音楽

2009年7月21日 (火)

3つのチャルダッシュと2つのタイス

 iPhone3GS騒動の付け足しのようになってしまったY乃のコンサートについて書いておこう。今回はこれまでの大泉学園駅前のホールではなく、練馬区役所の裏、練馬公民館の中にあるホールで行われた。Y乃の本当の出番は最後の曲とアンコールピースの1曲目で、設定と充電を終えたiPhone3GSのビデオカメラで保存することがギリギリ間に合った。

 チャルダッシュはこれまで3回聴いた(2回目はCDに録音されたものだったが)。2回目の演奏はかなりピアノに引っぱられて面白くなかった、と感想をY乃に伝えておいた。1回目の音は表のHPの今年の前半のMonologueで聴けるようにしてある。このときの演奏はY乃が一人走りすぎていた。だから今度は表情の付け方にかなり注文を付けた。たぶん、そこそこの聴衆を前に演奏をしたY乃が気にしていたのは私だけだったと思う。素人の私は小さいころから何度も枕元でY乃にこのチャルダッシュを弾かせていい気持ちになっていた幸せ者なのだが、今回Y乃はこれまで私が何度も言っていた「EUGENEのチャルダッシュ」を弾こうとしていた。それは最初の弓がゆっくりと降りていったところで十分に私に通じた。すでに何とか弾けるという域は越えているのだから、あとは自分のチャルダッシュを築いていく時期に達していると親ばかながら思う。その前に私の思うチャルダッシュを弾いてくれた。小さなiPhone3GSをステージに向けながら私はY乃が私のために弾いているということを体中で感じていた。この曲は臭いくらいにこってりと弾くべきだと私は思っていて、そのとおりにY乃は弾き終えた。ありがとう、Y乃! と心で思った。次は君が自分で一番いいと思うチャルダッシュに仕上げて弾いてください、お父さんの存在を気にせずに… (ってムリか…)

 アンコールピースはこれも2003年に高校の学園祭で弾いた「タイスの瞑想曲」。この曲もすでに何百回も練習してきた曲だろう。ムッチリと太ったY乃が弾いた2003年のタイスを私はビデオに撮り、何度も何度も見てきた。これを越えるとしても音程を外さないくらいだろうと思っていたら、これが全く違うタイスだった。オケをバックにしていたこともあるが、6年間という時間はY乃を痩せさせ、音を厚くさせた。ヴァイオリンが違うということもあるのだが、それ以上にタイスへの思いが深まっているのを感じさせる音だった。少しも焦ることなく、たっぷりとこの曲を弾ききったY乃に私の「ブラボー」が届いたろうか。

 親子の戦いはこれからも続くだろう。私は私の中に出来上がった音があり、リズムがあるから、それを彼女はまず乗り越えないとならない。そろそろ次の曲に行きましょうか、Y乃さん! 次の課題曲はバッハのシャコンヌです。よろしくお願いします。

(追記)2曲の音源を表のHPにアップしました。iPhone3GSのビデオカメラで撮った動画のファイルから音源をAACファイルで吸いだし、Macに入っているガレージバンドというソフトで前後切り取りの編集をし、再度iTunesに戻してmp3ファイルにエンコードして載せてあります。せっかくビデオで撮ったのですが、動画を載せる方法がわかりません。YouTube経由は嫌だし…

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2009年5月 9日 (土)

Ovation Custom Legend C869LX

C869lx

 もったいぶった書き方をしていてもしょうがない。今回オークションで入手したギターがこれ(正面からの見た感じ)。自分でも何枚か写真を撮ってみたがまだ上手く撮れていない。黒いトップにカメラのライトが反射してしまうのだ。だからこの写真はどこかのネット販売のショップから拾ってきた画像。同じカスタムレジェンドLXだが、C869LXではないだろう。私の買ったC869LXはSuper Shallow Bowlという薄べったいギターで生の音があまり出ないアコースティックギターだから、あんまり買う人は多くない。市場に出回っている数も少ないはず。アンプにつなげば大きな音が出せるエレクトリック・アコースティックだが、ストリートミュージシャンやLiveをやる人ではない、ごく普通の素人が家で音を増幅して弾くことはあまりないだろうから、たいていは生の音もそれなりに出るDeep Bowlを買うにちがいない(といっても最近はめっきり売れなくなっていることは昨日書いた)。

 ごらんのとおり実にキンキラした楽器で、Martin 000ー42と同様、アバロン貝のインレイがふんだんに施されている成金趣味的ギターだ。でも000ー42の時も感じたが、装飾に金をかけている分、使っている木や仕様は一番いいものが厳選されているから音も当然グレードが低いものよりもいい。今日明日は今週末の大仕事のために準備の仕事に出たが、途中で食事に帰ってきて食事もそこそこでこのC869LXを弾いていた。昨日も書いたように普通のアコースティック(ということは通常はMartinかGibsonが基準になっているのだが)寄りの変更がなされ、昔のOvationらしさを失いかけているという話をいろいろと聞くのだが、やっぱりリラコードと呼ばれるグラスファイバー製のギターでは木のギターの音は出ない。「昔のOvation」というのを未体験なので何とも言えないが、これはやっぱりOvationの音だとわかる。届いた楽器の弦を張り替えて弾いてみる。音量は想像よりはあるし、音の伸びもそこそこあるがMartinのふくよかさはない。ペケペケした音というのが1980年のセントラル・パークの時に感じた音だがやはりそちら系の音であり、むしろホッとした。だってこの音に30年間も憧れてきたんだから。
 
 プロが使ったギターとはいえ、使用感はあまりなく、むしろプロはこうやって大事にギターを扱うのかと思うほどの手入れの行き届いた美しいままのギターだ。定価のほぼ1/3、標準小売価格の半分で入手した。さっき、その方から、まだまだ弾き込みの足りないギターだからうんと鳴らしてやってくださいというメールをいただいた。といっても素人は時間がないから大して弾けない。Paul Simonを見ていると70近い歳になると彼ほどのテクニシャンがこの程度、という秤が見えてくる。ということは私はあと10年間弾き続けられるか… たぶん無理だろうな、できたとしてもギリギリだろうな、と思う。新しいモノを追いかけ、昔から欲しかったモノを追いかけ、今あるモノを大事に使う。お財布も生活時間の配分も苦しいところだがそうやって生きてきたし、これからもたぶん程度の差はあれ、同じような生き振りしか出来ないだろう。その中でこのギターといかに幸福な時間を過ごすか。今はとても幸福だ。


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2009年5月 8日 (金)

「LIVE 1969」

 先日出たばかりの Simon & Garfunkel のLive CD。先行予約中は1600円くらいだったのが、発売になってすぐに買いにAmazonへ行くと2000円強になっていた。すぐに聴きたかったがあわてても仕方がない。そのうち安くなるだろうと思っていたら、案の定すぐに安くなったので購入。Live盤では「The Paul Simon Songbook」、「Live From New York City, 1967」、「The Concert In Central Park」、そして、「Old Friends」と出ているが、どれも味があっていい。今回の「LIVE 1969」はいくつかのLiveの寄せ集めらしいが評判は高い。今、日本に来ているのかな。連休中に丸の内線に乗ったら古いアルバムジャケットの写真をたくさん貼り付けた、素人が作ったみたいなセンスのない車内広告を何度も見かけた。「Old Friends」の時からさらに歳を重ねたふたりはどんなステージを見せるのか。正直言ってあまり見たくない、と思った。

 そうか、来日に合わせてLive盤が発売になったのか。合点がいった。昨日頼んだら今日の昼に着いた。でも、よく考えたら安曇野では聴けないのだった。CDプレーヤがないのだ。Macに録り込んで聴きたくても、私のMacにはCDを入れるスロットもない。というわけで、当分お預けだ。どうも間の抜けた話ではあるが、しかし、安く入手できたからよしとしよう。

 そうだ、今夜はオークションで手に入れたギターも大阪から届いた。このギターのメーカーは一時ブームを起こすほど、たくさんのミュージシャンが使っていたが、今ではギター屋の町、お茶の水でもめっきり見かけなくなった。連休のときにFERMATAの病院に行ったついでに楽器店巡りをしたが、1店だけ小さなコーナーに数本置いてあったが、触っていると店員が「○○よりもっといい、安いものがたくさん出てますよ」と言った。大きなお世話をかけられて気分を害してすぐに店を出た。あの若造の店員は間違ってないと私も思う。今さらね、という感じがするのだが、1980年のSimon & Garfunkelのセントラル・パーク・コンサートを視聴した(録画したビデオでだが)私の目と耳に焼き付いたあのギターの特異さはまだ色濃く残っているのだ。今回買ったのはポールが弾いたモデルではなく、数年前に下火になったメーカーがここのギターの音の特異性を思い切り払拭するために手を入れ、余計に売れなくなったきっかけのギターである。ルックスはカッタウェイである点を除くとそっくりであるが、音は普通に近づいたと今回のオークションの出品者であるミュージシャンはメールで書いてきた。オークションの出品者が個人である場合、本人については落札後でないと情報はほとんど得られないのだが、私は夜な夜なネットサーフィンをして、数少ないこのモデルについて書かれた通販サイトでない普通のブログやHPを見て歩いた。そうしたら、見つけちゃったのだ。有名ではないがAmazonでCDも売られており、海外でも演奏をしている人だった。そこでこのギターを売ることにしたと書いていた。すぐにメールをすると「見つかっちゃいましたか」と返事がきた。その後何度かメールのやりとりをして、このギターについていろいろ質問に答えてもらい、実際に海外で演奏をしているときの映像が出ているビデオも見せてもらった。だから、オークションだったけれど心配はしていなかった。
 非常に美しい楽器で、音もきれいだ。ケースは送る前にかなり磨いた様子だが、海外旅行のときに張られたカーゴのシール跡がわずかに残っていた。結婚したばかりの頃の思い出のギターの末裔を今自分のモノにした。早くFERMATAにポールの曲を聴かせてやりたい。そのFERMATAは来週早々に退院して、その足でまた安曇野にやってくる! 

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2009年3月 5日 (木)

『ディヌ・リパッティ』

 『巨匠(マエストロ)たちのラストコンサート』(中川右介・文春新書)はカラヤン派の著者が書いた本だが、カラヤンの音楽はいい、というだけで反カラヤン派の好きな指揮者を認めないという頑なさがないところがいい。カラヤンをいいと感じるところが、「ん?」という感じではあるのだが、そう感じる私の方が頑ななのだろう。けど嫌いなものは嫌いなんだから、あの音を聴くと鳥肌が立つんだから仕方ない。
 
 この本は指揮者に限らず、ピアニスト(グールド、リパッティ)、歌手(カラス)、チェリスト・指揮者(ロストロポーヴィッチ)、さらにはおまけでモーツァルトまでとり上げられていて、暇つぶしに読むにはちょうどいい。大事にとっておく気はしないがもう書き込みがいっぱいだから、売り物にはならない。
 
 さて、この本から得るべき知識はあまりないが、リパッティの章で紹介されていた『ディヌ・リパッティ〜伝説の天才ピアニスト〜夭折の生涯と音楽』(畠山陸雄・ショパン)はすぐに読みたくなって注文してしまった。ブザンソンでのラストコンサートのCDはまさに息苦しくなるほど胸に迫る一枚で、聴いているといつも目頭が熱くなる。そのライナーノートしか読んでいないから、彼の33年の人生を綿密な取材を重ねて書かれたこの伝記はどうしても早く読みたかった。私はAmazonのプライム会員だから、ここ安曇野から昨日の朝注文し、今日の昼休みに職場に届いた。新しい本を入手するとすぐにする中表紙の上に入手した日付と場所を入れる儀式を済ませただけでまだ読んでいないが、今夜は途中まで読んだ『巨匠たち…』を後回しにして読もうと思う。

 ちなみにAmazonのリンクには本の写真が載っていないので自分で撮った写真も載せておこう。

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 ついでに、私が胸を詰まらせて聴くブザンソン音楽祭でのCDも紹介しておこう。ショパン好きにもオススメの一枚だ。ただし、聴いていて辛くなるショパンではある。

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2008年12月27日 (土)

ギターの調整〜ウルフの発生

 弦高を下げる誘惑は楽器好きにはなかなか抗いがたい誘惑で、下げたときに良いな、って思っても、次第にもうちょっと下げるともっと弾きやすくなるかもしれない、と連鎖が始まる。アジャスタブルロッドを少し回すくらいなら大した問題はない(たくさん回して回しきれば終わりになってしまうが)のだけれど、いろいろなHPを見ているとみんな自分でブリッジを削って調整したりしている。

 実はブリッジを削るというのは、1979年製のD-28ではもう経験済みだったから、あまり抵抗感なかった。ブリッジを外して、底の部分を平らに滑らかに削り戻せばいいのだから。失敗しても新しいブリッジに戻すこともできる。ということで、3mmから2.5mmの間を行ったり来たりしている弦高を2mmまで下げてみようと挑戦したのが半月ほど前。2mmまで落として、体感上わずかに弾きやすくなったし、心配していたビビリや、音量の減少も気づかない程度なので、よしよしと思っていた。

 ところがつい最近、ウルフが出ていることを発見した。今回の調整が原因かどうかは、わからないのだが、6弦の9フレットを押さえて2弦の開放弦を鳴らすとうなりというかカサカサというか、とにかく弦が何かに当たっているわけではないのに倍音が共鳴して異音が出ることに気づいた。チェロのときにも、クラシックギターのときもあり、楽器屋さんで通称ウルフと呼ばれる現象だということは知っていた。クラシックギター(ホセラミレス)のときは、アストゥーリアスという曲の中にウルフが出てくる部分があって気づいた。今回の押さえ方は今のレパートリーの中で出てくることはまずないのでそのままにしてあるが、この音響学的に避けられない音の振動が創り出すウルフがちゃんと出てきているのだ。プロに頼めば再調整は可能なのだろうが、もういいや、という感じで、このオオカミと仲良く付き合っていくことにした。まあ、素人が手を出すのなら自己責任でということの症例みたいなものだ。お気をつけて!

