のPelikanを買ったころは理由もわからずにPelikanを使うと字が下手になると思っていた。その点、Mont Blancはペン先を斜めにカットした特別なニブでないかぎり、その変化は小さく(全方向全く同じ抵抗の値を示す万年筆などないだろう。その後に2本買ったMeisterstuck146と149の場合、149は勝手に万年筆が動いてうまくコントロールできなかった)思いどおりに字が書けた。

Fullhalterの森山さんはPelikanのペン先を長刀研ぎという全く別の形に研ぎ直して販売している。それも注文しにいった人の書き方をおしゃべりをしている間にチラチラと見ながらその癖をつかんでその人に合わせて研ぐから使い始めからスラスラと書けてしまうのだ。たぶん今回たくさんの万年筆の仲間に加わった万年筆も森山さんに頼んだらはじめから私にフィットした万年筆に調整してくれるだろう。でもお願いしないことにした。何だか今は私の手の動きを無視して勝手に踊るペン先が懐かしく、どうにかして克服してやろうという気になっている。使い続けることでペン先も変わっていき、私の方も力の込めかたのコツを習得してくるはず。双方妥協しあいながら自分の万年筆にしていくことを楽しみに感じる余裕が学生のころにはなかったが今の私にはある、気がする。

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2005年5月12日 (木)

Moleskinのノート

もうMoleskinはインクが滲みてだめだとMonologueで書いたが、今でも使いつづけている。書く量が半端ではないから高いノートなのだが次々と買い足している。インクに弱いことは変わらない。なのに、何故かもう手放せないノートになってしまった。

インクの滲み込みがひどく、裏写りするのだけれど、つまりはインクが紙の中にしみ込まず乗っかっているだけというはじきのいいノートより、万年筆の書き味がいいのだ。滲みる分、文字も太くなって、フルハルターでBBBのニブのペン先をMediumのペン先に研いでもらった万年筆のペン先が太字以上の太さで書ける。仕事の万年筆は細くて固いペン先がいいけれど、趣味の万年筆はやっぱり太い方が楽しい。しかし、書道のように「書」を楽しんでいるわけではないので、今の万年筆とMoleskinの組み合わせが絶妙で心地いい。私の携帯PC代わりのペンとノートだから心底気に入ったものを使いたい。

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2005年5月 8日 (日)

趣味の文具箱3

『趣味の文具箱3』というmookが出た。1、2と持っているが万年筆を中心とした筆記具やノートなどを画像入りで紹介した雑誌だ。新商品がばんばん出るという世界でもないし、狭い世界のオタク本だからもうそろそろネタも尽き、同工異曲の感はいなめない。他にもこの手のmookは何冊か出ているがみな1冊止まりだから、出版社も頑張っている。どちらかというとFULLHALTER寄りの本で、書き手もこの店に集う旧称「インク研究会」の人たちが多い。

今さら仕入れたい知識もあまりないのでたぶん買わないと思う(といいつつ1,2は買ってしまったけれど)。万年筆好きが日本にどれくらいいるのか、今増えているのか、横這いなのか、よくわからないけれど、腕時計専門のmookよりは売れないだろうなと思う。

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