日記・コラム・つぶやき

2009年9月10日 (木)

スティーヴ・ジョブズのベルト

‘09年9月9日、スティーヴ・ジョブズが帰ってきた。iTunes9とiPod Touch、iPod nanoの発表のためにだ。久しぶりに見たジョブズはさらに痩せ、リーバイスにベルトを通して履いていた。最初に今彼の腹の中にある肝臓が交通事故で亡くなった青年のものであることを語った。

 Snow Leopardの導入のタイミングをはかっている最中、日本ではiPodの売り上げがSonyのWalkmanに抜かれた。iPodはもう飽和状態だし、iPodを買うかどうか迷う人々はiPhone3GSに流れたからだと思う。当然根っからのアップル嫌いもいるだろうから、完全制覇出来るはずもなく、どんなにVistaがダメなOSでもWindowsを買う人がちゃんといるのだから、みんなが持っているiPodではなく、Walkmanを買うという人が相対的に増えることはうなずける。

 でも、私はマーケティングのことなんかどうでもいいのだ。850MBもある999のジョブズのKeynoteのポッドキャストをダウンロードして、iPhoneに入れた。iTunes9もインストールした。ジョブズの黒革のベルトは余っている部分が長く腰に巻き付いていた。時の流れを、同い年のジョブズの姿に見ていた。

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2009年7月 3日 (金)

77777

表のページ、あとちょっとで7が5つ並びます。これまでキリ番のほとんどを自分で取ってしまっているので、当分行かないことにします。でも9が並ぶときは私が取ります。7はどうでもいいや。

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2009年6月17日 (水)

博多のひとへ

 FERMATA写真館を始めてからアクセス数が急増した。面白くない集計方法だが、見に行ったページの枚数でカウントするから、写真館(1)を見れば20増える。そんなわけで、一挙に表のHPの閲覧数を超えてしまったブログだが、今日、最近癖になったアクセス解析で生ログを調べると、博多のひと(博多の女、と綴ることができないのが残念? だって博多で知り合いの女性は素人もお商売の人もいないから)が写真館やいくつかのページを見てくれている。

 大体想像がつくのだが、もし私の想像が間違っていなければ… 「お元気ですか〜?」

 大体、万年筆系、カメラバッグをはじめとしたバッグ系、ペンケース系、iPhone系、最近はぐっと減ったけれどMacBook Air系の人は検索で来てくださった方。でもFERMATAとかEUGENEとかでひっかかって来てくれている人は元パソコン通信系のお知り合い。一方的にこっちが発信し、相手も思い出したようにご覧になってくれて帰って行かれる。たぶん、もうそれでいいんだと思う。かつてのように、忘年会だ、新年会だ、どこどこレースだと言って出かけていくだけの時間も体力もない。それよりも、もう私は1mmたりとも走っていない。

 こうやって自分の今をさらけ出している以上、かつてのぞいたことのあるURlを叩いてみたらまだ行けちゃったという形でもこうして見に来てくださるお気持ちに感謝したい。ありがとう。私が博多に行く機会があって、もし電話をすることが許されるのなら電話したい人が2人いる。たぶん、今日の昼間フェルマータさんの写真を見てくれた方はそのうちのお一人だと思う。違っていても、この匿名の空間の中だからどうだっていい、というか仕方ないことだけれど。

 でも、いつかまた、昔みたいに東京博多間夜行バス0泊2日で遊びたいです。

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2009年5月 5日 (火)

東京での2日間

 私がいるとFERMATAは元気。そう見せようと無理して頑張っているとも思えないから、私は医者が投与する薬よりも効力があるということだ。人間てそういうものだ、と思う。薬で治せないものを夫や家族の力をかりて自分で治すということがあるのだ。…と思いたい。

 全然なかった食欲も、一緒に入った病院内の食堂で私が頼んだカツ丼を一口食べることができる。病院で毎日出る食事をほとんど拒否する「力」はあっても、私の食べかけの「カツ丼」は拒否できず、おいしい〜と言って食べる。どこかで私に気を使いつつ、でも本当に美味しいと思える力を自分の中から引き出している。高度な治療を施していただいているお医者さんよりも私のほうが、FERMATAに関しては名医なのかもしれない。

 3日は仕事明けで4時間かけて帰宅して、そのまま病院へ行ったからきつかった。狭い病床の上で小一時間寝てしまった。4日は、昔からの病気(ストレス性物欲昂進症)が再発して、また、ギターが欲しくなり、FERMATAに言うと、「買えば…」と、この40年近く繰り返してきてくれた治療を施してくれた。
 4日夜、M乃が水戸から帰宅。家でただ一人、ギターを弾く(ことがようやくできる、というべき)M乃がオークションへの入札を一番喜んでいる。ギター系で私が遺すものはすべて自分がもらう気でいるから。その夜、政府の国民懐柔政策であることは明らかなお金だが、自分で払った税金が戻ってくるのだから拒否する理由もないのでもらった定額給付金のうち、M乃の取り分をあげて、そのままぐったりして寝てしまった。

 今朝方4時半に家を出発すると言っておいたらY乃に起こされた。でも、体がいうことを聞かず、結局6時半近くに家を出て安曇野に向かった。仕事に出るつもりが、ついてからまた寝てしまい、午後になって職場へ行った。大した仕事は出来ずに帰宅。初めてネットオークションで買ったギターの支払いをオンラインで済ませ、ビールを飲み、「北安大国」という大町の酒を飲んだ。冷やで飲むより信州の酒はぬるい方がいいと初めて感じた。

 さて明日は本気で一日仕事をしないと、と思う。だから今夜は土日あたりに届くはずのギターの夢でも見ながら寝ようと思う。

 きっと明日このブログを娘の携帯で読むFERMATAへ。「いつもそばにいると思って、好き嫌い言わずちょっとでも食事に箸をつけなさい!」

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2009年4月20日 (月)

誕生日おめでとう!

 次女のY乃が○○歳の誕生日を迎えた。FERMATAが「おめでとうメール」をしようとしていたところに、Y乃本人から「産んでくれてありがとう!」メールが飛び込んできた。娘らも全員二十歳をこえ、子どものころみたいにこっちで勝手に決めてプレゼントを渡しても喜ばない(とこちらで一方的に判断して)のと、何だか慌ただしい気持ちでいることが多くて、プレゼントはあげないで済ます数年が過ぎた気がする。もしかしたらあげたりあげなかったりしてたかもしれないとそのあたりさえ記憶が定かでなくなってきている。ま、過ぎてしまったことは仕方ない。ご本人たちはそのあたりシビアに覚えているのだろうが… 
 今年は、できるかぎりのことはしてやろうと決めて、まず第一弾のY乃の誕生日にMac Bookを送る手配をした。誕生日には間に合わないみたいだが明日か明後日には届くだろう。3人娘の中で一人だけ自分のパソコンを持っていなかったから、これで全員コンピュータを所有することになった。うちでは一番早いMacがやってくる。娘のMacなのになぜか私が嬉しい。

 一方、一人だけWindowsのM乃はちょっとぶんむくれているに違いない。そのうち、君にも… ね。

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2009年2月12日 (木)

デジタルテレビ放送の長短

 しばらくテレビを見ていなかったせいもあるが、今、NHK「クローズアップ現代」を見ていて、国谷裕子キャスターの顔に深く刻まれたシワと、解説の東大院教授の山内昌之の顔のシミと薄くなった前髪の本数に驚いた。夕べもサッカーの日本対オーストラリア戦を見ていて、ジョン・カビラの弟の顔のシワや、中沢や中村の目の窪みに驚いた。このように、たぶん身近にいて、肉眼で見ているよりもはるかに露骨に強調された人の顔を見てしまう。

 こういうのを見るとアナログでぼんやり見ていることの幸せということもあったのだなと思う。

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2009年2月 3日 (火)

「亀の翁」が当たる?