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2008年12月 8日 (月)

Y乃のチャルダッシュ

 昨日、7日の日曜日、Y乃が出るコンサートを聴きに東京へ帰ってきた。子どものころ、ジュニアオーケストラでお世話になった指揮者の先生が組織するジュニアオーケストラといい勝負か、やや負けている素人オケでソロを弾いた。もうここ数年聴きに行っているのだが、年々腕が落ちている。最初から下手だったのに、老齢化が一段と進み、チューニングすら出来ないような状態に陥っている気の毒な、でもご本人たちは一生懸命の楽団だ。

 Y乃が最初に弾いたのはヴィヴァルディの四季から「冬」の3つの楽章。えっ!全然ヴィヴァルディに聞こえない。Y乃も最初はふらふらと揺れ動くリズムとものすごい外れたアンサンブルに何とか合わせて演奏しようとしたが、第3楽章に入るともう堪忍袋の緒が切れたのだろう。オケを無視して弾きだした。すると、頼りない足取りだったオケが必死についてきた。ヴィヴァルディの音楽らしく聞こえたのは最後の十小節くらいだけだったが。

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 そして、最後に再び、Y乃がステージに上がり、モンティのチャルダッシュを弾いた。この曲は彼女が小さいときから、私が所望して弾かせ、その度に彼女が嫌がった曲だった。当然のことながら、私のおかげで彼女はかなりこの曲を自分のものにしている。休憩中に「もう少し遅く弾いて」と頼まれたらしいのだが、ヴィヴァルディで懲りているから、彼女はステージで自分の中に没入した! ほんとはそれじゃいけないことくらい十分知っていながら、もう我慢できなかったのだ。私の方もこれを聴くために240K、3時間半かけて車を飛ばしてきたのだ。自分のNikonがないのでA乃の壊れかけたようなIXCYで撮ったが、ジプシーの呪いをかけられたY乃は悲しく激しく、快活で楽しいバイオリンの名小曲をたっぷり歌いきった。オケが舞台の上から消えてしまったような「身勝手な」演奏だったが、遠くから聴きにきた甲斐があった。

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2008年10月18日 (土)

ギターの調整〜その後

 夏のジメジメした、一番暑い盛りにクロサワに持っていったギターは、部屋の湿度調整してトップの膨らみが減れば弦高も自然に下がるから何の調整も必要がないと言われて持ち帰った、と前に書いた。その後、東京から安曇野に一緒に引っ越してきたため、湿度も温度も下がり、今、秋も終わろうという季節になって室内は常に60〜50%というギターにとっては過ごしやすい季節を迎えた。ところが、6弦12フレットの弦高は3mmを切るか切らないかというところで変化しなくなった。トップの膨らみはあの夏の素人目にもわかる状態からやや痩せたかなという感じだが大きな変化なし。

 実際、仕事から帰って弾くというゆとりもなく、温湿度計の近くでスタンドに立てまま、弦をとことん緩めて置いてあるだけだった。今日はのんびりとした休日。逆に言うと何もすることがない。ひたすら寝るというのも手だが、ちょっとはギターを弾いてやろうかとチューニングし、もうくせになってしまっているスケールで弦高を確かめるという儀式を行うと、やっぱり3mm。私にとって3mmという弦高はちょっと高めだが別にどうにも弾きにくい高さではない。でも、やっぱりビビらぬ程度に低い弦高というのが一番弾きやすいに決まっているから、何とかしたくなった。サドルを削るというのが素人が手を出す初歩なのだが、見るからに今のサドルが高すぎるようにも見えず、どうしてもネックの調整がしたくなった。Martinのアジャスタブルロッドはサウンドホールから少し奥に穴があり、さらにその奥にレンチの受け口があるので、普通にあるようなL型の簡易レンチだと届かない。逆向きにつっこむと力がかけられず回らない。クロサワに置いてあった専用レンチはハンドルがしっかりしたレンチだった。その代用品になるようなレンチがないかとホームセンターへ行くたびに探していたのだが、今日、何度か通っている工具売り場に先の長い取っ手付きのレンチを見つけて慌てて買って帰った。280円くらいで、こいつはいい、と一人満足して帰宅。ところが、これは長すぎてサウンドホールに入らない。そこで再びホームセンターへ行って、適当な長さに切ってもらった。

Wrench 加工賃50円でMartin専用のレンチができた。これで、素人はしてはいけません、とクロサワから言われているアジャスタブルロッド回しをした。約0.3mmほど低くして、買ったときと同じ2.7mm/6弦12フレットに合わせ直した。音は変わらない。弾きやすくなったかというと、なったような気がするという程度。2mmくらいまで下げている人もいるくらいだからもう少し回してもいいのだが、怖いからやめておく。少しは弾いてやらないとギターも老化する。放っておいても老化するなら、愛用してやって自分と一緒に老化した方がいい。むしろギターにとってはこれからどんどんよくなっていく時期でもあろう。きれいな紅葉を愛でて歩き回る気があまりしないので、家の中に引きこもり、ギターを弾いている。それが私の安曇野暮らしの休日の姿のひとつである。

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2008年9月27日 (土)

We are the World

 YouTubeでは見たことがあった「We are the World」がiTunesStoreに出ていたので買った。懐かしいミュージシャンたちが次々と登場する。いつ頃作られたレコードだったのだろうか(*)。レコードは全て捨ててしまったので音源も今はなかった。

 ミュージックビデオを買うのは初めてだが、300円は安い。iPhoneに同期させて、iPhone上で見るとこれがまた美しい。最近ステレオを聴いていないので、iPhoneの小さなありんこくらいのスピーカから流れ出る音もよく聞こえる。

 考えてみると最初にレコードを買ったときはこうしてミュージシャンたちが並んで歌う場面は見ずに声を聴きながら、歌手を思い浮かべていたのだったが、何だか昔から絵付きで音を聴いていたような錯覚に陥る。今はAid基金にはなっていないのだろうが、半分くらいチャリティにすればいいのにと思う。

(追記)(*)1985年。次女のY乃が生まれた年だ。CDの出始めのころか。とにかく私はLP盤サイズのレコードを買った記憶がある。もう大昔のこと、ステレオの近くを歩くとレコードの針が飛んだ時代だった…

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2008年9月 8日 (月)

iPhoneのYouTube

 カテゴリを迷った。これまで、iPhone関連のインプレッションはコンピュータにしていたのだが、あえて「音楽」にしたのは話がそっちへずれ込むことを予想してのこと。

 iPod touchではほとんど見なかったYouTubeだがiPhoneにしてからも最初は見なかった。これは私の基礎的知識の不足による。つまり、YouTubeを3G接続でダウンロードしてみるとめちゃくちゃ画像が悪くて見るに堪えず、すぐにやめてしまっていた。それがWi-Fi接続で見ると正規の画像で見れるのだと最近知った。iPhoneがそうしているのだろうが、安定して早く落とせるWi-Fi環境ではちゃんとした画像を取り込み、3Gではファイル容量を落としてダウンロードするのだ。

 ということで、今、古いコンサートやTV番組の録画などを見つづけている。というよりは、絵を見ながら音を聴いている。陽水から始まって、玉置浩二、そして今、忌野清志郎に辿りつき、そこから離れられなくなっている。ついこの間、7月に骨へのガンの転移による闘病生活に入った清志郎の、これもつい半年ほど前の「完全復活ライブ」を見ると涙が出てくる。

 私はRCサクセションが全盛だったころは、清志郎のルックスも歌も好きじゃないタイプの青年だった。つまりは優等生タイプだったのだ。ところが、これもあまり好きじゃないカラオケに走る仲間と行ったとき、通りすがりの人が「スローバラード」を歌った。すぐには反応しなかったが、しばらくして妙にまた聞きたくなり、RCサクセションのベストアルバムを買った。そしてその後自分でギターで弾き語りをしたりしてこの曲から清志郎の歌に入り込んでいった。

 彼の公式サイトに行くと今流行のヘタウマの筆字でメッセージが書かれている。ガンとまた戦うことになったこと、それは予想していたこと、そして、必ず俺は帰ってくるから待っててくれ、という悲壮な宣言だった。最後の言葉どおり帰ってくるのを待っている。祈っている。祈りながら、あのヘタウマの歌を歌う清志郎の半生をYouTubeで追いかけている。どこでも見ることができるけれど、家に帰ってWi-Fiで見るとこんなにも鮮明な映像で見えるのだと感動しながら、涙ぐんで元気な清志郎の姿を見ている。

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2008年9月 3日 (水)

ギターの調整

 転勤したらなかなか楽器屋へも行けなくなるので、今日、ギターを抱えて都会に出た。弦高が高くなって弾きにくくなってきたからである。私としては単純に順反りしたネックをadjustmentすればいいと思っていたのだが、ネックは全く反っておらず、ギターのトップ(表面板)が湿気で膨張しているとの診断。アジャスティングロッドを調整して弦高を下げると、湿度が下がりだしたときに弦高が下がりすぎてビビリの原因になるということで、とりあえず、自然に湿度調整した部屋で管理して表面板(の裏側)から湿気を抜くように言われた。

 納得できる内容なのでそのまま、また重たいケースに入った私の大事なギターを持ち帰った。ついでに重たすぎるケースを持つ負担を減じるために、軽いリュック式のセミハードケースを購入してきた。いずれにせよ、MARTINの中でも最上級クラスの楽器なので生きている間くらいは完全な調子で使いたい。

 それにしても今日の東京の暑さと湿度は半端じゃなく、アメリカ生まれのギターにとっては最悪の環境である。さらにこのクラスのギターでも最近は木材のシーズニングが完全ではなく、狂ってくるのは必然的なことらしく、後数年、表面板のスプルースが落ちつくまでは大事に管理しないとならないと言われた。下手なブルースしか弾かれていないギターだけれど、とにかくよく鳴るギターなので大事にしたいと思う。流しの兄さんか、小林旭の渡り鳥じゃないけれど、ギター担いで単身赴任先に行く。他に私の私生活の友になるのはMacBook Airくらいだから、完璧な状態でいてもらわないと寂しくてならない。インターネットの方は昨夜、フレッツ光の申込みを済ませた。

 本当はもっともっと準備しなくちゃならないことは山ほどあるのに本題には全然手が着かず、周縁的な事柄ばかりにこだわっている自分がおり、そういう自分がひどく愛おしい…

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2008年8月 6日 (水)

グールドと3つのゴールドベルク

 ずっと前、もう何年も前、まだ、ブログの時代じゃなくて掲示板(BBS)の時代にグレン・グールドと2つのゴールドベルク変奏曲について書いたことがある。すでに掲示板はログも保存せぬままに消してしまったので何を書いたの再現できないのだが、たぶん同じことをまた書くことになるのだと思う。

 前に掲示板で書いたときに、大学時代の友人からメールをもらい、自分は'59ザルツブルクのライブを聴いていると、それまで知らない盤について教えてもらった。したがってそれ以来、私にとってのグールドのゴールドベルクは3つのヴァージョンがある(おそらくそれが世に出ている全てだとも思う)。今さらながらのことだが、1つ目のヴァージョンはグールドの記念すべきデビュー盤('55)、若干23歳だった。2つ目が今書いたザルツブルク音楽祭のライブ録音盤('59)、そして3つ目が50歳の誕生パーティの最中に倒れ亡くなる前年に録音された最後のゴールドベルク('81)である。これらをiPod touchの中にも、MacBook Airの中にも入れて始終聴いている。特に最近聴くことが多くなった。

 実は私のiPodやAirの中にはもう一つミッシャ・マイスキーと今井信子ら弦楽3重奏版のゴールドベルク変奏曲が入っているので4つのゴールドベルク変奏曲を聴いている。このゴールドベルク変奏曲はドレスデンの不眠症の貴族が眠れぬ夜のためにバッハに作らせたという言い伝えがあるが、穏やかならぬ精神状態にあるときバッハを聴くと落ちつく。曲に破綻がなく、安心感のある石の建造物の中にいるようなシェルターのような働きをするからだ。ゴールドベルク変奏曲の中ではやはり81年盤が好きだが、55年盤のフレッシュな鮮烈さもいい。ザルツブルク盤で聴く演奏はその後グールドをライブから撤退させた原因の一つになるはずの雑味が多いが、美しい完璧な酒を愛しながら、たまにこういう酒を飲むと欠点であるはずの雑味が酒の醍醐味を感じさせることがあるのと似ていて嫌いではない。

 いずれにしてもゴールドベルク変奏曲を聴き出すのは精神的にどこかアンバランスが生じているからだ。掲示板に書いた大昔もそうだった。大学時代の友人がメールをくれたのは私の心の不安定を気にしてのことだったから。

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2008年4月28日 (月)

もし走っていたら…(その2)

 iPod touchを買ったからではないのだが、iTunes Storeでいい曲を見つけた。Backstreet Boysの“Mov'in On”というちょっと古い曲。かなり昔Backstreet BoysをA乃が聴いていたのはデビュー当時のことだった気がするが、きれいなコーラスがこの曲ではとくに顕著にあらわれている。

 Backstreet Boys版ハモネプ。ボイスパーカッション、ベースも声だけで構成してあるみたいな音だ。これもかなり速いペースでマラソンの中間点を越える人向きか。こういうペースで走っていた時代もあったなと体のリズムが知らせてくれる。まあ、iTunesで150円は買って損のない一曲だと思うけれど、まだ走っている人いかがか?

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バッハ/アヴェ・マリア

2008年1月12日、ゆめりあホールでの演奏。

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2008年4月 4日 (金)

Adele 〜19

 19歳とは思えない歌いっぷりの少女。見かけはただの太っちょの女の子なのに、アルバムを聴いていると中年の女性シンガーが歌っているようだ。ギターは全然うまくないけれど、YouTubeなどで弾き語りをしているところを見ると歌がうまければギターは付け足しでも良く聞こえるものだと思う。ハリー・ポッターの2巻目に出てきた「嘆きのマートル」のようなこの子の映像を見てから、あらためてこのアルバムを聴くとそのギャップのすごさに驚く。アルバムだけ聴いていて勝手にブラック系のジャズシンガーを想像してもかまわないのだが… 

 今、Amazonの輸入盤を2枚買うと10%オフになるので、もう一枚、MacBook Airですっかりお馴染みになったYael Naimのアルバムを買った。フランス在住のイスラエル女性。この人は歌と顔がしっかりと結びつく。iTunes Storeを使うようになってからCDはもうなるべく買わないようにしているのだが、アルバムはやっぱりジャケットが欲しいからCDにしてしまう。すぐにCDをMacの中のiTunesに入れてしまうからCD自体はいらなくなってしまうのだけど。

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2008年3月20日 (木)

もし走っていたら…

 もし今まだ走っていたらiPod nanoとNikeシューズとKitを買って走っているだろうなと思う。なんで急にこんなことを言い出したかというと、走りたくなったからからではない。もう走るのはこりごりだという思いは変わらない。nanoで取ったデータをパソコンにシンクしたら楽しいだろうとは思うが。

 走りたくなったわけではなくて、走っていたころに出ていたら走りながら聴くだろうなという曲を見つけたから。歌っているのはサラ・ブライトマン。iPodを持っているのならiTunesで買って入れればいいが、最近出た彼女の「symphony」というアルバムの中に「running」という曲が入っている。これがいいのだ。曲はホルスト「惑星」の中のジュピターで、ずいぶん前に平原綾香が歌ってヒットした曲。ジャケットはとってもケバイけれど、平原の「ジュピター」よりはるかにいい。ディーバ(歌姫)と比べたら平原がかわいそうかもしれないけれど。平原の歌は35Km過ぎのへばってきたときのような歌(はあはあ苦しそう)だがサラ・ブライトマンはスタート直後のエネルギーが充ち満ちているときの歌だ。他の曲もなかなかいい。

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2008年1月 6日 (日)

タイスの瞑想曲(2003.5)

 Y乃に見つかって、本人からクレームがついたらすぐに削除されます。期間限定の「タイスの瞑想曲」。高校の講堂で演奏したときのデジタルビデオを古いiMacのときにMovieにとりこみ、今回movファイルから音をmp3で抽出した。楽器も今使用中のものではないので音が尖っているし、技術もまだまだなのだが、私は懐かしくて可愛かった少女の映像とともに何度も聴いている(ああ、親ばか丸出し)。

 ※1 音が聴けないというコメント、Windows Vistaを使うM乃の報告を総合したところ、音は聴けるはずです。ただ、再生ボタンを押してから、5秒は無音です。さらに、伴奏のピアノが鳴り出すまで10秒間ほどがざごそとノイズが入ります。再生の音量を小さくしている方にはこの10秒間、音がしないということになります。理由は、ビデオを編集した際にタイトル画面を音無で入れたため、ビデオから抽出した音声データにもこの無音部分が残ってしまいました。ということで、再生される方は15秒間我慢してお待ちください。たぶん鳴り始めます。

 ※2 Y乃からクレームがつくまでの期間限定と書きましたがY乃は意外と平気でした。今ならもっとうまく弾ける(当たり前なんですが)と言いつつ、音の不安定なところやちょっとフライング気味のところなども含め、彼女としては彼女なりの懐かしさを感じているようでした。

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mp3実験〜Fantasy

 Niftyのブログ設定を読んでいたら、mp3ファイルが貼りつけられるとあったので、試しに私がギター(アコースティック)でダビング(2回)録音して作った音を貼ってみた。適当にコードを鳴らし、マックにバンドルされているGarageBandで編集したお試しバージョン。これで聴けるのかどうか?

 うまくいったら、Y乃が高校生だったころに学園祭で弾いたヴァイオリンの曲をmp3ファイルに変換してのせてみよう。古い演奏をのせられるのは本人はいやだろうが。それよりお父さんの「anji」をアップすればいいじゃない、と言われそうだが、私は家族に ISDN(意識するとできなくなる)と呼ばれていて、何度録音しても途中でとちるのだ。

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2007年12月 6日 (木)

ライブの楽しさ

D1000055 カラヤン広場の前には、開場前から長い列が何本もできていた。たかが学生オーケストラの演奏会なのに、もしかしたらテレビ朝日で何かやるのを待っているのじゃないかと思ったのだが、開場のファンファーレが鳴ると長い列はサントリーホールにのみこまれていった。当日券売り場にも並んでいる人がいる。10月のはじめから、スコアを片手にずっと聴き続けてきたレクイエムだから、かなり厳しい評価ができるだろうと自信をもって1階中央の席についた。

 合唱団の入場とオケの入場に時間がかかり、開演は7時15分近かった。CDではよく聞こえないくらいのppで鳴りだすチェロがライブだと目で見ているからはっきりと聞こえる。ヴァイオリンが下降してくるのと重なって男声合唱の「Requiem」というコーラスが入る。聴き慣れた旋律とリズムに体ごと吸い寄せられていく。1stVnの3列目正面で弾くY乃を今日はほとんど見なかった。89年のジュリーニよりは早く、63年のジュリーニよりは遅いテンポ。ソロ歌手の歌が間近で聞こえ、一番遠いコーラスも違和感なく、うねるような強弱をつけた、嫌いじゃない演奏だった。

20071206132407この曲を知らない人もここだけは知っているだろう「怒りの日」の入り方もティンパニと大太鼓の強調も適度で、高まる四声のコーラスも歯切れよく響く。ステージのトランペットの他に、譜面では「遠くから見えないところで」と指定されているもう4本のトランペットが2階ステージ左右の桟敷に2本ずつ配置され、「くすけきラッパの音が」が鳴る。本当はこの4本の音は、ステージのラッパの反響のように響くのだが、1階席に降りかかるように聞こえるのでむしろメインのラッパより音が大きかった。が、これがまた面白い効果を出していて新鮮だった。

 ラクリモサもよかった。2度目の怒りの日の主題が繰り返される瞬間、息を詰めている自分がいる。もうこの頃には、指揮の北原幸男のテンポの動かし方に体が慣れていて、自分で棒を振り下ろしている気がした。休憩後のオッフェルトリオから最後のリベラ・メまでもうノリに乗って聴いてしまった。サンクトスのコーラスもオケも、ソプラノとメゾ・ソプラノのアニュス・デイもよかった。3度目の怒りの日のあと、ソプラノの低いハ長調のつぶやきで消えていくまで、ああもう終わりか、という心残りの心境がホールの残響の中でふるえていた。

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2007年12月 5日 (水)

明日はサントリーホール

 Y乃の大学のオーケストラと合唱団がサントリーホールで、ヴェルディのレクイエムを演奏する。今回のチケットは完売状態で、売り出しと同時に買っておいた私は一流の音楽家や人気のある音楽家の演奏会なら、絶対に手に入らないような、もしくは絶対に買えないような値段になるはずの、一番いいところに席を取った。
 最近はやっぱり毎日第九を聴いているので、ヴェルディは聴かなくなった。今日は今から聴くと明日になってしまうが聴きながら寝よう。

 すでに大学のホールで一回公演を終えたY乃にできばえを聴くと「お父さんの期待してるような89年のジュリーニのような感じじゃない」という。別に私は誰彼と似ているヴェルディが聴きたいのではないから、それがどういうものであっても、疵があっても、感動するものならばいいのだが。

 とにかく先入観は抜きにして、しかし、ミニスコアはちゃんと持って聴きに行こうと思う。ただ、仕事が今一番のピークに差しかかっているので、うまく抜けられればいいと思っている。

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2007年12月 2日 (日)

YouTubeって

 YouTubeで数々の音楽ビデオを見ながら思うのは、これは違法じゃないのかということ。とりあえず、個人が自分で録った映像をアップロードするのは自由なわけだけれど、表のホームページに貼りつけたTommy Emanuelの映像の著作権はどこにあるのだろう? 貼りつける行為自体はYouTubeの指示に従ってやっているから問題はないはずなのだが、もし、著作権違反の映像を貼りつけると私も違反行為をしていることになるのだろうか? 

 ちなみにYouTubeからのダウンロードはたぶん認められていないだろう。それにしてはその手のソフトが出回ってはいるのだが。MacのインターネットブラウザSafariを使うとそのページの構成ソフトが一覧でき、この中からビデオファイル(拡張子flv)をダウンロードできてしまう。それをmp4にエンコードすればiTuneでいつでも見ることができるから、YouTubeダウンロード用のシェアウェアを買う必要もない。とういうわけで午後からの出勤はやめて(本当は気がついたら夜になっていて行きたくなくなった)、いろいろと実験した。いやあ、簡単にダウンロードできてしまう。CDを自分のパソコンやiPod で聴くためにmp3にするのはたぶん違法じゃないだろう。携帯にもこのMacBookにもたくさんmp3ファイルが入っている。だったら映像もパソコンの中にしまっておいて、見たいときに見るのなら構わないのだろうか? 音と映像とどう違うのだろう? 知らず知らずのうちに違法行為をそうと知らずに行える怖い時代になってきた。

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2007年11月20日 (火)

音の世界

音について書かれた詩の叙情性について考えながら、相変わらず鳴り続ける耳鳴りの音を聴いている。その耳鳴りの脇をすり抜けて聞きたい音が滑り込んでくる。それが娘らの弾く弦楽器の音であっても、自分の動かなくなった指がはじくギターの弦の音であっても、50年も前に録音されたオーケストラの音であっても、すべては私が聴いた音であって、他の人の耳に聞こえる音とは違う音だと感性が即座に組み立てて鼓膜に与える振動を絵にして思い描く。

外国の都市で真夜中に聞くパトカーのサイレンが日本の町の中で聞くそれと違って聞こえるのは音程やリズムが違うからだが、実はそれだけではなくforeignerとしての、もしくはtravelerとしての心の不安定さが別の重みを与えているからだと思う。だから旅慣れたforeigner=travelerとそうでない者との間には音が描きあげる世界が違って見えるのだ。

音楽は、とくにクラシック音楽はどれを聴いても同じという友人が多い中、どうしてこれほど演奏家の違いで色も形も違うのにそう感じないのだろうと不思議に思う私がいる。けれどその私に区別のつかない音を聞き分ける人もいる。感覚器としての人間は皆それぞれ違うアンテナで音を聴き、色形を見、さらには喜怒哀楽を感覚する。自分の中の精度を自分なりに高めたいという思いはあり、それを磨こうと努めてはいるのだが限界はある。でもまだ限界にはほど遠い、低いレベルにあると承知してもいる。小澤征爾をはじめとして優秀な演奏家が集って作ったCDを聴きながら、その良さがわからない、という事態にぶつかって、音楽の音は聞き手の感性に大きくゆだねられた独特の領域なのだとわかる。技術的な音感の高さを磨く訓練をしている娘の音は、あきらかにまだ到達すべき技術に達していないことを認めざるをえないが、表現したい気持ちが正しく演奏する技術を越えたところにあるのを私は感じ取ることができる(と思っている)。それは超一流の演奏家が持っている志と同じところに根ざしていると私には感じる。表現とは美しく間違いなく演奏することではなく、押さえきれない心の歌を歌うことだ。高い意味での標準に達しないレベルの技術で終わったとしても娘には歌う心が宿っている。それだけで、私の琴線は共鳴してしまうのだ。正しいかどうかわからないが、私が歌ってほしいように彼女は楽器を歌わせる。それがマイナスになっているか、プラスになっているかわからない。彼女のフレージングは彼女の指導者からダメ出しをされることがあるらしい。たぶんそれは私のDNAが彼女に乗り移っているからかもしれない。だからこそ旅に出して、私といううるさい聞き手のいない世界で学んでみることが彼女には必要なのかもしれない。

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2007年11月18日 (日)

ブルックナー「弦楽五重奏」続

Burckner_2携帯サイトで私のブログを読んだY乃から「何でチェロのことしか書いてないの」とクレームがついた。5人の息が合ってて分厚い音がしたと誉めたじゃないと言ったが、どうももの足りないらしい。Y乃は何故か室内楽ではセカンドをやる。派手なソロが目立つファーストなら批評できるが低音域でアンサンブルを引き締める役回りだとアンサンブル全体の音や表現力を誉めたことで十分ビオラも含めた楽団を評価したことになる。今回のブルックナーの五重奏は第一楽章がチェロのソロがメインだったから、いいチェリストだったと感じた。でもどんなにソロパートが卓越した腕前でも他のパートが良くなければアンサンブルとしてはバランスがとれない。彼女が三年生の「安達祐実」ちゃん(私がそう呼んでいるだけで本名は違う)にファーストを任せセカンドに自分が回っているのはアンサンブルの構成について感性でわかっているからだろう。うまいソリストを4人揃えてもいい四重奏になるとはかぎらない。だから弦楽四重奏は楽しいのだよ。弾いてても聴いてても。

携帯電話からコメントをつけようとしたらエラーでつけられなかったため、項をあらたにした。

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2007年11月14日 (水)

ブルックナー「弦楽五重奏曲」

少し前にトッパンホールから帰ってきた。Y乃が大学の授業で受けている室内楽のコンサートだった。曲目はブルックナーの「弦楽五重奏曲へ長調」だった。チェリストが韓国からの留学生で、弦楽アンサンブル3組の中では突出した力のある子だった。たぶん指導の教授(たぶんハンガリー人だと思う)の選曲はチェリストの彼女の音を生かすためだったろうと思う。出だしから、チェロを中心とした5人の音が美しく、ぐんぐんひきこまれていった。いつも自分の娘の弾く曲はよく聞こえてしまうのだが、今回も他の2組がかわいそうになるくらい、力に差があった。授業の選択もオーディションを経ているからそこそこ弾ける子たちが集まってはいるのだが、最後に演奏した娘の入ったアンサンブルと前の2組のアンサンブルでは明らかな差があった。ビオラが1本多いというだけの違いではない。全員の息があったアンサンブルの音は分厚く聞こえる。