 先月の17日、FERMATAの病院に行った帰り道、デパートの書籍売り場で本を見ていると、一緒に行ったA乃がチラシを持ってきて、「亀の翁が当たる抽選をしているよ」と言った。よく見ると、買う権利が当たる抽選券だった。とりあえず定価で「亀の翁」が買えるのだから、ダメもとで申し込んできてもらった。今日、A乃のところに、当たったという電話があったらしい。どうするの?と聞いてきた。「買うに決まってるじゃない!」

 ところがFERMATAは今、それどころじゃないし、私も明後日胃カメラを飲む身なので、当分冷蔵庫で保存することになる。他に、転勤の御餞別でもらった「千代の園Excel」が冷蔵庫で眠っている。早く、これらのお酒を二人で美味しく飲みたい、と思っている(写真は、「からすみ亭」で、紹介したときのものの再掲)。

Kamenoo


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2009年1月26日 (月)

Capty TV Hi-VisionとTOSHIBA DUA-300についての覚書

 コメント欄には書いておいたのだが、私の最初のレヴューを読んで飛びついてしまう人がいると困るので、重複する部分があるけれど、もう少し詳しく書いておこう。

 ピクセラのキャプチャの方は、おそらく、MacBook Airの実力のせいであると思うが、フルサイズで見ようと思うと駒落ちする。バンドルソフトのStationTV LEの「環境設定」で「ダウンスケールを可とする」にチェックを入れておくと駒落ちもなくなるし、他のアプリを動かしても普通に映る。ダウンスケールしても、表示をフルサイズにすればちゃんと全画面で見ることができる。画面の質は若干落ちているのだろうが私にはあまり感じない。もともとキリキリとしたコントラストの強い画面だと目が疲れてしまいそうなので、このくらいの方がずっといいと思うが個人差があるだろう。

 TOSHIBAの室内アンテナは、場所によってよく見えるという地域とそうでない地域があって、見えない土地では全然ダメらしい。だから、これは買わない方が無難だろう。データをとったわけではないので何とも言えないというのが本当のところで、お試しで使うにはちょっと馬鹿馬鹿しい気がするからだ。

 というわけで、いずれの機械も完璧ではないということを明記しておきたい。

※1/31追記…夕べ東京に帰宅して、DUAー300の実物を見た。もっと小さいものを想像していたが、横の長さは普通の封筒くらいで、幅を1/3くらい折ったくらいの高さ。安曇野から持ってきたCapty TVを2階の自室でつないでチャンネルスキャンしてみた。NHK第一とあともう1局くらいしか捉えられない。窓際の高いところにアンテナをおいて試してみると全局入り、普通に視聴できた。試しに、階下のAQUOSに設置して、設置場所を動かしたり、ここは埼玉に近いので埼玉でスキャンしたりしたら、多少見える局が増えたが、やっぱり安定しない。すくなくとも、これまでテレビが一度も入ったことのない私の部屋でテレビは見えることになった。東京ではいらないというので、持って帰り、モバイルアンテナとして持ち歩くことにする。とりあえずは無駄にはならないことが判明した。 

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NHK受信料

 NHKの受信料支払いの手続を終えてから気が付いたのだが、単身赴任や学生で下宿している場合は、2月から半額になるのだという。フリーダイヤルは10時まで受け付けており、携帯電話からもできるので、さっそく電話をしてみると、手続の用紙を送ってくれるという。確かに、別世帯とはいえ同一生計でやっているのだから、それぞれから受信料を満額取るというのはいかがなものか、と契約前に思ったのだが、ちゃんとやってくれていたのだ。残念なのは、これまでも33%引き(2月1日から50%引き)だったのに、M乃はまともに1件分払ってきており、それは遡れないという。それも確かに仕方なかろう。でも、これからでも遅くないので割引を利用してくださいと、オペレーターの女性が言うのでM乃に知らせてやることにした。

 これからは別荘のようなところでも半額になるそうで、とりあえず、山で常時テレビを見る暮らしは考えていないが、これも一つ覚えておこう。

 まあ、NHK受信料なんて払ったことがない、と豪語する人には全く関係のない話だし、受信料払ったほうがいいよ、とも言う気がないので、もし、2世帯以上の家族で、別々に払っている人がいたら、早く手続をしよう。

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2009年1月21日 (水)

ほんの探求心からであって…

 Amazonを散歩していたら、偶然、いやホントに偶然、MacBookで地上波デジタル放送を見ることができるというUSB接続のハイビジョン対応キャプチャを見つけた。これが、それだ。

 私は何度も書いているように、テレビは基本的に見ない人間である。VIDEOは見るがテレビ放送は見ない。東京にいたときは家に帰るとNHKのニュースは見たが、終わると子どもらが何と言おうと消すか、自分が自室に閉じこもるかしてテレビから逃げていた。ところが、このHi-Vision TV Captureというのを偶然に見つけてしまうと、急に試してみたくなった。で、いろいろなところのレヴューを読んだ。発売後、しばらくの間は録画が出来なかったり、いろいろと不具合があったようだが、ソフト面でのヴァージョンアップがされて、かなりちゃんとしたものになったという話だった。アップルストアでも売っているくらいである。

 次に気になりだしたのはアンテナのことである。東京の実家では、去年の9月に光フレッツにするまで、地デジ対応の馬鹿でかい液晶テレビなのだが、アナログの粗の目立つ画面で見ていた。東京の我が家も私が単身赴任してすぐに実家に負けじとばかりにどでかい液晶テレビを買ったが、今でもアナログのままである。ところが、M乃が2年前に下宿したときに買ってやったTVCapture内蔵のWindowsPC(本当はM乃もMacが好きなのだがMacはTVを見ることができないので仕方なくWindowsPCにしたのだった)にアパートのアンテナケーブルを差す口とPCをケーブルでつなぐとすぐさま地デジが見れた。ここ安曇野の人たちに聞くと、「地デジ対応アンテナなんて付けなくても地デジ対応のTVを買えば見れるよ」とみんな言う。私が今住んでいる集合住宅の他の住人の人に聞いても同じ答えだった。東京で見ることができないのに、水戸と安曇野では見ることができるというのはなぜなのか。気になって仕方なかった。東京で実家やうちが使っていたアンテナと水戸や安曇野近辺で使っているアンテナが違うという以外に理由はない。

 …ちょっと考えた。なあんだ、という感じの結論。地方の小都市へ出張などで行って、ホテルのTVを見ていると実にチャンネルが多い。1,3、4、6、8、10、12がTVのチャンネルだと思い込んでいるのは東京近辺の人間だけなのだ。地方では東京で見ているチャンネル数ほどチャンネルがない。それを補うためにローカル放送を受信できるUHFにしている。東京でもUHFにしている人はいると思うがほとんどはVHFで十分でUHFにはしていない。そういえば何十年か前にUHF放送が始まったと聞いたことがあるが全然興味なかった。ところが、地方では少しでも多くのチャンネルを見ようと、UHFが標準になっていったのだった。そのUHFが多くの場合、地上波デジタル対応アンテナとかわらないバンドなのだった。こんなことはTV好きの人ならみんな知っていることかもしれないのだが、TV嫌いの私はさっきまで知らなかった。ということでMacで今住んでいるこの部屋の隅にあるアンテナケーブルの口を使って地上波デジタルテレビは見ることができるとわかった。まだ、物は届いていないので実験の結果は出ていない。