最初の組のモーツァルトの弦楽四重奏曲「狩」は小さくまとまっていた。きれいだったが遠いところから音が聞こえるようで演奏も音も力量不足。この組のチェリストはふだんY乃と私的に組んでいるカルテットの一人で、うまいのだが音に力がない。明らかにボウイングもアーティキュレーションも弱い。韓国の留学生の子の割り切りのいいプレイがこの子にはない。楽器もたぶんかなり差がありそうだった。二組目のベートーヴェンの弦楽四重奏曲第4番ハ短調はまとまりがなく、一人一人の力量も劣っている。1stヴァイオリンの音色ががまんならなかった。…と学生相手にあまりこき下ろすのはよくないことだろう。

とにかく、最後の演奏でいい音楽が聴けてよかった。そのY乃は来月に入るとサントリーホールでヴェルディ「レクイエム」、隅田トリフォニーホールで誰だかよく知らない作曲家の新作弦楽四重奏曲の初演、そして年末22日には会場はまだ聞いていないが「第九」と忙しい。そして1月終わりに特修科の入試。留学させもらえそうにないのを感じている彼女が選んだ進学の道。まだまだ我が家の経済は落ち着かない… でも、これでそこらの音楽教室の講師のバイトなどをして生きていくよりはよかったと本音では喜んでいる私がいる。

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2007年11月 7日 (水)

第2世代復刻盤〜'43運命

516fcrek1al_aa240_ フルトヴェングラー1943年6月27、30日録音のDELTA第2世代復刻盤「ベートーヴェン:第4・第5」(DCCA-0006)が届いた。東京の家のステレオはアンプのボリュームが壊れているので仕方なくiTuneに入れて聴いているが、山で聴いている同曲異録盤とはまったく異なる「音」だ。針の滑る音はするが、一つ一つの音がクリアで目が覚めるようだ。古いアパートの隣の部屋の住人が遠慮がちに鳴らすレコードを薄い壁越しに聴いていたのが、目の前の古い再生機を前に聴かせてもらっているような感じだ。
 早く山の、たいしたことはないが、それでも気に入って買った再生装置にかけて大音量で聴きたい。古いCDと聴き比べをしてみたい。今月末までには届くはずの第2世代復刻のバイロイト盤にも大きな期待ができる。60年以上も前の演奏をこうして聴けるのはとにかくうれしくてたまらない。

 ちょっと飽きてきたヴェルディ:レクイエムの勉強は脇に置いて当分フルトヴェングラー漬けになりそうだ。

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2007年11月 3日 (土)

フルトヴェングラーの第九あれこれ

51cvh8ztqal_ss500__3 フルトヴェングラーの第九バイロイト盤についてはもう何度も書いてきたのだが、EMI '97盤をiTuneに入れてアルバムアート(アルバムの写真)を取り込もうとAmazonに行って、同じ'51バイロイト盤に「第2世代復刻」という盤が出ているのに気づいた。
 この夏、フルトヴェングラーセンターのバイエルン放送盤について書いたのだが、このCDは買っていない。どうもいろいろ手続を経て頒布される、というのが面倒だし、これまでのいわゆるバイロイト盤で十分満足していたからだ。

 今日見つけて、早速Amazonに注文してしまった第2世代復刻という盤は音源が英HMVのLP盤で、新しい技術でノイズをカットしたモノラルらしく、クリアでフルトヴェングラーの音が歪みなく聴けるという。で、いろいろと調べてみるとこのバイロイト盤には相当の種類があり、マスターテープを様々な時代の技術でカッティングしてあり、ミキシングする人の違いで味付けも少しずつ違うらしい。

 いずれにしても生のフルトヴェングラーを聴いたことがあるわけではないからどれが正しい音なのかはわかるはずがない。現代のコンサートだって、聴く席によっては同じ演奏が違って聞こえるだろう。先日のY乃のタケミツメモリアルではヴァイオリンの位置がよく見えるようにと舞台の真上、コントラバスの上に席をとったが、低音楽器の音が生で聞こえた。下手だったせいもあるがベートーヴェンのピアノ協奏曲ではピアノの音に迫力がなく、すぐに寝てしまった。今度のヴェルディのレクイエム、サントリーホールはホール1階の中央の一番いいところに席をとった。

 そんなふうに音に対しての興味をフルトヴェングラーの一度の演奏が与え続けている。フルトヴェングラーを嫌う人はこういうマニアックなCD商法をあざ笑うのだろうが、フルトヴェングラーのベートーヴェンを聴くともう他のベートーヴェンは聴きたくなくなるのだ。私が大好きな「運命」の'43盤ももう少しいい音で聴けたらと思う。音質だけ'47盤くらいだったらと思う。たぶん商売になるとなれば新しい盤が出てくるだろうと期待している。

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2007年10月13日 (土)

音楽の好み

 さっき、Googleの検索サイトに行ったら、Googleの文字の上に太鼓腹のパヴァロッティの小さな絵がついていた(残念ながら今見に行ったらなくなっていた)。

 今、ヴェルディのレクイエムを集中して聴いていることは前回のブログで書いたのだが、車の中で、あるいはスコアを見ながら職場で携帯電話のmp4を聴いている。家に帰るともうゆったりと音楽を聴いている時間はなく、晩酌をしてご飯を食べるともう日付が変わってしまう時間になる。そんな、ゆとりのない聴き方なのだが、ショルティ盤とジュリーニ盤(89)の比較をどうしてもしてしまい、当初持っていたショルティへの傾きがここ数日できれいに消えた。その理由の大半は後述するようにショルティが問題なのだけれど、さっき見たパヴァロッティもショルティ盤を聴きたくなくなる一つの理由になっていることに気づいた。パヴァロッティはレクイエムを歌うような歌手ではないのだ。意識してのことではないかもしれないが、どこかの品のないおやじの言葉を借りれば、パヴァロッティは「キャラが立ちすぎている」。それはともかくも、ショルティの演奏もまた「キャラが立ちすぎている」。

 1991年12月5日モーツァルト没後200年目の日、ウィーンの聖シュテファン寺院で追悼ミサが行われ、そのバックでショルティが指揮をしたモーツァルト「レクイエム」が流れていた。私は単身赴任先の片田舎で、同時中継の音を電波の良くないFM放送で聴いていた。その後、映像入りで聴きもした。それはミサのBGMだった。ヴェルディのレクイエムも映画のBGMで使われたり、ゲームか何かのCMに使われたりしているらしいが、ベートーヴェンの第9同様、全曲聴いたことのある人はクラシック好き以外にはほとんどいないだろう。

 で、ショルティの演奏が私の愛聴盤から落ちた理由はBGM的性格にある。BGMやCM音楽は聴こうとして聴くものではなく、流れているだけで当の音と同時に本命のものを聞き手に印象づけることを目的とした音楽だ。実は私も車の中ではショルティを聴く。なぜなら本気で聴いていなくても、ときどきドキッとするほどの音や響きを感じることができるからだ。ドンスト、ドンスト、重低音を響かせて走る車を見かけるが、あの感覚は私にもあり、車で聴くBGMは低音の聴いたリズミックな曲がいい。曲を聴き取ろうと運転以外のことに気を使わずとも向こうからズカズカと耳に飛び込んでくるからだ。
 晴れた日曜日の朝、高層マンションのダイニングでちょっと遅めのブレックファーストをとるときなどは逆に、そよ風のように軽やかな、しかも華やかさもある演奏を邪魔にならない音量でかけておくと絵になりそうだが、そういうときに思い浮かぶのはカラヤンの演奏だ。二人に共通するのはBGM的性格なのだ。

 どちらもきちんと音量を上げて、再生機の前に正座して、じっくり鑑賞すると白けてしまう音楽なのだ。精神性がない、と言ってしまえば、宇野功芳調になってしまうが、カラヤンやショルティの音楽から精神性を私も感じないのは事実だ。
 初めのうち物足りなく感じていたジュリーニを何度も聴いていると、心のなかに微細な揺れが伝わってくる。そこにはその曲の心を伝えるという真の目的以外に何の野心もない。聴き手が聴こうとしなければ伝わってこない曲全体が表すヴェルディのレクイエムを通してのジュリーニの思いが、ほら、耳を澄ませば聞こえてくる。毎回異なって聞こえるのは、実はジュリーニの思いを通して共鳴している私の心のコンディションが毎回異なるからだ。作り物のショルティは何度も何度も聴かされるCM音楽で、命のない音なのだが、ジュリーニを聴いているのはまさに聴いているそのときの「今」であり、生きた音なのだ。その二人もすでにこの世の人ではない。パヴァロッティ同様、生前の音楽に接していたころが昨日のように思える。

 ちなみに3枚目のレクイエム、ジュリーニの64年盤は注文して4日も経つのにまだ発送の連絡が来ない。

 

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2007年9月29日 (土)

ラフマニノフ〜2つの小品

 毎年聴きにいっているY乃のグループコンサートと名づけられた公開試験。今年は学部最後の年、演奏したのはラフマニノフの小品で、「ロマンス」と「ハンガリー舞曲」(いずれもOP.6)。今回は私自身予習なしで聴きに行った。大学へ向かう私鉄の路線が人身事故のために途中駅で止まってしまう。いつまでも走り出さないので下りてタクシーを飛ばそうかと思いながらY乃にメールを打っていると、なぜか大学のある駅までの運転を再開すると車内放送が入った。
 大学構内のホールの形をした教室の防音の中扉の外側まで入るとY乃の親友の演奏するサン・サーンスが聞こえる。Y乃の出番までまだ数人いる。今回は土曜日で、仕事中に抜け出して行く、というような状況ではないので、ゆっくり前後10名近くの学生の演奏を聴く。

 親バカかなと思いながらも、Y乃の演奏が一番良かった。この子の演奏には妙に華がある。舞曲だから楽しくないといけないのだが、実に表情のある演奏で聴いていて胸が「踊る」。他の子たちがこぢんまりとまとまったつまらない演奏をしていたから余計にY乃の緩急の彩りがはっきりとした演奏が小気味よく聞こえた。一昨年のメンデルスゾーンのコンチェルトも去年のシューマンのソナタも悪くはなかったがどこか不消化なところがあった。小気味よく弾ききるところはいつものことなのだが、今年の演奏は疵もほとんどなく、曲を自分のものにしきっていた。競演してくれたピアノもとてもよかった。二人の息が合っていて、すてきなデュオを聴かせてくれた。

 就職活動もせずに先日はオペラシティ・タケミツメモリアルでのオーケストラ公演、次は冬のサントリーホールでヴェルディの「レクイエム」の公演と立て続けに忙しい日々が続いている。ヴェルディはまだ譜面を渡された段階でまだ練習には入っていない様子。私の方が先に、ショルティ盤とジュリーニ盤(89年)で予習を始めた。歌が中心とはいうものの弦も難しそうな曲で今からちょっと期待している。その間にも弦楽六重奏をどこかでやるらしいし、第九のエキストラも入っているという。とにかく徒弟修行中の音楽家は今、完全燃焼している。うらやましい…

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2007年9月 8日 (土)

パヴァロッティの死

 台風9号がゆっくりと南の海上を北上してきていた木曜日の朝、通勤途上のカーラジオで、パヴァロッティ危篤の報を聞いた。仕事中も気になっていたが、昼休みにインターネットのニュースサイトで死亡記事を読んだ。左右の眉を段違いに動かしながら熱唱するパヴァロッティの顔とあの誰とも違うテノールが頭の中に交差した。

 これから彼の評伝や歌声がしばらくマスコミに取り上げられるだろう。柔らかなドミンゴ、繊細なカレーラスと三大テノールの残る2人の歌は言葉で表現できるが、門外漢の私にはパヴァロッティの歌声をうまく言い表す言葉が見つけられない。オペラの本場イタリアの産んだ稀代の歌手は「誰も寝てはならぬ」と、深夜の山中で大音量の再生機を通して歌っている…

 まだ考えている、なんていったらいいのだろう? やっぱりわからない。あえてこじつければ客席のどこで聴いても輝かしい音量で細部まで表情を伝えてくるストラディバリのようだ。

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2007年7月29日 (日)

フルトヴェングラーの新「第九」

フルトヴェングラーの新「第九」
昨日は予想通り午後から通り雨が降った。小一時間でまた日が射しだした。真夜中物音で目が覚め、懐中電灯を抱えて外に出てみた。今日か明日が満月だから月はもう沈んでいたが空は明るく、星は見えにくかったが木立の間からカシオペアが見えた。

今朝は曇り。先に起きていたFERMATAは散歩を済ませ、平日忙しくて読めない新聞を読んでいた。私はFERMATAから伝えられる情報のうち興味があるものだけ読む。今朝彼女が伝えてきた情報はフルトヴェングラーのバイロイト盤として知られる第九の真贋についての文化欄の記事。同じ1951年のバイロイト音楽祭でのバイエルン放送局の録音が見つかった。これまでバイロイト盤として出ていた演奏の三分の二が他の音源からの編集ではないかというのが、新しく発見された音源からCDを録音、頒布している「フルトヴェングラーセンター」なる団体の顧問である人物の言。スタジオ録音はもとよりライブ録音でも切り貼りが当たり前になっているレコーディングだから、変だなと感じる盤はいくらでもある。最近の技術はそれを気づかせないくらい高度になっているが、バイロイト盤が編集された頃の技術だと素人でもわかる不自然さがあるのも事実で、それを承知の上でファンは聴いてきたのだ。