 さて、この地デジTVキャプチャを注文してから、ずっと心配で地デジ対応アンテナを買わないとだめじゃないかと思い込んでいる間に、見つけたちっちゃな地上波デジタル対応室内アンテナ。この安曇野ではいらないことがわかったが、東京のぼんやりアナログテレビを見ている娘らに買ってやろうかとおもっているのがこれである。

 これについてもレヴューを見たりしてかなりいけそうという感触を得ている。東京の家だけでなく、八ヶ岳に置いておけば、MacBook Airと上のキャプチャと両方持っていけばそこでも地デジ対応ハイビジョンが見れるはずだ。これは安いから、実験の価値がある。

 私は本当にTVが嫌いなのである。なのに、今こんなにTVのことで頭がいっぱいなのである。とりあえず、興味をひかれてしまったら、必要か必要ないかとは無関係に走り出してしまう。まあ、そういうところが今の私の中身そのものなんだけれど。

※ちなみに上のキャプチャはAmazonでは買っていない。買ったのは内緒。まだあるかどうかわからないけれど9800円でお正月特別価格で売られている。少なくとも夕べあって、今日発送したというメールが届いているのでまだあるかもしれない。室内アンテナのほうはAmazonだと送料がかからないことを考えると売価がもう少し安い店よりも安く、今日現在一番安いと思う。といっても単価が安いから、キャプチャほどお買い得感はないが。

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2009年1月18日 (日)

Multi8再び

 退職直前になって、仕事を休まざるをえなくなったFERMATAが毎日退屈しないように、リハビリもかねて絵でも描けるようにと、私もA乃も愛用しているぺんてるのMulti8を買って持っていってやる。ヌメ革のほぼ日手帳は3色ボールペンで書いてるみたいだが、ちらっと覗くと全然楽しい手帳になっていない。手帳なんて実用品だから、という人はほぼ日手帳はいらないだろう。何かmotivationがあって使い出すか、あるいはとりあえず買って使い出したら楽しくていろいろ工夫し出したり、というための手帳がほぼ日手帳だから、Multi8の8色色鉛筆を駆使して楽しい手帳にするようにという期待を込めてのプレゼントだ。さて、本人がどこまで使い込めるか、楽しみだ。

 別にほぼ日手帳用というわけではない。色彩に乏しい病室の片隅で時間つぶしをしている間に、Multi8的生活のきっかけを作って欲しいという希望もある。ただし、こういうグッズに対しての思い入れが最もないタイプの女性だから、どこまで使えるかはわからない。motivationを高めるために、モールスキンのスケッチブックを今日は買っていってやろうかな。それにしてもモールスキンを買うならAmazonが一番安い。モレスキンなんて呼んでいる日本の代理店を通して買う必要なんか絶対にない。

※ちなみにmulti8で描いた絵を再掲する。今改めて見るとよく描けてるとわれながら思う。

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2008年12月24日 (水)

クリスマス・イヴ〜しあわせのランプ

 家族が仕事以外で揃わなかった初めてのクリスマス・イヴを迎えている。

 ひとりで、さっきAmazonから届いたばかりの「しあわせのランプ」を聴いている。のののたちは、久しぶりに3人揃って下の部屋でおしゃべりしている。こういうとき、固まってしまって身動きがとれなくなって、自分の中に閉じこもってしまうのがだらしないオヤヂだ。

 
 

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2008年11月20日 (木)

河口湖マラソン

 11月最後の日曜日は河口湖マラソン。1993年11月28日に初フルマラソンを走った記念すべき大会だ。ランニングを始めたのは同じ年の10月1日。ランナーズという雑誌が主宰する走り込み大会(目標走行距離を決めて、毎日走ってDIARYをつけていき、10日ごとに結果を送る、というだけのもの)に、走りたくないという私を毎年説得し続けたお師匠さんのおかげで、その日からランニング漬けになった。とはいえ、2か月弱でフルマラソンに参加するのは無謀だとも言われた。そのとおり、30Kを過ぎたあたりから膝が動かなくなり、歩くのもやっとという状態で何とか完走して、完走者だけがもらえるTシャツをもらった。言いたくはないけれどゴールでは涙が出た。

 その河口湖マラソンを見るために今年は行く。話はとっても長くなりそうなのでかなりはしょるが、長女が結婚をしようと思い詰めている相手がこのマラソンを走るからだ。私はまだ会ったことはない。実はその人も初マラソン。というよりも、お前と結婚したいのなら河口湖を走ってTシャツをとってくるくらいの根性を見せろとA乃に言ったのがきっかけである。なんとその人は私が酒の勢いでそうA乃に話した翌日に河口湖を申し込んだというのだ。私のときは5時間の制限があったので走れまいと思っていたら今は6時間になったという。でも私は5時間で走って帰ってきたら折れる気でいる。どっちにしてもそう容易には走れまいとも思う。

 ぐるになっているわけではないのだろうが、その後何度か河口湖を完走しているFERMATAもその困難さはわかっており、「私が伴走して完走させてやろうか」などと言っている。相手の人も相当本気で取り組んでいるらしく、そんな彼に私は自分が最初にお師匠さんに借りて読んだ本などをくれて、陰で応援したりなどしているから情けない。きっぱり書いておくが、私はいくら酒の勢いとはいえA乃にそういってしまったからには完走したら目をつぶる。しかし完走できなければ来年の大会までお預けになると思っておいてもらいたい。だんだん、走る本人に向かっての書きぶりになってきたからやめよう。ランニングを本気でしている人には、こういう賭け事みたいな真似を神聖なレースを利用して行うのはずいぶん失礼な話だと自分では思っている。逆に向こうの親御さんは結婚という神聖な出来事にマラソン完走などという条件をつける親を失礼だと思っているかもしれない。

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2008年11月 3日 (月)

ガソリンの値下がり

 一時、ハイオクが200円を超えるのではないかと思われた時期もあったが、今日1か月ぶりにボルボを満タンにした。なんと140円(プリペイド会員だから、136円で入れている)、8月終わりに185円、9月終わりが178円だった。ちなみにこの東京の価格は、安曇野の価格より10円安い。その安曇野も他の地域よりかなり安いらしい。
 安くなってガソリン代の負担が減りだしたのと期を合わせて、車に乗らない生活になった。安曇野では近くのコンビニまで6K近くあるので、結構走っている気もするが、それまでが、毎週末八ヶ岳往復し、通勤で往復20K以上乗っていたから、毎週給油していたのが異常だったのかもしれない。

 今回はテーブルとか座布団とか持っていくのでジムニーを置いてボルボで行く。久しぶりに乗ったボルボはやっぱりジムニーより気持ちよく走る。その分燃費は落ちるが、安全で気持ちよく走れることは確か。ただし、雪の季節になったらジムニーには負けるはず。次に東京に戻ってくるのはいつになるだろう。庭の夏みかんが色づきだしたが、もっとオレンジ色が濃くなったころになるだろうか。そうだ、八ヶ岳にも行かないと… あちこちに生活の本拠を持っているというのはそれなりに変化があって楽しいが逆に大変な面も多い。

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2008年10月25日 (土)

シラスです!!