しかしなぜ今、なのか? 没後50年を過ぎ、著作権が切れだした盤が出始めたことあるのだろう。いずれにせよ、今度のバイエルン放送盤のバイロイト新「第九」を入手するには、当の団体への入会が必要で、入会金3500円が頒布盤2600円の他にかかる。三つもあるフルトヴェングラー関連の団体中、一番新しいできたての団体はここで一気に会員数を増やすだろう。聴いてみないことにはわからないし、往年の名盤を超えるかどうか何とも言えない。複雑な心境ではある。

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2007年5月10日 (木)

ロストロ・ポービッチのバッハ

20070510204309_1 最近80歳で亡くなったロストロ・ポービッチのLDを観る。バッハ無伴奏ソナタ全曲の演奏と本人の曲の解説が入っている。

64歳の時の演奏だが、素朴なカザルスより洗練されており、私の好きなミッシャ・マイスキーより冷静で、公開レッスンを見に行ったことのあるヤーノシュ・シュタルケルよりソフトで、ヨーヨーマより質実剛健な、前世紀を代表するチェリストのひとりだった。

一度でいいから生の演奏を聴きたかった。ギャラが高かくて興業者泣かせだったらしいが、収入の多くは慈善事業のために寄付されたとも追悼記事で読んだ。

彼のミスの少ない、均整のとれた演奏を観るレーザーディスクプレーヤーがそろそろ寿命を迎えている。時代のうつろいを感じる。

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2007年3月 7日 (水)

Davy Graham と彼の妻

Davygraham いま私が毎日練習を続けているAnjiという曲を作ったジャズ・ブルースギタリストの輸入盤CDのusedを入手した。ケースのなかのCDを挟み込む爪が半数以上折れているCDは新品同様。輸入盤の爪はどうしてこうチャチなんだろうと思うほどどれもすぐ折れるから全然気にならない。900円しないで買えたのだから(送料が340円も取られたが)。

 聴きたかったAnjiは… この曲のCDはポール・サイモンの弾いている2つと石川鷹彦のものと合わせて4つ目だが、何ともポール・サイモンが世に知らしめたこの曲はポール・サイモンのエッセンスですっかりお洒落になっているのだと本家を聴いて思う。Davy Grahamはなかなかうまいギタリストだが今風ではない。でも味がある。なかなか売れなくてポールは彼に印税を儲けさせたくてこの曲を自分のレパートリーに入れたというがあり得なくない話だと思う。写真はイギリスの民家の窓から見える部屋の中で夫がギターを弾き、妻に聴かせているところで、このギターを弾いているのがDavy Grahamだ。テーブルに顔をつけて俯せ、夫の指を見つめているのが奥さんだろう。CDのジャケットの中の写真をデジタルカメラで撮ったので光っているのは私の使ったデジタルカメラのフラッシュの明かり。

 でも、こういう情景は心が温まる。彼が不遇だったということも重ねて考えると余計そう感じる。ボーナストラックではたぶん仲間や奥さんと飲みながら彼が弾いているのだと思わせるノイズの入ったものもある。オリジナルのLPレコードは私がギターを弾き出したころの作品たち。あのころの少年は草野球かギターを弾いて余暇を過ごしていた… 今、Davy Graham はどうしているのだろうか? 生きていればたぶん今でもボロボロになったヴィンテージの GIBSON を引っ張り出しては老いた妻に聴かせているのだろうな。

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2007年1月19日 (金)

シューマン「ヴァイオリン・ソナタ第1番イ短調」

Boulangeot01 Y乃の室内楽の発表があったので聴きに行く。曲はシューマン「ヴァイオリン・ソナタ第1番イ短調作品105」。大学の一応はホールと名のついたステージのある教室で行われる公開の試験。指導教授の外国人女性が座った同じ列の中央に私たちは座った。公開といっても見に来ているのはわずかな学内の学生と外国人の教授くらいで、親らしき聴衆は私たち夫婦の他は一人か二人。

 オーディションを受けてとる講座で、出演は4組。Y乃は3番目で、全楽章をみな演奏するから、Y乃の番までで、小一時間かかる。最初の子はシューベルトのソナタ2番、何だかヴァイオリン教室の発表会のような演奏で面白くない。譜面を追っているだけ。間違えないところが、子どもの発表会と違う。二番目はY乃が一目置いている子のフォーレのソナタ1番。さすがにY乃がライバル視するだけあって感情は入っているが聴いていて面白くないのは最初の子と変わらない。曲想が難しいから表現力が要求されるのだろうが今ひとつこちらに感情が伝わってこない。最後の子はもうすぐ卒業の4年生で、今のところ4年のヴァイオリン科の中ではNo3の力量だとY乃は言うが、4年生の中でも拮抗するNo1、2との間に大きな差があって、今回の4人の中でも腕前はさほど高くない。曲はプロコフィエフの2番。
 
 3番目に出演したY乃は第一楽章のはじめの音を聴いただけで音の美しさで他の3人より勝っている。たぶん親バカなんだと思うが一番表情のある演奏をした。マイナーな曲ではあるが、他の子の演目が難解なのに比べ、Y乃の演目が一番わかりやすいこともある。そろそろ3年間弾き込んだフランスのヴァイオリンが暖かい音色を響かせる。おそらくは他の子のヴァイオリン(どれもイタリア製だと思うが)より安いに違いない楽器なのだが、Y乃はこの約100年近くたつ楽器をよく鳴らしていた。ただ、第3楽章で少し焦りが見えた気がした。

 4組で約1時間半の演奏会を聴き終え、ホールの外に出ると、先に出ていた指導教授の女性がいらしたのであいさつをした。比較的わかりやすい英語で、彼女の演奏は音楽的で表現力がある、とおっしゃった。しかし、今日の演奏は非常に速かった! と私が感じたのと同じ点を指摘された。

 これまで全曲通して演奏するのを聴いたことがなく、たいていは楽章単位ででしか聴かせてもらえないのだが、一つの曲を全部時間制限なく弾ききるのを聴くと力がついたのがわかる。さて残る一年間、彼女はどう成長するのか。これもオーディションで選抜された者だけが出演できるそうなのだが、津田ホールでの演奏会がある。本人はもう出るつもりでいる。「自分の音楽」にして演奏できるヴァイオリニストとして晴れの舞台での演奏を聴きに行くことを私も今から楽しみにしている。

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2006年12月11日 (月)

マタチッチの第九

 この時期になると毎年誰かの第九を買って、やっぱりフルトヴェングラーのバイロイトが一番だということになって、その第九はお蔵入りする。そうやって小澤もサイモン・ラトルも聴かなくなった。ところが今年はちょっとフルトヴェングラーもやばいかな、というCDを聴きだした。73年のマタチッチの第九。演奏はN響。帯に書かれたキャッチ・コピーがうるさいのは宇野功芳氏のライナーノートの抜粋のせい。でも、たしかに凄かった!

 マタチッチの棒も凄かったのだろう。それをちゃんと聴くためにもう少しおとなしい録音をしてもらいたかったと贅沢でわがままな思い。この音と60年前のフルトヴェングラーの音をくらべたらフルトヴェングラーが可哀想。録音はNHKのTVクルーが行ったのではないかと思う。それくらい映像的な音がする。一人の指揮者がオーケストラと声楽をここまで燃えさせている。ちょっと日本の声楽家たちが可哀想なくらいオケが激しくドライブしている。飽きてこなければ本物だ。

 9個のスピーカーがついた車のオーディオ装置が重たい車を舞い上がらせる。ハンドルを握りながら腹の底に響くコントラバスやティンパニーや野太い管の音にしびれる。今年はマタチッチで年越しかな…

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2006年12月10日 (日)

チェロの婿入り

 娘らがまだヴァイオリンを始めたころに参加していた大学生たちを含む弦楽アンサンブルで私が弾いていたチェロが使われなくなったまま山の寝室におかれて放置されていた。あえて放置したという意識はないのだが弾けないからそのままになっていたのだ。そのチェロが今日M乃の友達のところへ婿入りしていった。

 何度も買った店に持っていって売り払ってこようかと思っていたが買った日のことを思い出すと売り払えなかった。

 それは私が妻娘と離れ単身赴任生活をしているときだった。週末に今よりももっと混む高速を飛ばして生まれて間もないM乃をはじめ、のののたちのもとへ帰ってきていたのだが、ある日、無性にチェロの音をじぶんで奏でてみたくなって高速を途中でおり、お茶の水の弦楽器専門店に立ち寄った。結構何でもホイホイ買ってしまうように見えて実はなかなか決心できずに、「時間のかかる衝動買い」をするタイプなのだが、そのときは店員の男性に弾いてもらい音の気に入ったチェロを誰にも相談せずに、当時のカード限度額いっぱいに近い買い物をして帰った。車の中に軽自動車一台積み込んだみたいな、つまりは分不相応な衝動買いだった。帰宅して大きな楽器を家の中に持ち込むとFERMATAは笑顔で迎えた。それから慣れない楽器との格闘が始まり、それは、改築を考えている最中だった我が家で、私が必死に鳴らすチェロの音は電話口で聞いた母親が「もう大工さん、入ったの?」と言われるくらいの音だった…

 最初に反応したのは当然長女のA乃で父親の弾く馬鹿でかい物体を眺めては「それはなあに」と何度も聞いた。それから子らのヴァイオリンが始まった。学校が休みにはいると私の単身赴任先に遊びにくる彼女らは小さなヴァイオリンを持って来ており、私のチェロと一緒に簡単な合奏をした。しかし私が優位を保てたのは1年くらいで、しだいに「ちょっと待って!」とつまってしまうのは私の方になった。

 夏になると、今私の山の家のある村の、音楽ホールつきペンションに泊まりがけで、先に書いたアンサンブルの合宿にみんなで行った。娘らは初めて渡される楽譜を、大学生と一緒にすぐに弾いた。私は別の、犬と一緒に泊まれるペンションで復習しながら何とかついていった。パウも私もまだ若かった。

 そのチェロが今日、普通の総合大学のオケに入っていてこれまで大学の貸し与えてくれていた楽器を使っていた女の子のもとへ貰われていったのだ。売り払わなくてよかったと思った。もっといい楽器が欲しくなったらそのときは下取りしてもらいなさいといって渡した。しばらく使っていないから調整に出して、と付け加えた。車で家の近くまで送っていったあと、バックミラーの中に大きな楽器の入ったさらに大きなケースを抱えた女の子の姿を見送った。いや、女の子が抱えた古いチェロを見送った…

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2006年12月 3日 (日)

Y乃の定演と家族忘年会

 金曜の晩、東京芸術劇場大ホールでY乃の大学のオーケストラと合唱団の演奏会があった。この時期は第九と相場は決まっているので3年生になってAオケのオーディションに受かってから、年末の第九を楽しみにしていたのだが、早くから今年はモーツァルトイヤー(生誕250年)だからモーツァルトのレクイエムをやると聴いていた。没後200年はあれほど全世界が燃えたのに、今年は大して盛り上がっていないモーツァルトイヤー、年末にレクイエムというのも命日が近いからありかな、と思っていた。ところが実際に行われたのはオルフの「カルミナ・ブラーナ」(世俗の賛歌)だった。このために今回がこの「カルミナ・ブラーナ」の80回目の指揮になるというヨゼフ・ツェルヒが招聘された。
 迫力のある歌と演奏で、なかなかよかったが、前日夜遅くまで仕事をしていたので、不覚にも半分以上寝てしまった。昨日、K1グランプリという格闘技がテレビで放映されていたが、誰だかの入場曲に使われていた。実に世俗的な使われ方だった。

 これに先だって演奏されたハイドンの交響曲第94番「驚愕」は小さな編成でまあどうということのない演奏だった。よく知られた第2楽章は細かいところまで頭に入っているけれど、これといって新味のある演奏ではなかった。

 東京芸術劇場は初めて中に入ったが小さなホールで、アットホームな感じはあるが、風格がない。外見の意匠というか現代建築風の凝りようがおためごかしのホールだった。ここで落語もやるというがまあそういうのに向いているかもというホールだった。

 池袋ウェストゲートパークは若い連中でごった返し、危ない街という先入観は拭えない。ただ、道の片隅、エレクトリックピアノとエレクトリックギター(エレアコ〜エレクトリックアコースティックギターの略称でみんな使うが私はこういう略語が嫌いだ)をセットしてストリートコンサートをしていた二人組のドライブ感とギターのテクニックはちょっとしたもので、素人の壁を越えていた。生のアコースティックギターをかき鳴らしている連中のリズム感や音程とはちょっと別格だった。

 一緒に聴きに来ていた私の両親は夜も遅いのでそのまま帰宅したが、演奏を聴いた私とFERMATAとA乃は予備校の自習室で勉強を終えたM乃を呼び出し、東口、これも妖しい街サンシャイン通りからさらに危なそうな横道を入った先の創作料理が美味しい店に行き、予約した時間を待ちながら、片づけを終えて駆けつけたY乃を待った。A乃がセッティングしてくれた「家族忘年会」だった。今年来年の年末年始は老人の介護に当たらなければならず山で過ごせないので、一足早く忘年会をしてしまおうという計画。いつの間にか、Y乃も軽いお酒を飲むようになった。かつて子らが小学生や中学生だったころは年中走る仲間と子供同伴で宴会をしていて終電に乗って帰るという日が度々あったが、この日は久しぶりにオトナになった娘らと終電間際の電車で帰宅した。

 親の方が体力が続かなくなり、山ならとっくに寝ている時間に電車に乗っていて、受験直前のM乃や残る二人の成人の娘をぼうっと見ていた。NYでも、ウィーンでも、パリでも真夜中の地下鉄に乗って動き回っていたころをふと思い出した。

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2006年11月21日 (火)

『二枚の繪』

 『一枚の繪』という雑誌がある。それにひっかけたタイトルである。話はまたサイモン&ガーファンクルの「Old Friends」という歌のことで、またか、という感じ… でも私はかなりしつこいタイプだから気になるとずっと考える。

 実はこの曲を弾き語りで歌っていて第2節に入ると歌いにくい部分がある。

Old Friends, winter companions,
The old men lost in their overcoats,
Waiting for the sunset,
The sounds of the city,
Sifting through trees, settle like dust.
On the shoulders of the Old Friends.