シラスです!!
ポンズ姉さんの妹です。名前は遠くの町にいるお父さまがつけてくれました。

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新しい家族になるかな?

新しい家族になるかな?

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2008年10月20日 (月)

iPhone CM

 白戸家のお父さんがiPhoneをこっそり買ってきた。このCMには2ヴァージョンあるが、東京の家からの情報では、最近はゲーム編と呼ばれる方しか流れていない様子。私はその前に流れていた通称漫画編と呼ばれるヴァージョンの方が好きだ。でも、これじゃiPhoneは売れないなと最初に見たときに思った。上の動画を見るとわかるように、彩がiPhoneを触るとお父さんが「指紋をつけるな!」と言うのだ。

 私がiPhoneの一番の欠点だと言い続けてきた指紋で汚くなるという点を見事に突いたCMである。このCMを書いたコピーライターの感じていることはやっぱり指紋が一番なのだろう。Appleの製品の欠点をソフトバンクが腐してどうするんだ、と見たときに思ったが、案の定、すぐさまゲーム編ができて、そっちがメインになった。お父さんの台詞も「へたっぴぃーだなあ」と間が抜けている。やっぱり、指紋を鋭く突いた方がiPhoneを正しく表す正しいCMのあり方である。クライアントのソフトバンクもその親方のAppleも黙っちゃいられないだろうが。というわけで、指紋ヴァージョンをしっかり味わったうえで欲しくなる人は買うといい。私はもう慣れっこになってしまったけれど(といいながら年中拭いているが)。

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2008年10月13日 (月)

ジョブズなりきりグッズ

Stevejobs_macworld2005_4 我ながら馬鹿馬鹿しいことしてるな、と思いつつ、スティーブ・ジョブズ定番の格好を真似しようとしている。ジーンズとスニーカーは同じものを簡単に入手。丸眼鏡はツーポイントのシルバーなのだが、これはジョンレノンのブランドでゴールドは見つけたのだがシルバーはまだ見つけていない。でもこれなら市川のユニオン眼鏡の長島さんに頼めば作ってくれそう。

 ところが、ありそうでないのが黒のハイネック。イッセイミヤケは入手できないので似たようなものを探すことになるがこれがなかなか見つからない。私と同じようなことを考える人は世の中にいるようで、ミズノのスポーツシャツで済ませたようだが、これは肌にぴったりくるシャツでジョブズのハイネックとは似ても似つかない。あちこちネットショップを当たってみるが、よしと思えるものが見つからないできた。スポーツ用品か、鳶職のシャツか、そういうのを手当たり次第見て回るが、ポケットがついていたり、ネックが高すぎたり、袖口がしぼってなかったり、ブランド名が刺繍されていたりで、半ば諦めかけていた。ジョブズの着ているハイネックは、彼が痩せてしまったせいもあるが、だぶっとしており、照りがある。ネックも低めのハイネックである。どうしてもこのあたりが共通していないと同じように見えない。

 そんなある日、ニッセンの子ども用ハイネック長袖アンダーシャツという野球用のシャツを見つけた。私は体が小さいので170cm用のものでちょうどよさそう。値段は嘘みたいな2枚組で1990円。まあ、ダメ元で注文してみるとこれがまずまずイメージどおりなのだ。鹿の子地である点、肩の付き方がジョブズのは低いのだか、これは普通の高さである点、そしてイッセイミヤケとは格が違う安物である点を除くと、照りといい、だぶっとした感じといい、そっくりなのである。私としてはかなり気に入っているのだが、家族からはバカにされている。それでも、iPhoneを隠れて買った白戸家のお父さんのように「いいじゃないか、欲しかったんだから!」と言って着ているが、たぶん私がジョブズを気取っているとは誰も気づかない。

というわけで以下ジョブズグッズ3点。

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2008年9月 7日 (日)

18ヶ月分のスケジュールノート

08_9moleskine 3年前に仕事内容が変わったときに買ったファイロファクスのA5のシステム手帳はやっぱりデスクに置いておいてもでかすぎて結局スケジュラーとしては使い切れなかった。で、再びミニサイズ6穴に戻ったのだが、研修に行っている間、書くゆとりがなかったので、空白のまま、Vuittonのagendaは6月末から書き込まれなくなった。

 でも今度は、転勤先でどうしてもスケジュラーは必須で、かつミニサイズのシステム手帳では用が足りそうにない。かといって今さらバイブルサイズを買うという気もしなかったので、出て間もないMOLESKINE WEEKLY NOTEBOOK 2008ー2009を買った。サイズはMOLESKINEのレギュラーサイズ。今年の7月から来年いっぱい18ヶ月分のスケジュールノートである。今回から加わった(のだと思うが)ソフトカバーにする。表紙が固いか柔らかいかだけの違いで、表皮の質感もゴムバンドもしおりも裏表紙につくポケットも変わらない。MOLESKINEはユニバーサル仕様だから祝日などが書かれておらず、国産の能率手帳のようなものの方が使いいいはずなのだが、手にとって触っていると使い勝手より、MOLESKINEであることにこだわってしまう。まあスケジュラー1冊で悩んでいる場合でもないので、すぐにMOLESKINEにする。

 ハードカバーもいいけれどソフトカバーもなかなかいい。ビニール製の表紙のついた能率手帳なら、きれいな状態で1年使えそうだが、これははすぐにもボロボロになって味が出てきそうで、そういうところがまたいい。結局、電化製品とか家具とか単身赴任に一番必要な家財系はなんも手つかずのまま。ま、そんなもの現地調達するしかないのだから、仕方ないのだが。あと1週間、秒読みに入った感じだ。

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2008年9月 2日 (火)

Common Bug

 先日iPhone 3Gを発表したWWDCのビデオを見て思うのは、多くのサイトで指摘されているようにスティーヴ・ジョブズが痩せたことだ。正月にMacBook Airを発表したときのMacWorldのジョブズと比べてもガクンと痩せている。去年のMacWorldのときと比べて、今年のMacWorldではおなかがへっこんで顔が細くなったと思ったが、それから半年でまた痩せてしまった。本人は、WWDCの直前にCommon Bug(一般的なウィルス)にやられて抗生物質を飲んでよくなっていると言っているそうだが、膵臓ガンが奇跡的に治癒したというスタンフォード大学の卒業式での講演を知っている者にとっては、ちょっと心配な痩せ方だ。服装はいつもの黒のハイネックにリーバイスのデニム、ニューバランスのスニーカーと全く同じなのだが、イッセイミヤケ製だというハイネックがぶかぶかになっており、ジーンズも心なしか緩そうだ。

 実はハイネックは同じものが見つからないために手に入れていないが、リーバイス505とニューバランス992(ジョブズの履いているのはその前の991かもしれないが廃盤になっている)は持っている。一応髪型もジョブズと同じ坊主だし、ジョブズにはまっているようだが、ハイネックはともかくもジーンズもスニーカーも非常にはきやすいものであることは確かである。単なる真似から入っていいものはいいと感じている。丸眼鏡も同じだが彼のは縁なしのシルバー。これも欲しいのだがホントに気に入ったモノがない。

 スタイルはともかくも同い年のジョブズが病に冒されているというのは他人事じゃない気がする。本当にCommon Bugが原因で快方に向かっているのならよいのだが。来年のMacWorldは新しい製品よりも彼の変化が気になる。

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2008年8月 6日 (水)

iPhone 使用料値下げの真意

 月額7280円だったiPhoneの月額使用料が2990円に値下げ!