 というのが第2節の全部。この3行目、最後の sunset というのが字余りというか、最後まで歌ってしまうと次の4行目の歌い出しが歌いづらい。だからというわけではないのだと思うが、この部分をサイモン&ガーファンクル自身、コンサートで sun とだけ歌うことがある。言葉を略すことが英語の歌ではよくあるので set を略しているのか、あるいは歌っているのだが私の耳に聞こえてこないのか、と不思議に思っていたのだが、今日仕事帰りの車の中で Waiting for the sun, と歌っているヴァージョンを聴いていて急にわかったのだ。どちらでも意味が通る、と。

 むしろ原詩の sunset より、sun の方が素直な歌詞である。

 「冬の友達、オーバーコートに埋まって太陽の日差しを待っている」
ニューヨークの寒い冬の吹き晒しの公園のベンチにブックエンドのように日長座っている老人2人。太陽の日だまりが恋しいだろう。人生の暮れ方に青春の象徴のような夏の太陽の暑さではなく、冬の太陽のほのかな暖を待っている。1981年のセントラルパークコンサートでも、2003年のマジソンスクウェアガーデンでもそう歌っているのだ。

 しかし、原詩はそうではなかった。ポールは、
 「冬の友達、オーバーコートに埋まって日の暮れるのを待っている」
と書いたのだ。それは一日中そこにいるということであり、他に行くところがないということである。寒いに決まっている。彼らは日が暮れて帰宅するのを待っている。帰ったところで別に何もすることがあるわけでもないし、公園より暖かいにしても暖かい家庭が待っているわけでもなさそうだ。
 そしてこの sunset は人生の sunset でもある。街のざわめきは彼らの肩に埃のようにつもるだけ。もはや都会の喧噪とは無縁の人生がそろそろ日暮れ時を迎えている。

 ああ、やっぱり歌いにくくても sunset と、オリジナルヴァージョンの方で歌おう。『二枚の繪』はどちらも美しい。けれどやっぱり原詩の方が繪としては深い筆の跡が見える。

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2006年11月16日 (木)

私的ギター教則(2)

 ギターが弾けるようになるきっかけは人様々で道は一つではない。どうもギターという楽器は正統な楽器に分類されていないのか日本の音大でギター科というのを聞いたことがない。昔から独学で、もしくは町のギター教室で覚えていくという方法しかなかった。もとより楽器を学ぶということ自体、理論は別にすると個人的に人伝えに教わっていくものだから、ギターとか民族楽器が音大で取り残されたのだろう。

 だから正式な弾き方とか教則本のはじめに書かれているが別に弾ければそれでいいのであって形をしっかり身につけていなくてもある程度は弾けるのだ。そうやってプロになっていく人が大半なのだ。ましてやアマチュアで、誰かに聞かせるためでなく自分で楽しむためならどう弾いてもいいのだ。

 と書きつつ、アルハンブラを最初から弾こうとしても弾けないだろうと思う。フォークギターにしてもエレキギターにしても自己流をどこまで通せるかはちょっと疑問ではある。アルハンブラの思い出を美しく弾くためには、トレモロ奏法が身についていないとだめだし、左手の、最初は不自然に思えるほどの押さえができるためには構えや左腕の位置など教則本にある形を身につけておかないと指は広がらない。私は独学だったが一応基本の練習を積んだ上で弾いているから、小さい手ながらちゃんと押さえられるし、右手の細かい動きも譜面どおりにできる。それが今ポピュラーソングの伴奏をするときに全て生きていると思う。和音の進行はおおむね聞き取れるから、リズムに合わせてすぐに一応の伴奏はつけられる。滅多にしないが姿見の前で弾いている指を見ると、クラシックギターの練習をしていたときの手の形がちゃんと残っている。

 ところがクラプトンは手も大きいのだがいろいろな変則的な押さえかたをして、彼独特の音を作り出している。構え方とか手の形は彼なりに理にかなっているのだろうが条件の違う私などには真似できない弾き方をする。まだポール・サイモンの変速コードのほうが真似しやすい。

 先日、大昔にD-28を買う前に私が使っていたさらに大昔のYAMAHAのギターをあげた人に会って、その人の弾き方をみた。どうしても越えられない山があって、その手前で足踏みをしているその人の問題点は右手も左手も基本ができていないことだとその時初めてわかった。今さらと思わず、簡単なクラシックの名曲を正しい弾き方でマスターしたらきっとその山は越えられそうに思った。

 そういう私が正式に習っていないために越えられない山はまだたくさんある。今さらと思わずに一つずつ問題点をクリアしていかないとだめだとわかっている。よい音を正しく出せている人のギターワークは美しい。今はそういう映像を目にしながら勉強のできる時代になった。駅前の店舗の二階あたりによくあったギター教室の看板を見なくなって久しいのはたぶんそのためだろう。

 

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2006年11月14日 (火)

サイモン&ガーファンクルのCD

B0000w3rki サイモン&ガーファンクルのアルバムをレコードの時代に聴いていて、CDになってからはベスト盤を持っているだけだった。ところがここへきて今年64歳になっている二人の若き日のアルバムを全てCDで揃えたくなった。といってもオリジナル・アルバムは5枚だけ。「水曜日の朝、午前3時〜Wednesday Morning, 3A.M.」、「サウンド・オブ・サイレンス〜Sound of Silence」、「パセリ、セージ、ローズマリー・アンド・タイム〜Parsley, Sage, Rosemary and Thyme」、「ブックエンド〜Bookend」、そして最後のアルバム「明日に架ける橋〜Bridge Over Troubled Water」。いずれも懐かしい曲ばかりが並んでいる。

 そしてそれらのCDが届くのを待ちながら、「OLD FRIENDS」を聴いている。年老いてから歌う同じ曲が編曲も含めすごく新しいものに聞こえる。キーを落としたり、くずしたりして歌う今のこれらの曲はかつて20代だった二人の澄んだデュオとどう違うか。あらためて年代順に、あるいは彼らがアルバムとして作り上げた時のままの形で聞き直してみたくなったのだ。同じ曲のCDをバージョンは違うとはいえ、いくつも持っていてどうするんだという気もするがこれは一人の作家を読み出すと全集を揃えたくなる昔からのこだわりだ。フルトヴェングラーのベートーヴェン第五や第九を数種類聴き比べるのとはちょっと違うが、どこかで通底している。歴史とその時代の状況を聴き取るという、大げさにいえばそういう作業なのだ。

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2006年11月12日 (日)

私的ギター教則

 いろいろなアーティストがいろいろなライブで使っているギターを見ては、そのテクニックも合わせてのことだがうっとりとしてしまう。昨日大阪公演を皮切りに始まったクラプトンは今回は聴きに行かないが、たぶんエレクトリックもアコースティックも特注のシグニチャーモデルを使うのだろう。クラプトンにとって思い入れ深かったギターの多くをオークションにかけてしまって以来、彼は楽器にこだわらなくなっているようにみえる。あるいは日本公演にヴィンテージの名器を持ってくる気がしないだけなのかもしれない。FENDERやMartin社の宣伝という役割も背負っているのかもしれない。
 先日買って時間があればしょっちゅう視聴しているポール・サイモンが2003年のコンサートでメインに弾いたのもMartinのポール・サイモン・モデルだった。ピックガードの形からオーケストラモデルと呼ばれる、スケールがドレッドノートと同じでボディサイズだけが000のギターかと思っていたが、ポール・サイモン・モデルはスケールも000と同じで短く、ピックガードだけがオーケストラモデル型なのだとMartin社のサイトで知った。

 この二人がステージでドレッドノートではなく、000を使うのは、92年のアンプラグドでクラプトンが39年製の000-42を使ってから一般にブームになったからで、今でも楽器店の店頭を飾るのはDなのだが、私くらいの年輩の人間がもう一度ギターを弾きたいと求めるのは000が多いらしい。私がこの夏の終わりに買ったのも000(トリプルオー)なのだが、20代からD-28を弾き続け、50を越えてみるともうD-28を弾きこなす力がないのだ。サイズが大きくてスケールもわずかだが長いドレッドノートは当然弦の張力が大きく、押さえるのにかなりの力がいる。とくに私はD-28との生活の大半をミディアムゲージという太い弦を張って弾き続けた。ライトゲージという細い弦にしたのはここ1,2年のことだ。それでも1時間も弾いているとハイポジションは押さえられなくなるほど手が痛くなる。

 今私はそれでなくても弾きやすい000にエクストラ・ライトゲージという細い弦を張っている。MartinのMSP4000という弦で、交換した直後の音はシャリシャリして気持ち悪いが、落ち着いてくると細い音しかしないもののそれなりにバランスの取れた音になる。何より、弦の張力が低いので弾きやすい。初心者とか歳とって非力になってきた人にはこのギターと弦の組み合わせはちょうどいい。

 漫画家でポール・サイモンに惚れ込んでいる芝門ふみという女性が「Fmが押さえられないのでギターをやめた」と何かのライナーノートに書いていたが、この人本当にギターを弾こうとしたんだなとわかる。確かにたいていはFmとかB♭の音が出せないでギターをあきらめる人が多い。この関門がギターをずっと続けるかどうかの最初だと私も思う。小学校後半からずっとギターを弾いていた私はこの関門はすぐに越えたが、周囲にこの関門で挫折した連中を何人も見ている。彼女用のギターを買ってやったM乃もその一人だ。調整がしっかりできている、サイズの小さめのギターに、細い弦を張るというのがギターを拾得する第一歩だと今は思っている。

 エレキのクラプトンも、老いたポール・サイモンも年相応のギターを弾くようになったのだと思う。後は耳で聞き、映像があればそれを見て、コピーすることから少しずつマスターしていく。人に習うものじゃなく、自分の弾きたいという気持ちが探求心を生んで技を盗むしかないのだ。それがクラプトンのようなソロのアドリブであっても、ポールのコードワークであっても、じっと見ていると弾けるようになる。それはとっても楽しいことなのだ。

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2006年10月 1日 (日)

新しい兄弟

Martins_1 先月の終わりに山を早く下りて、FERMATAと二人してお茶の水の楽器店に出かけた。お目当てのギターがあったから。結婚前に二人で新婚道具を買いに街に出て、当の新婚道具は買わずに高級な洋服ダンス一つくらいのお金を出してギターを買ってからもう25年以上になる。そのギターは今でも山に行くとすぐにハードケースから出して弾いていた。なのにもう一本欲しくてたまらないギターが出てきてしまった。それは最初のギターと同じ会社の作る小型のギターだった。音量や低音の野太い響きは古いギターに負けるが全体のバランスやきらめくような粒の揃った音は新しいギターの方が勝っている。

00042 こっちは山へ行くたびに後部座席に載せて運んでいく。新しい恋人を見つけて古い女房に目を向けなくなった男のように、山では新しいギターの方ばかりを弾いている。いま、昔を思い出して欲しかった、けれども昔は買えなかったギターを買っていくおやぢたちが増えているという。そういえばお茶の水の楽器店には私の歳前後のおやぢしかいなかった。つま恋のフォークフェスティバルでは団塊の世代が大挙して集まったという。そういう世代が愛してやまなかった音の世界が今私の目の前に広がっている。奏でる音楽の種類はちょっと違うのだが……


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2006年9月15日 (金)

タケミツ・メモリアル

 午後7時に開演したY乃の大学の管弦楽団定期演奏会を聴いてさっき帰宅。会場は東京オペラシティの中にあるコンサートホール、タケミツ・メモリアルだった。席は選んだわけではなく、Y乃が大学から買わされた2席だったが、1階後ろの方、それも2階桟敷が頭の上に被さる端っこっだった。
 前にこのホールで聴いたのは誰の何だったか忘れたのだが、席はもっと良いところだった。まあ、一般人が聴きに来るような演奏会ではないから、内輪中心なのだろうが、それにしてもひどい席だった。

 演奏に関しては、実は演目が好きでないものばかりだったのでどうこういえない。アンコールはワグナーだったから(大嫌い!)、派手で聴き映えはしたけれどあまりうれしくなかった。

 それよりこのホールが消防法に違反しているためにストップがかかった曰く付きの、三角の天井以外天然木づくりであることによる音響の独特さに感動した。好き嫌いの出る音で、今日の演目では管や打楽器が響きすぎ、弦や、ピアノが後ろまでストレートに届いていない感じがした(中央の席だったらちょっと感じが違ったかもしれない)。これまで4カ所で同じ演目で定期演奏会の巡業をしてきた最後の日だったから、他のホールでも聴いてみれば良かったかもしれない。長野県の駒ヶ根で行われた日、私たちはそう遠くない山梨にいたのだから、いこうと思えば行けたのだ。

 こうしてオーケストラを一つの奏者として考えると、ホールは個々の楽器を統合する大きな楽器の一つでもある。そしてタケミツメモリアルはこういう音のするホールなのだ。できてから10年以上経った今、もう木の匂いはしないけれども壁も椅子も床も全て天然木だけでつくられた器の中にいると木の香りがする演奏に聞こえてくる。当然弦楽器にしろ何にしろ木でつくられた楽器は長い時間をかけて鳴らしつづけることによって振動が木に伝わり、枯れていく経過の中で響きを少しずつ変えていき、成熟してくる。私の好きな東京文化会館小ホールのようなコンクリートの固まりのようなホールは大きな変化はないだろうが、こういうホールはきっと変化を続けているはず。それを聞き取るだけの経験を自分がしていないのと耳がないのとで断言できないが、多くのすばらしいコンサートを繰り返しているこのホールはきっと良い方向へ変化し続けているのだろうと思った。

 体に伝わるような低音の響きがこのホールの特徴なのだが、次に聴きに行くときにどういう音を聴かせてくれるのかちょっと楽しみである。

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2006年8月12日 (土)