 というとこれはすごいビッグニュースのようだが、実はこれには裏がある。値下げというよりも、パケット料金を定額5985円から1695円〜5985円までの変動制に変えるということなのだ。ちなみに、定額制の最低パケットは71250パケットで、普通に3Gを使っていると簡単に越えてしまう。ちなみに1695円で抑えるようにパケットをケチると20175パケットでお終い。つまり、iPhoneをインターネット端末として使おうと思うと、普通は定額5985円分を大幅に越えるパケット通信をすることになり、1695円で収めることなどできっこない相談なのだ。

 そんなことはわかっていながらなぜここで変動制に変えて、最低額を示したか、というと当然iPhoneの使用料は高いという批判があるからだが、真意は別のところにありそうだ。つまり、iPhoneを買っている人すべてがWi-Fi環境を持っている人ではないためにみんなで3G ネットワークに乗ろうとして3G ネットワークがパンクしかけているのだ。この誰でも彼でもみんな3G、にストップをかけ、Wi-Fi環境を持っている人、利用することのできる人はWi-Fi環境を使って、3Gの負荷を抑えようという発想なのではないかと私は思う。例えば家にWi-Fi環境があれば家にいるときに3Gを使う必要はなく、Wi-Fiのほうが早いし、使用料はかからない。3G ネットワークを使ったときに発生するパケットも発生しない。まあ、たぶん外で3Gをある程度使ってしまえば最高定額に達してしまうのは明らかだが、もしかしたらと思うとあえて3Gを使わなくなる。…とそのあたりが考えられた今回の値下げではないかと思う。

 ただ、そのためにはWi-Fi環境から3G ネットワークへ移行するときに再起動しなくてはダメという設定上の問題点を解決しないと、めんどくさいからずっと3Gでいけばいいじゃん、ということになってしまう。

 ちなみに、昨日Y乃から昼間電話があり、新宿では店頭で今、黒の16が買えるよ、と情報が入った。ただしY乃名義になってしまう。あれこれ考えて見送っている。さあどうしよう。心の中ではDoCoMoのiPhoneが欲しいんだけれど…


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2008年8月 3日 (日)

iPhone の現状

 これまで特に本気で動いてはいなかったのだが、昨日、新しもの好き(人のことは言えないのだが)のお友達がブログでiPhoneゲットの書き込みをしていたので、重い腰をあげ、うちの近くのソフトバンクに行ってみた。この店舗では、予約はしていない、いつ入荷するかわからない、何台入るか決まっていない…と「ないない」尽くし。

 「白なら16GBありますけどぅ…」

 黒の16GBじゃないといやなのである。でもそうなると、予約もダメで、何時入ってくるかもわからないから、偶然に入ったときにしか入手できないのだ。それでも、黒の16に出逢うまで待つつもり。白の16は私が黒の16を使って良かったらFERMATAに買ってあげるのだ。二人でiPhoneを使うとホワイト家族になるのだろうか? 

 昨日ゲットしたお友達は「年間10万円かかるiPod touch」と書いていたが、電話として使わないとiPod touchと変わらないような気もする。私もDoCoMoで続けている電話とメール機能をやめて、ソフトバンク1本に移す気はない。でも、インターネットの使い心地はどうなんだろう? そのお友達に聞いてみようと思うが、iPod touchじゃダメな理由はWi-Fi無線LANの環境下にないとインターネットもメールもそれこそお天気予報もGoogle Mapも使えないのだ。それが電話回線を使えばできるはずで、そのためにソフトバンクに月額使用料8000円近くを払うのだ。

 さて、iPhoneが入手できるまでの間はiPod touchを使い尽くすつもりで、iPhone用のソフトウェア2.0を1200円で購入、iPod touchにインストールした。これで電話とカメラの付いていないiPhoneになった。新しいソフトウェアによる変化はほんのわずかだが、これまで裏技を使わないと導入できなかったアプリケーションがダウンロードできるようになった。私はインターネット環境の他に、実はこれをiPod touchで望んでいたのだ。iPhone 3Gから始めた人は気づかないだろうが、初代、2代目のiPhoneもこれができなかったのだ。私がiPod touchを買った日に壊したのもこの裏技に失敗したからなのだ。

 うーん。世の中がどこでもWi-Fiを使える環境になれば、カメラも電話もいらないから厚くて重たいiPhoneを買う必要はないのだけれど… 

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2008年7月25日 (金)

四つ葉のクローバー

 研修中、毎朝グランドに生えた雑草の中からクローバーを探し出し、四つ葉を探していた。ずいぶん暇そうだが、屈み込んで地面に目を凝らしていると腰が痛くなるので、10分も続けられなかったから、大して時間は取っていない。始めのうち、缶詰の研修の日課が鬱陶しくて、職場に出勤するときよりも時間はあるのに忙しくて仕方なかった。だから逆療法で、朝の忙しい時間帯にわずか10分でもグランドに這いつくばるようにして、一心に四つ葉のクローバーを探したのだ。

 で、今回初めて知ったのだが、クローバーだと私が思い込んでいたのはカタバミの葉で、私はしばらくの間、四つ葉のカタバミばかりを探していた。カタバミは一枚一枚の葉がハート型をしていて色が黄緑で可愛い。私が踏んづけても気にしないでいた本物のクローバーは濃い緑に微かに線が入っていて、葉の形は丸い。2ヶ月間のうち、1ヶ月以上カタバミを探し続け、4枚葉を2本見つけた。3つのハートはしっかりと大きいのだが、4枚目のハートは赤ちゃんのように小さく、見つけてから昨日まで育てておいた。

 本物の四つ葉のクローバーを探し出したのは、この半月ほどで、なかなか見つからなかったが、今週の初めにやっと見つけた。

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 まったくいい歳したオヤジに不似合いな行動だが、ときに重すぎる雰囲気を吹き飛ばすのにちょうどいい行動療法ではあったと思う。

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2008年7月 5日 (土)

昔のこと、消せる消しゴムがあるといい…

 前に書いた「北の国から95秘密」のDVDの2枚目の途中、吹雪で身動きが取れなくなったシュウが石の家に泊まった夜のシーンが3分ほど壊れていた。通りがかりの人さんの書いてくれたレンタルをコピーしても構わないのじゃないか、という言葉に、わずかに抵抗を感じつつ、フルコピーではなく、iPod用サイズのコピーだけならいいだろうと結論づけて、ファイルを変換した。DVDをハードディスクにサイズを縮小してコピーしたのだ。とりあえず、フルサイズではないからDVDとしてダビングしたわけではない。

 DVD Playerで観たくなったら(たぶん小さい画面でも十分で、DVDが欲しいと思ってもそれは観るためではなく、セットの完成品を持っていたいという完璧性の表れでしかないのだと思うが)、DVDを(レンタルでは1,2の2枚別に出ているのだが、市販品は1,2セットの商品になる)買うしかないだろうし、買ってしまいそうだなと思っている(不具合の出ていない1はダブってしまうことになるが)。

 とりあえず、うちのMacのHDDに納まったスペシャル全巻はこれできれいに観れるようになった。

 どういうわけか、昔のLPレコードに傷がついて針が飛んだみたいに観れなかった部分は、この21年間の「北の国から」シリーズの中で最もよい場面の一つだったと、つながったシーンを観て思う。完璧癖であろうとなかろうと何だか「秘密」の2枚組は買ってしまいそうな気がする。本当はオークションとかレンタルショップでワゴンかなにかでレンタル用の2の部分だけが売られていたらそれを買って2だけ入れ替えるのだが…

 勉強以外酒も飲みにいかずに勉強ばかりしている研修中の楽しみの一つはこの「北の国から」をiPodに入る分だけ入れて寝る前にベッドの中で観ること(暗い性格だとつくづく思う)。好き嫌いが分かれて、あれこれ批評の多い、この作品は私や私の家族の田舎暮らしの出発点になった作品だから、私にとっては思い入れは半端じゃないのだ。

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2008年6月22日 (日)

Ponz近況

Ponz0622 
 ぽんずのアップを、というコメントをいただいたので、あまり前の写真と変わり映えはしないけれど、顔のドアップを。画像をクリックするとかなり大きな画面になりますが、その分ファイルは重いです。

 大きさや体重は家に来たときから大して変わりません。ちょこまかとした落ち着きのなさもまだ子犬の状態を脱し切れていません。昨日だか一昨日、乳歯が抜けて歯抜けになっています。どうも私の目には女の子に見えなくて、男の子扱いしてしまいます。代理母のY乃は洋服を買ってきたり、おもちゃを買ってきたり、甘やかしておりますが、日中、みんなが出かけてしまうと、ケージの中でFMラジオを聴かされているだけなので、それもまあ仕方ないかなと思っています。

 FM放送を聴かせるより、ちゃんとしたクラシックを聴かせた方がいいと、私がバッハのCDをおいていったので今はバッハを一日中聴かされています。そのせいか、ずいぶんと賢そうな顔つきになっています。写真はいっぱい撮りましたが、なんといっても正面から撮ると赤目になるので今回はこの写真のみ。でも猫より動きは激しいのに撮った写真は猫のほうが表情豊かです。

 

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2008年6月 8日 (日)

はじめまして!

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 わたし、こんど、「ののの家」におせわになることになった「ぽんず」いいます。ちょっと関西弁入ってますぅ。なんか、舞妓はんみたいな感じと違いますぅ、「ぽんず」って? けっこう気に入ってますぅ。トラ兄はんはなかなか優しどす。お父はんはパウ兄はんとあんまり違うんでびくびくしてはりますけど、気に入ってもろたと思いますぅ。お母はんは、なんやわたしのこと、アカチャン扱いして幼児語を使いはりますが、わたしはもうアカチャンちゃいます。お姉はんもかわいがってくれはりますぅ。まだ、もう一人のお姉はんには会うたことがないんですが、かなり凶暴や聞いてちょっと怖いどす。
 でもホントのお母はんはY乃母はんで、なんや同じ舞妓みたいな名前やな、思います。これからちょこちょこ話題にのってくる思いますので、よろしゅうおねがいいたします。

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トラの憂鬱

 パウが死んで明後日で丸2年が過ぎようとしている。トラはすっかり一人っ子の愉悦を味わって暮らしていた。しばらくはパウという言葉が出ると、玄関先に出て行って様子をうかがう仕草を見せたりしていたのだが、今はもうパウという言葉に反応はするけれど、帰ってこないことを知っている。

 そんなある日、Y乃が新しい家族を連れて帰ってきた。ちゃんと話してトラが納得したらいい、とY乃には言ってあった。Y乃はトラに妹ができることをこんこんと説明した様子。新しい妹はチワワの女の子。もうずいぶん前にデパートのペットショップで目と目が合い、その場で名前をつけて、毎日通ったらしい。名前は「ぽんず」。大きさも体重もトラの半分くらい。パウとトラほどには違わないが、それでもトラとしてはずいぶん小さい変な奴がやってきたという感じで迎えたらしい。このぽんずが実にちょこまかちょこまか家の中を走り回る。トラは軽く猫パンチをくりだして威嚇したりはするが基本的には「しゃあないな」という感じで受け入れている。この2匹が運動会を始めると落ちついて食事がしていられないくらいめまぐるしい。

 ぜひともぽんずの写真を掲載したいのだが、何せ狭い家の中を一時も休まず動き続けているのでいい写真が撮れない。で、仕方ないので言葉だけでご紹介する。誕生日はFERMATAと同じ日で(もしかしたらY乃がこの犬に愛着を感じた理由の一つかもしれない)、サラ金のコマーシャルに出て一躍有名になったチワワとは違って色は黒。人間だと眉毛に当たる部分に小さな長円形の茶色が入っている。口から首にかけてと足先も茶色。巨大な耳は両耳足すと顔よりも大きい。目だけがコマーシャルに出ていたチワワと同じで、何かを訴えかける目にうっすらと涙を浮かべている。実にへんてこな子で、トラとしても「これは一体何という動物なのだろうか」と理解ができないでいる。遊びたい盛りの子犬のワルツの相手をするのに疲れると、深いため息をついてどこかへ隠れてしまう。

 トラには君がうちにやって来たときにパウは同じようにため息ばかりをついていたよ、と話してやるが、自分の問題となって降りかかってくるとにわかに了解しずらいらしい。自分を相手の立場において考えることが大事だ、と人間はよく言うが、実は相手の気持ちになってものを考えるなんてできやしないから、それはトラも私たちも同じだ。

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2008年5月18日 (日)

アクセス解析を見ながら

 お友達が作っているブログでアクセス解析について書いていた。

 私もよく自分のブログに来る人の、それもリピータではない人の、検索キーワードを見ている。多いのは私の意図とは残念ながら違って、「森の生活」関連ではない。上位は、万年筆、インク、丸眼鏡、鞄など。それらも私の生活の一部だからヒットして来てしまった人がどういう意図で来られたのか、がっかりして帰られたんだろうな、と恐縮している。

 で、しばらくこれらのキーワードについてはしばらく書いていないので、検索をかけてこられた人への返信の意味を込め、現状を書いておく。

 万年筆。これは今も一番大切に使っているのはPelikanのToledo M900だ。フルハルターの森山さんに削りだしてもらったスペシャル。一時期進んだように見えた「熟成」はその後止まってしまい、今は新品同様の同軸に戻っている。ピストンバルブの劣化が始まっているのかインクの吸い込みが悪くなって、空気の粒がたくさん入る。使い続けているNoodler'sのインクのせいかもしれない。つい最近、Mont BlancのBordeauxにしたが、また、Noodler'sのSequoia Greenに戻した。Noodler'sのインクはいろんなサイトを見ると万年筆に悪影響を与えそうな良くない評価がなされているのを見かける。森山さんもご自身は自家製のインクを混合して作っているようだが基本的に純正以外は進めていない。私は今はもういろんなインクを混ぜて好きな色を作ろうとするほどの心にゆとりがなくなり、いや、それ以上に上記のSequoia Greenが気に入って、もう万年筆もろとも心中する気で(つまりは自己責任で)このインクを使い続けている。万年筆を大事に壊れないように使おうと思うのならあまり変な真似はしないで、純正を使っていた方がいい。私は万年筆のために万年筆を使っているのじゃなく、自分のために使っているのだから、壊れたら自費で修理する気であえてNoodler'sを使っている。ちなみにMont Blancは純正を使っているが万年筆のためではなく、Bordeauxが気に入っているからだ。