東京文化会館小ホール

上野にある東京文化会館小ホールは小さな古い音楽ホールだが私の好きなホールの一つ。かつてミッシャ・マイスキーがこのホールでバッハ「無伴奏チェロ組曲」全曲演奏会をした。数年前に「無伴奏チェロ組曲」全曲演奏会をしたのはサントリーホールだった。音響のよい演奏会場がたくさんできて、数えていけばきりがないくらいなのだが、行ったことのある全てのよいホールを思い浮かべた上でなお、私はあの古い649席しかない教会のようなホールが好きなのだ。

ヴァイオリンをしているY乃がまだ小さかったころから、最初のリサイタルはどうしても東京文化会館小ホールをとってやる、と私が話していたのを、彼女は覚えており、そのことを自分の目標のようにもしてきた様子。そのY乃が近く東京文化会館小ホールのステージに立つ。

まだまだ演奏会をするようなレベルではない。このホールが本選に使われる音楽コンクールに応募し、一次、二次と予選を通過したからだ。彼女は去年、別のもう少し格下の音楽コンクールに参加したときから、次はこの音楽コンクールを目指すと言っていた。そうしたらお父さんが好きな東京文化会館小ホールで本選なんだよ、ともう本選に出ることを予定しているような口振りで言った。

第二次は非公開なので(一次はテープ審査)、開催者側が希望者にMDを録音してくれていたのを聴いた。ヴュータンの「ファンタジアとアパッショナータ」。地味な曲だ。それもlargoという地味な楽章を選曲した。難しい選曲だったと思う。よほどの音楽通でもないと聴かない曲で、CDもあまりない。その曲を彼女は彼女なりにものにして聴かせた。他の2次予選参加者の選曲を聞くと(音は聴いていない)みんなそれなりに技巧を要する名曲を選んでいる。たぶん私が一番下手だった、とY乃は言うが、そうだったのかもしれない。コンクール荒らしではないけれど、あちこちの常連がステージ慣れした演奏を繰り広げている様子を思い浮かべ、ひとり緊張して、なかなかチューニングが終わらない彼女のMDでの様子を初々しく聴く。

18日(金)の夕方。仕事が一番忙しいとき。なんとか都合をつけて聴きに行きたいと思っている。あの、乾いた音の響く東京文化会館小ホールへ。

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2006年4月30日 (日)

モーツァルト生誕250年記念公演

Mozart01 モーツァルトの生家(ザルツブルク)

 Y乃がオーケストラピットで演奏する姿を観るためにオペラ『フィガロの結婚』を最上階の席でみる。譜面台だけにスポットが当たっているので当のY乃はよく見えない。当然、遠いから舞台の上のキャストの顔ははっきりしない。ところがこれが功を奏して日本人のフィガロを観ているという印象はかなり少なくて済んだ。イタリア語がうまいかどうか、イタリア語がわからないから聴いていて違和感がまったくなかった。芝居は上手い下手があって、フィガロと伯爵が着ているもの以外で区別が付けにくかいできだったが、全体的に面白かった。

 舞台は東宝の美術が担当しており、単純な家具と、同じ壁の使いまわしだったが、これにも違和感はあまりなかった。いくら二期会会員とかOBが加わり、オケには教授も加わっているとはいえ、大学のやるオペラなんてと馬鹿にして観始めたが、終わってみるとなかなかやるじゃないかという感じだった。

 昨日が初日で、今夜声楽のキャストが変わり、1日を休んで、2、3日と4夜の公演。昨日と2日のAキャストの席は完売しており、Bキャストのほうがまだ残っているとのこと。オーケストラは4日間出ずっぱりだからキツそう。6時から9時半まで(途中25分休憩)の3時間あまり、あの暗いオーケストラピットの中での演奏は寒くて手が痛くなるそうだ。

 今のモーツァルトイヤーは1991年の没後200年のときよりずっと静かで、時代の流れがモーツァルトどころじゃないのかなという感じ。1991年12月5日の夜、ウィーンの聖シュテファン寺院でミサが行われ、単身赴任先のラジオから流れるウィーンフィル(ショルティ指揮)のレクイエムを聴いていた。時代はバブル末期。

 そして今年は盛り上がりに欠ける"A HAPPY BIRTHDAY MOZART"。大学のオーケストラは今年の年末は第九ではなく、MOZART のレクイエムを演奏するらしい。それもまた良い年末の過ごし方になりそうだ。

Mozart02

ザンクト・マルクス墓地

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2006年4月 2日 (日)

二人の指導者

 愛視聴するレーザーディスクに「レナード・バーンスタイン〜最後のメッセージ」というのがある。今やレーザーディスクなんてかつてのレコード同様、廃物になりつつある。何十枚ももっているディスクを観たくともプレーヤーがなくなってきている。今、使っているのは二台目だがこれもそろそろ調子が悪くなっている。今でもLDプレーヤーなんて売っているのかどうか知らない。
 
 というわけでどうしても残しておきたいLDをDVDで買い直している。冒頭にあげたバーンスタインの「最後のメッセージ」もその中の一枚。LDとは収録内容がかなり違うがとにかくバーンスタインのメッセージは伝わる。この「最後のメッセージ」は文字通り、バーンスタインが亡くなる3ヶ月前に札幌で行われたパン・パシフィック・オーケストラという全世界の若者たちの中から選ばれたオーケストラのリハーサルと公演が収録されたもので、バーンスタイン最後の映像である。腹水のたまった、咳込みの激しい、苦しそうなバーンスタインの姿は痛々しいが、同時に若者たちを前に彼の音楽を語る言葉は永遠の響きを持っている。このオケを振ったせいでその後の日本公演のほとんどを弟子たちに振らせ、多くのバーンスタイン・ファンを激怒させた曰く付きの作品だ。冒頭の講演で、私の人生の残りを私はどう使うべきか、ピアニストとしてベートーヴェンのソナタ全集を弾くべきか、作曲家として新しい曲を作るべきか、指揮者として大オーケストラを振るべきか、私はそれらのいずれでもなく、「教育」に最後の日々を費やしたい、と述べている。それは冗談交じりのリハーサルの中に、命がけの言葉として、パフォーマンスとしてあらわれている。輝かしいスーパースターはウィーンフィルでもベルリンフィルでもなく、PMFという素人オーケストラの指揮棒を握って力を出し尽くし、まもなく死んだ。

 同じころ、サイトウキネンオーケストラとして今も名を残している斉藤秀雄の没後30周年記念DVDを買った。斉藤秀雄はチェリストで、桐朋学園の音楽学部を創設した人物だ。彼も死の直前まで桐朋音楽大学オーケストラを指導し続けた。そこから排出された我が国の音楽家は多く、その筆頭はマエストロ小澤だ。残念ながら斉藤の映像はほとんどなく、モノクロームの写真とインタビューに応えている声だけだ。そのどこか大江に似た訥々とした早口は彼の性格を表しており、その指導を受けたすべての弟子たちは怖かったと言っている。英文法学者の息子として生まれた斉藤秀雄は音楽にも理論を持ち込み、体系化しようとした。

 バーンスタインと斉藤秀雄、ふたりに共通するのは音楽に対する情熱。指導にかけた晩年の生き様。しかし片やスーパースター、片やただのチェリストであり、ただの上がり症の指揮者。ふたりの指導法は全く違っているように思える。どちらがよいか、指導を受けた当事者でない私にはいう資格はないが、二つの作品を見て、そして、今のサイトウキネンオーケストラの演奏を聴いて、マエストロ小澤の指揮を聴いて思うのは、それがわずか数週間のことでもバーンスタインの指導を受けたかったということ。様々なスキャンダルを生涯にちりばめたバーンスタインは、しかしミューズの神の血を受け継いでいる。斉藤にはそれは感じない。残念ながらCDで聴く限り小澤にも感じない。私は今日本の音楽家で心が震える演奏をする者を知らない。朝比奈隆が死の直前にN響を振ったベートーヴェンだけが私の心に残っている。

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2006年2月 8日 (水)

Kirakuni

 Crystal Kay という女の子の歌うこのタイトルのシングルCDを発売日の今日買った。私が娘に買ってきて、と頼んだのだ。昨日車の中でFM放送を聴いていて耳にしたのでどういう歌手かも知らない。宇多田ヒカルみたいな歌い方だなとしか感じなかったのだが、歌よりサウンドの響きが良かった。タイトルや歌詞は今のM乃や私に向けて書かれたような感じで良かった。

 こいうのを書いてしまっては著作権に違反しているのかもしれないが、Kirakuniの歌詞(英語)の訳詞を一部分書いておこう。
 
《身を粉にして
 あくせく働くだけの生活
 リカイデキナイ
 それってとてつもないストレス
 お金を儲けても
 楽しむ時間はあるの?
 
 ………

 モノの力で幸せになろうとしてるけど
 全然楽しそうじゃない

 ………

 キラクニ、take it easy 》

 初めて私の母校である大学に行ったM乃は今年最後のチャンスであるこの大学の一般入試(一週間後にある)に向けて Kirakuni にはなれないようだけれど… 

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2006年2月 1日 (水)

楽譜売場を歩く

d-28 病院の帰り道に立ち寄る本屋や文房具店を別にして、今日仕事で職場の外に出て街のちょっと大きな楽器店に寄った。欲しかったベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲のスコアを買うため。買おうと思っていた楽譜はなく、結局アメリカ版の曲集のミニスコアを買った。楽譜というのは実に高いもので、音大に通うY乃は大学でコピーした楽譜を使うこともあるが、とっておきたい楽譜は自分で買っている。こんなに高いのか、と驚きながら、楽譜売場をみて歩いた。今日は1冊しか買わなかったが欲しい楽譜がたくさんあった。

 私は音楽や楽器を専門に習ったこともなく、高校時代まで音楽の成績は良くなかったから、楽譜を見て知らない曲を音として楽しむことはできない。それでも知っている曲は楽譜(交響曲なら総譜)を見て音が浮かんでくる。慣れてくると楽譜を見ながらその曲を全楽章通して聞いた気になれる。それだけは私のこれからの余生の楽しみになると思っている。

 楽譜と一緒に別の階の弦楽器売場でギターの弦を買った。山に置き放しになっているD-28の弦が大して弾かないうちに錆びてきたからだ。私のD-28はロッドアジャスタがつく前のモデルで、1980年代のギター。傷ついたピックガードは反り返り、買って以来ずっと、張り替えている弦はミディアムゲージのためギターにかかる張力は過大だ。最近はあまり弾かなくなったので今日買った弦はライトゲージ。大して太さは変わらないが、6本にもなると張力の違いは大きく、ギターにはよい。それでも音は落ちると思う。今週末、受験の前々日にあたる終末にかけるM乃を山に連れて行ったら、なるべく音を立てないように弦の張り替えをしようと思う。そして、これも音量を小さくしてベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲集をスコアに当たりながら聴こうと思っている。

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2005年10月29日 (土)

Y乃の学園祭

 明日、Y乃の通っている大学の、郊外の方にある音楽ホール(バッハザールと名づけられた素晴らしいホールです)で、学園祭の演奏会があります。去年はオーケストラの一員として、2ndヴァイオリンの後ろの方にいましたが、今回は2ndの首席です。コンサートミストレス(1stヴァイオリンの指揮者の横にいます)にならなかったの?と私が残念そうにいうと、今年のコンミスは上手くない人がやっていて、2ndが大事だから私がなった!と負けず嫌いのY乃は言いました。演目はベートーヴェンの「運命」。この曲は高校生だったときジュニアで何度かやったので、そのときの稚拙さがどこまで成長した音を聴かせてくれるか、大学生(1,2年生)の演奏を楽しみにしています。オーケストラの前に、Y乃が人集めをして組んだ弦楽四重奏も同じホールで行われます。こちらはハイドンの「ひばり」と「五度」。ホールを使って演奏するためには一応教授陣の審査があり、こちらも本人は自信たっぷりなので楽しみにしています。私は交響曲を大勢で演奏するより、弦楽奏のような小さな構成で息を合わせるタイミングが目にも耳にも明らかに感じられる楽曲の方が好きです。独奏できればもっと良いのですが私はY乃にはカルテットが似合う気がしています。

 入学式、去年の学園祭、と出かけていっているが、駅からバッハザールまでずっと上りの厳しい坂です。町の方にある校舎よりも自然に恵まれたきれいな環境で、今年がここに行く最後なのできつい坂を上るのも楽しみにしていこうと思っています。たぶん、紅葉も美しいはずです。
(実はこの演奏会のために今回は山行きを中止しました。その分、大いに楽しませてくれないと、と期待をかけています! Y乃がこのコメントを読むのは明日以降のはずなのでプレッシャをかけはしないと思いますが)

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2005年10月15日 (土)

休養とモーツァルト

 先週山でし始めた頭痛から始まって風邪が本格的になった。頭痛薬の飲みすぎで胃も痛くなった。昨日が一番ひどく仕事場でもずっとぼうっとしていた。今朝もまだ風邪の症状が残っており、体中の節々が痛い。明日日曜日は仕事。一日中寝ていようと思う。
 
 昨日、前に注文していた、古いレコード時代の録音であるパブロ・カザルス(愛称PAU)指揮のモーツァルトの後期交響曲のCDが届いた。夕べは1枚目のハフナーをかけて聴きだしてすぐに寝てしまった。今朝は40番と41番(ジュピター)を聴いている。モーツァルトは後の研究で偽作とわかったものや数十秒だけの草稿まで含め、全曲CDを持っている。ほとんどが好きなのだが、とりわけ室内楽とクラリネット協奏曲とこの40番、41番のシンフォニーはよく聴く。先週山へ持っていこうとジュピターを探したら大したCDを持っていないことに気づいた。仕方なくカラヤンを持っていったが、全然面白くなかった。記憶に残っているのは晩年の朝比奈隆がN響を振ったジュピターが良かった。ワルターはモーツァルト演奏のスタンダードだけれど、なぜか今は聴きたくなかった。そこで入手したくなったのがカザルスのライブだった。