 丸眼鏡は修理したツル巻の方は最近滅多にしなくなった。千葉のユニオン眼鏡で同じように作ったのだが、かけた感じがちょっと違い、新しくした眼鏡のほうが鼻かけ部分の角度が合っているのか、調子がいい。ツル巻きのほうは鼻かけの部分が鼻骨に当たって痛いのだ。これも調整してもらいにいけば済むことなのだがなかなか遠くていけない。読書用のジョン・レノンは老眼が進んで用をなさなくなってきた。レンズを交換すればいい話なのだが、今はスティーブ・ジョブズのかけている縁なしの丸眼鏡が欲しくなっているのでレンズを換える手間を考えたら新しくしてしまいたいと思っているがこれも時間がなくてそのままになっている。ネットで買えてしまうユニオン眼鏡の方式についてはやっぱり疑問がある。一度は出かけないと高い買い物だから保証の限りではない。ここの丸眼鏡が気に入ったら、一度はたずねてみる価値はあると思う。

 鞄のキーワードでよく見かけるのはカメラバッグのF/64。これは文句なしにいい。カッコイイと私は思う。軽いし、収納は必要十分だし、担いでいてカメラを持ち歩いているという感じがしないのがいい。
 もう一つ鞄関連で検索で当たるのがバチュークロスの修理とか保存とか。ハンティングワールドの看板商品なのだけれど、これは買ってしばらくすると皺が出てきて、そのうちクロスが浮いてきて、もっと使い込むと破れる。そういうものと承知して買わないとだめ。もともとハンティングワールドは大事に大事にして使う鞄じゃない。フィールドに持っていって過酷に使うためのものだ。そして当然のように古びて壊れていく。それが味と感じられる時期は人にもよると思うけれど、結構長い時間そういうボロが味に思える。けれどいつか、ぷっつりとただのボロ鞄になる。値段とは絶対に合致しない耐久性のなさであることは確か。まあ、使い込んでみてわかることなのだけれど、買おうと思っている人はその点納得の上で。買ってしまった人は飾っておくより使い込んでボロボロになってしまうのを楽しむ心の余裕を! たぶん、修理はきかないと思うから。

 iPod touch、MacBook Airなど他にもチラホラと検索キーで見に来られている人がいるけれど、できないことはできないわけで、できることはちゃんとやればできる、どちらも美しいけれどただの機械です。

 

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稼働

 夕べは一晩中雨が降り続いた。今朝もまだ雲が多く、時折日が差す程度。下界は暑いけれど、山の上はひんやりとしている。一番遅かった栗の葉がつき始めた。野鳥がエサ台に集まらなくなった。自然の食べ物が採りやすくなったからだろう。夕べ食べた山女の骨と頭を庭先に出しておいたらなくなっていた。雨で流されたのかと周囲を見回したがなかったから小動物が食べにきたのだろう。

 今日はY乃がインストラクタをしはじめた音楽サロンで小演奏会があったので、朝飯も食べずに山から下りてきた。デパートの最上階、カルチャーセンター風の小さなサロンやエステのサロンが並ぶ。イヤらしい店員(ここではスタッフというらしい)が入ってくる一人一人を決まり文句で出迎える。おばさんたちやおじさんたちが楽器を抱えて入ってくる。この人らがY乃のお客さんたちか。

 ほんとにつまらない小曲を2つ。どうも、演奏は付け足しで、その後の楽器販売のインフォメーションが目的のようだ。これまたつまらない楽器をたいそうに説明し、別のインストラクタが音色を聴かせる。どれもこれも鳴らない(鳴っていない)楽器たちで、Y乃の楽器のふくよかな音色の美しさとは比べようもない。これがいいお値段で、素人のおじさんやおばさんは結構買っていくらしい。そして鳴らないまま、死蔵させる。

 何より気になったのは演奏よりもY乃たちの仕事のことを「稼働」と呼ぶこと。司会者もそういい、Y乃も「私は水、木、……に稼働しています」といった。職場のマニュアルにそうあるのだろうが、この、私にとっては聞き慣れない稼働という言葉、世の中では一般的なのだろうか。どうしても違和感があって、帰りの電車の中も、駅を下りて家に向かう途中もずっと「かどう、かどう」と口ずさんでいた。まさか「稼動」ではあるまいから「稼働」なのだと思いつつ、こう呼ぶ以外に彼女の仕事をさす言葉はないのだろうかと考えた。とりあえず、働いて稼いで、金を貯めたらドイツでもフランスでもウィーンでも行くといい。こういうところでもはや基本を身につけることすらできっこない素人さんにあたかも弾けるようになると思い込ませ、高い楽器を買わせる商売の手先として稼働するのはたいがいにしてやめたほうがよかろう。

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2008年5月13日 (火)

北の国から

「北の国から」のDVDはドラマ24話分とスペシャル8話分全てボックスセットで買ってある。これらをすべて、ファイルをiPod touch用に小さくしてMacBook Airの中に収納してしまおうという計画をたて、今、半分終わった。実は一台のMacBookでencodeしている間に、できたファイルを見ていたのだが、「95秘密」の2枚目のDVDに傷がついていて、ほんの数秒だと思うけれど(実際には壊れていないときの状態を覚えていないのでもっとかもしれないが)絵が飛んでいるのに気づいた。最初はファイルが壊れているのかと思って、作り直そうと思ったが、DVDそのものを見ると縁に亀裂が入っており、データが入っている盤面にも細かい傷がたくさんあった。とくに「秘密」ばかりを見ていたわけではないのだが、前に使っていたiMac DVのフロントローディングが晩年調子が悪く、物理的に無理して取りだしていたことを思いだした。たぶんそのときに傷つけてしまったのだろう。とにかく、この1作だけを買い直せばボックスはまた完全になるのだが、これが結構高い(Amazonで15%offでも7000円以上する。でも今頼めばプライム会員になっているから明日には届いてしまう)。どうせ、寿命のあるDVDだし、形あるモノは壊れるし、あきらめようか、買い直して完全にしてとっておこうか悩んでいる。

 その壊れている部分が21年間かけて作られたこの壮大なドラマの、森の中に凍裂の音が響く実にいい場面なのだ。ああ悩ましい… たぶん、iPod touchでも、DVDででも見る度に気になるだろう。結局買い直すことにはなるんだろうな… うちの子らも大好きなドラマだし。

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2008年4月29日 (火)

M乃の新しいアルバイト

 3月にそれまで勤めていた学習塾のアルバイトをやめたM乃が新しいアルバイト先を見つけて結構気持ちよく仕事をしているらしい。最初は、アルバイトの学生に対してだけでなく、生徒や生徒の親に対しても阿漕な学習塾の体質が嫌で、こんなところでバイトするくらいならマーケットのレジでも荷出し係でもいいといっていたのだが時給単価がめちゃくちゃに安い水戸の町でいろいろ考えたらしい。

 結局下宿の近くの学童保育所(学童クラブ)で宿題を見てやるお姉さんをすることになったと夕べの電話で言っていた。時間が短いからあまりお金にはならないけれど、と言っていたが、夜11時過ぎに教室の鍵をかけて、何キロも自転車を飛ばして帰ってきていたこの1年間を思えば近くて夜が早いほうがいいに決まっている。出稼ぎに水戸くんだりまで行ったわけじゃないのだから。

 だけど勉強教える仕事か、血は争えないな、と思っている。そのM乃は今週末私の誕生日のためにまた帰京し、一緒に山へ行く。

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2008年4月14日 (月)

「めざまし」の占い

 前にも書いたが、「めざましテレビ」の今日の占いが気になる。今朝は仕事で見ることができなかった。そういうときは携帯電話のメールでFERMATAが結果を知らせてくるのだが、今日は来なかった。帰宅するとさもおかしそうに「きょうは最下位で、おまじないがあったけれど、教えてもできないことだから教えなかった」と言った。