 まったくモーツァルトらしくないモーツァルト、といったら変かもしれない。私たちの耳はモーツァルトはこうあるべきというウィーンの華麗で軽妙な、飛翔する悲しみをたたえた…というスタンダードができあがっていてそう思い込んでいる。カザルスはそういったスタンダードから離れて、カザルス自身を全面に出したカザルスのモーツァルトを演奏する。それはフルトヴェングラーのモーツァルトとも違う。朴訥とした力強い「老人力」の結晶のようだ。ライブ盤からはカザルスのうなり声が聞こえてくる。シューベルトの未完成でも聞かれるあのうなり声だ。オーケストラがよくそれに応えているとはいえないが、カザルスに従おうとがんばっているのがわかる。

 そういえばグレン・グールドのモーツァルト「ピアノ・ソナタ全集」も全くモーツァルトらしくないし、うなり声のような歌う声が入っている。二人の演奏家はそれぞれの信じるモーツァルトを演奏しており、モーツァルトはかくあるべき、というスタンダードから離れられない演奏家とは違う。ただし、布団の中で、熱に浮かされながら聴くには、この軍楽隊の演奏のようなモーツァルトは休養には不向きかもしれない。casals

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2005年10月 1日 (土)

メンコン2005

先日Y乃のメンコンを大学のモーツァルトホールと名づけられた中規模のホールに、仕事中外に出る用事を利用して聴きにいった。一応「グループコンサート」と名づけられているが自分で同学年の伴奏者を探し、指導教授の指定した曲を12分という持ち時間で演奏するという一種の公開試験だった。当然オーケストラを伴奏にソロを弾いたわけではなく、Y乃がこの人、と目をつけたピアノ科の2年生のピアノ伴奏だ。

メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲は誰もが一度は耳にしたことのある曲で、名前を聞いただけで曲が思い浮かばない人でも第1楽章の旋律が流れ出すと、ああこの曲ね、とわかるはず。全曲弾けば30分近くかかるから12分の持ち時間で演奏できるのはその中の一部。Y乃の先生が彼女に指定したのは第2,3楽章だった。実際には1から3楽章まで間を開けずに演奏される曲の後半の2楽章を弾いた。

後半の2,3楽章は1楽章より短いとはいえ、両方足せば1楽章より少し長くなる。緩徐楽章の2楽章はとても美しい曲で、誰もの耳にやきついている第1楽章を聴いたあとに続く哀愁の漂う歌う部分。練習中は早すぎるな、と感じていたが当日はたっぷり歌っていてとても良かった。Y乃独特の癖があちこちに感じられていた練習中と違って、この日の演奏は癖の角が取れて、ヴァイオリンの音色も暖かだった。何枚も持っているCDの中の誰かと似ている、と感じたが誰かはわからない。あまり癖のない、でもちゃんと「表現のできている」演奏だった。少し早く会場についてプログラムの2つ前から聴いた二人の男子学生の演奏が譜面を追うのに汲々としていたつまらない演奏だったから余計そう感じた。

第3楽章は一転して早い楽章。ここで持ち時間の調整をしようと練習中はものすごいスピードで弾いていたので、フィナーレのアレグロを生かすために前のほうはもう少し落として弾いたらどうか、と練習中に声をかけたことがあるがそのときは「そんなことはわかってる!」と険しい声でブツッ!と言い返されただけだった。ところがこの日は私のイメージに沿った演奏で、前から2番目の中央の席で聴いている父親を意識しているなとわかった。残念だったのは伴奏と息が合っていないというか、ピアノの方がY乃のスピードに着いてこれず、途中Y乃いらだつ様子がみていてわかった。そのため一番の聴かせどころのアレグロ・モルト・ヴィヴァーチェが生き生きと躍動感を持てずに終わった。会場にいたロシア人の指導教授は「もっと早く!もっと早く!」と思っていただろう。私もそう思った。ただ、微妙に遅れていく、ミスタッチも多くなる伴奏の音をY乃が瞬間的に待つ、という支離滅裂な後半、Y乃の演奏は第3楽章全体としてはまとまりのないものになってしまった。それでもそう言った要因を差し引けば、さほど大きく崩れることなく無難にまとめた。たぶんこれは親馬鹿で、審査に来ていた教授たちは3楽章がなあ…と表情が一様に暗かったとあとでY乃に聞いた。

5歳のときに小さなヴァイオリンを弾きはじめた彼女が今、状況に合わせて、というアクシデントはあったものの、堂々と最後の弓を使い切るまで弾き終えたとき、心の中で私は「ブラボー!」と言った。成績(というよりはヴァイオリンでは腕前だろう)によっては大学のオケをバックに協奏曲を弾くチャンスがあるらしい。やっぱり協奏曲はオケで弾かなくちゃ、と私は思ったが、同じときY乃も痛いほどそれを感じていたらしい。もうひとつあのホール(でなくてもいいのだが、それなりのホール)で無伴奏のシャコンヌを弾いて欲しい。古いけれど私の好きなホール、上野文化センター小ホールの石の壁の中でY乃のシャコンヌを聴くの夢だ。ありえない「夢」ではない、と思う。

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2005年7月24日 (日)

Y乃の“Spring"

昨日、午後からうちの近くの小さなホールで「エミール」という小さなオーケストラ(編成によっては室内楽団ともいえる)の演奏会があった。当然無料なのだが、無名でお世辞にも上手いとはいえない(はっきり言えば下手な)楽団の演奏会が満席になった。老人が多い。「なんで指揮者は一々引っ込むんだ?」と本人は大きな声のつもりはないのかもしれないが周囲には大きな声で聞こえるつぶやきが聞こえる、そういう程度の聴衆が多い。

今回のプログラムではすべてY乃がコンミス(concert mistress)をつとめた。一番最初のプログラム、ヴィヴァルディの四季の「春」のソロをY乃が弾いた。ミスは少しあったがなかなか落ちついたいいソリストぶりだった。自己流とまではいかないが自分の演奏にしていたし、音もきれいだった。やや音量が小さいのはヴァイオリンのせいだろう。イタリアの古楽器のように乾いた遠くまで音が届く楽器ではなく、柔らかなフランスのヴァイオリンは華はないが美しい音色で小さなホールの中に響いた。

弦楽器、それもヴァイオリンというポピュラーな楽器はソロもできるし、合奏もできるし、室内楽もできる。弾き手にとっては自分にあった方向がいろいろ試せるし、楽しめる楽器だ。そういう楽器を楽しみながら、それを大学で学べるというのは幸せなことだと思う。私は当の演奏聴きながら、これくらい小さなホールでもいいから、いつかバッハの無伴奏を弾くY乃の姿を思い浮かべていた。

演奏会のあと、まだ夕食には時間が早く、でも、ブランチを適当に済ませていただけだったので「大勝軒」へラーメンを食べに行った。ラーメンが届いて食べだした直後16時35分、最高震度5の地震が起きた。大きなどんぶりの中でラーメンが揺れ、こぼれそうなくらい!といったらちょっと大げさか。体がずっと揺れ続け、落ちついて食べていられなかった。帰宅後、家の中を調べると、物を本棚の上まで積み上げていた子ども部屋の中のビデオテープやその他の小物類が床に落ちていた…

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2005年7月10日 (日)

Eight Seasons

 今月末、Y乃が助っ人で参加している素人オーケストラの演奏会がある。今回は演目のうち1曲ヴィヴァルディの『四季』の春の部分のソロをY乃がやる。楽譜どおり弾くことはできているが練習を聴いていて面白くない。そんなおり、いつもデリバリーされてくるSONYのCDクラブで、ギドン・クレーメルの『Eight Seasons』というCDが届いた。ヴィヴァルディの四季の3つの楽章のあとにピアソラの「ブエノスアイレスの春」他、夏、秋、冬が組み込まれた「八季」を録音したもの。クレーメルの演奏は独特なもので、あまりY乃の参考にはならないだろうと思いつつ、聴いてみたくて買ったのだ。

 イ・ムジチなどを聴いてきた耳にはもはやヴィヴァルディとは聞こえない独特さを越えたクレーメルの独創がある。モーツァルト没後200年の年、モーツァルトの5つのヴァイオリンコンチェルト全曲を弾きに来日したクレーメルをサントリーホールと人見講堂とで聴いた。このときに感じた違和感はモーツァルトもこう弾くとかなり趣が違う、という程度だったが、今回のヴィヴァルディはヴィヴァルディをベースにしたクレーメルの曲という感じだった。でもとっても楽しい演奏で、ピアソラの四季とマッチしているかどうかは何ともいえないがときどき聴きたくなる一枚だった。こういう音楽のあり方もありかなと感じさせる正統性はちゃんと維持されている。Plays Vivaldi といったジャズヴァージョンのような、ポップスのような軽薄さとも違う、うまくいえないけれどジャンルを逸脱する寸前のおもしろさを感じた。Y乃じゃああは弾けないだろうし、今はああ弾くべきではないのは当然だ。

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2005年7月 3日 (日)

マタイ受難曲

カール・リヒターのマタイを聴く。通しで聴けばそれなりに感動するのだが、私はどうしても1枚目の終わりの方、23番のコラールのところで別のCDを聴きたくなる。前にどこかで書いたと思うが、その聴きたくなるCDというのはサイモン&ガーファンクルの‘American Tune’(「アメリカの歌」)だ。

これほど明解に同じメロディを使っているのだから、誰かこの一致に触れているはずだ(ただし私はまだそういう解説を読んだことがない)。バッハのマタイ受難曲23番のコラールは直前の22番のレチタティーボで、イエスがペテロに向かって「暁を告げる鶏の鳴く前に汝は三たび我を否まん」というあの有名な一節が出てくる。ペテロは当然のように、「よしわれ汝とともに死ぬべきことありとも、汝を否まじ」と答える。そのやりとりの直後、このコラールは始まる。

 われはここなる汝のもとに留まらん
 われを退けたもうなかれ!
 みとよりわれは去らじ
 汝の心傷つき破るるとき
 汝の胸とどめの一突きに
 青ざめ果てなば
 我はこの腕をば広げて み体を
 わがふところに抱きまつらん

(この一節は同じポール・サイモンの「明日に架ける橋」で歌われる詩と同じだ。)
このコラールのメロディのほとんどを使ってポール・サイモンは‘American Tune’を書いた。

 なんどもなんども思い誤り
 なんどもなんども困惑し
 再三再四もうやるまるまいと思うのだが
 確実にへまをやらかすのだ
 だがいいのさ いいんだよ
 ぼくは骨の髄までへたっているんだ
 (略)

ペテロはイエスの予言どおり暁の鶏が鳴くまでに三度イエスを裏切った。イエスはどうだか私は知らないがペテロは過ちを冒す人間なのだ。

バッハ『マタイ受難曲』のこのコラールとS&Gの『アメリカの歌』を交互に聴きながら、さらにポールがこう続けるのに目がいく。

 打ちのめされない人間がいるのかどうか知らない
 ぼくには打ち解けた友だちはいない
 しめだされず跪かされない夢があるとはしらない
 (略)
 ぼくらのこれから先の旅を考えると
 うまくことは運ばないだろうと思う
 どうにもならないね、めちゃくちゃになるだろう

     (三橋一夫訳)

聖書もポールも人間の弱さを知っていた。そしてポールは1973年に今の世界を予言していた。
ポールと私が違うのは信仰の有無でポールが死後自分の魂が立ちあがり「自由の女神」を眼下に見ながら自由に羽ばたくのに対し、私は魂を信じていないことだ。しかし、そんなポールも死後の世界を夢みるだけで現実をどうしようもないことはわかっている。人間がメイフラワーという名の船で月を旅する時代に生きていても、自分たち庶民の明日は無味乾燥な一日(anohter working day)の繰り返しなのだと看破している。そんな自分が欲するのは

 I'm trying to get some rest.
 That's all I'm trying to get some rest.
 
安らぎだけなのだ。

万能と思われた科学に亀裂が入り、我々の住むこの地球にも文字通りの「亀裂」が入り始めている。もう勝ち組も負け組もない。《 Game Over!》の表示が点滅する日もそう遠いことではない。「本当のこと」を思考しない私たちの明日はない。
 

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2005年5月22日 (日)

ヴァイオリンの音色

violin最近は帰宅が遅いためY乃のヴァイオリンを聴く機会が少なくなった。新しい先生とのレッスンではスケールの練習に加えて、メンデルスゾーンのコンチェルト第3楽章を始めたらしい。

Y乃はあまり好きではないというが私はナージャのメンコン(Y乃たちは略してそう呼ぶ。チャイコンまではいいが、ベートーヴェンのコンチェルトはベーコンというのだろうか? モーツァルトのコンチェルトはモーコン1番とかいうのだろうか? わけわかんない!と娘ら風に言いたくなる)が好きだ。

車の中では最近はミルシテインのチャイコンか、デュメイ&ピリスのモーツァルトのソナタか、ハイフェッツの無伴奏を聴いている。どれもあまりY乃好みではない演奏だ。チャイコンは中国映画『北京ヴァイオリン』のラストシーンで感動的に使われていて、聴いているとY乃に早く弾いて欲しいと思ってしまうがまだなかなかああまでは弾けない。諏訪内晶子が高校生のときにチャイコフスキーコンクールで弾いたチャイコンはオケ(これもY乃たちの略語でオーケストラのこと)が、というかコーガンの指揮がよくないのが諏訪内に気の毒だが、初々しくて好きな演奏だ。

コーガンといえば、ヴァイオリニストだった父親のほうのコーガンとオイストラフを模範にするようY乃の指導教授である例のロシア人の先生は言っているとのこと。オイストラフは聴いているがコーガンはまだ聴いたことがない。でもそういう話を聞いただけでその先生の音楽的な方向性がかいま見える。いろいろな先生に師事してY乃はY乃流を身につけていけばいいと思っている。

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