 笑い転げていてなかなか言葉が出てこないFERMATAを疎ましく思いながら待っているとようやく出てきたのは「髪の分け目をかえる、だって。できっこないものねえ」といってまた喜んでいた。こうして私の桜の若葉に救われた心をまた地中深くに埋め込んだ。

 「満開の桜の木の下には死体が埋まっている」

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2008年4月 3日 (木)

時間がない

 先月から時間に追いまくられている。そういうときこそ山で過ごす息抜きの時間は大切なのに落ち着かない時間を費やしてきてしまう。年度の変わり目はだいたいそうなのだが、今年はなぜかせわしなさが際だっている。小さなポケット版のノートを片手に、ひんやりとした万年筆を握ると心の中にまで涼しげな風が吹くのに、そうするゆとりもない。当然カメラを楽しむいとまもない。本など読んでいる暇もない…

 仕事から夜遅く帰ってくると落ちついて何かする時間はもうなく、軽く飲んで食事をするともう深夜だ。なぜかMacの電源は入れる。どこといって見に行くあてもないのにサイトを一回りして、気づくと数時間しか寝る時間が残っていない。MacBook Airになってからひょいと鞄のなかに入れて職場に連れていく。昼休み、インターネットの配線にAir Macをつないでワイヤレスでメールチェックしたり、ショップ巡りをしたりしやすくなった。MacBookでは重くて持っていく気がしなかったのに、やっぱり軽いというのはいい。

 で、読む時間もないのに本を注文してしまう。今回買ったのは多木浩二の『写真論集成』。古い文章ばかりの本だが前から読んでみたかった。でもたぶん本腰を入れて読み出せるのは夏頃になるだろう。それまで感想は書けない。

 ブログのアクセス分析を見ていると毎日来てくださっているお師匠さんをはじめとするリピータの方々がいる。こんなブログでも検索でヒットしてしまって見に来てくださっている方もいる。万年筆関連、カメラバッグ関連、MacBook Air関連等々、結構いろんなキーで検索されているのだとわかる。たぶん来ていただいても役立たない個人的な感想ばかりで申し訳なく思う。時間さえあれば、Toledoのその後や、新しい写真やカメラの使い心地など書きたいことはあるのだけれど書けない。たいして時間がかかることではないのだが、時間がないと心に余裕もなくなって、じっくり物と対面して、その物の内側にまで心を通わせた文章が書けないから、そのままになっている。

 いつになったら多少時間ができるのだろう。何だかこのまま仕事に追いまくられて数年が経ってしまいそうな気がしなくもない。絶対にそれだけは避けたいと思いつつ、悪い予感が心をさらに重くして、機動力がなくなっていく。

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2008年3月18日 (火)

時代は変わる〜虎ノ門鈴傳

 何年かぶりで虎ノ門鈴傳に行った。日本酒好きの後輩を前からずっと連れてってあげると約束していて果たせぬままになっていたら、この春、彼は転勤になった。だから送別の意味もかねて夕方早退をして虎ノ門に出かけていったのだ。

 2〜3年前に胃を患ったときに何度も虎ノ門の病院に行き、店先を覗いてはまだ閉店していないことを確かめていた。なぜなら、この前に行ったときに、おやじさんが病み上がりで茶碗酒を飲んでいなかったのでいつ閉まってもおかしくないと思っていたのだ。月曜日だったからかもしれないが、店は往時の賑わいがなかった。おやじさんもいなかったし、威勢のいいおばちゃんもいなかった。バイトらしいおにいちゃんたちもおらず、妙にサラリーマンぽいにいさんが二人、事務的に注文をきいたり、酒を持ってきたりしていた。酒は相変わらず新鮮でうまかった。むかし何度か飲みにいったときも素っ気のない店だなと思ったが、昨日の様子を見ると、むかしはそれでも楽しい店だったと思った。もう、二度と行くことはないだろう、と思いながら店を出た。

 飲み屋はうまい酒があれば成り立つというものじゃないのだとつくづく思う。最近昔なじみの店がどんどん閉まっていく。跡を継ぐ人間がいなくなって閉めざるをえない店が多い。鈴傳クラスの酒屋(四谷の酒販店のほう)になると企業として存続することはできるのだろうが、飲み屋は人が変わると店の雰囲気までがらっと変わってしまう。こうして私の好きだった店が一つ、私の中で消えた。

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2008年3月13日 (木)

こんなにたくさんどうしよう

 夏みかんの収穫をした。50個くらいはあるだろうと踏んでいたのだが、でかいのが100個以上。大きな段ボール一箱山盛りになった。おいしいかどうかまだ味わっていないのでわからないが、家の中じゅうミカンのいい香りが漂っている。

 ご近所や職場にお配りしてもまだ余りそう。まだ、木にはいくつも残っている。塀と物置の隙間におっことしてしまったのもずいぶんある。たった1本の木に良くこれだけなったものだと感心する。何かうまい食べ方があればいいのだけれど…

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2008年2月 8日 (金)

ガス欠

 車の免許を取って25年間で2回目、1回目は単身赴任中の山の中。当時携帯電話なんかなかったから、公衆電話を探して走った。今朝が2回目。通勤の途中、幹線道路をいつものガソリンスタンドに向かって走っている途中でぐぐぐっとエンジン回転が落ちていった。慣性力で動いている間になんとか片側2車線の左車線に車を寄せたところでエンジンが切れた。後ろからきていた車がクラクションを鳴らして追い越していった。いつも入れているガソリンスタンドまでは500m、通りすぎたところにあるガソリンスタンドまでは100m、とにかくハザードランプをつけて、ロックして、100m走って戻り、ガソリンスタンドで携行缶にハイオクを入れてもらい車に戻り、脇をすり抜けていく車に気をつかいながら、数リッターのガソリンを入れた。しかし、エンジンはかからない。携行缶を返しがてらスタンドでたずねると、ACCにキーを入れてしばらくおくとポンプが動き出すだろうとのこと。しかし、何度やってもだめ。
 携帯電話でボルボディーラーへ電話を入れるが、まだ社員が来ていないようで閉店中のテープが流れるだけ。その間、何度もクラクションを浴びせられた。朝の通勤ラッシュ時だから当然だろうと耐える。ディーラーは幸い、車の止まった位置から250mくらいだが、まだフロントも工場も出勤前なら行っても無駄だ。職場に車が動かなくなったので遅れる旨(恥ずかしくてガス欠とは言えなかった)電話する。キーをひねったり、電話をしたり、交互に繰り返しているとやっとのことで電話がつながった。事情を説明するとまもなく牽引のためにボルボのセダンがやってきた。ディーラーで大型の携行缶1本まるまる入れて、エンジンをかけると一発でかかった。しかし、すでに車載コンピュータが異常の警告を出しているために、一応エンジンチェックをし、警告をリセットしてもらう。

 私はどこまで走れるか、とにかくぎりぎりまで乗る主義。それでも今回は、明日の山行きの間、雪に閉ざされてガスを食うことを念頭において、ぎりぎりまで入れずにおいて出かける前に満タンにしていこうと計算していたためにちょっと無理をした。夕べ帰宅時に入れたほうがいいかなとも思ったが、早く帰宅したくてガソリンスタンドをスルーしてしまったのも誤算だった。2時間の遅刻と5500円の出費。でも、山の中じゃなくてよかった、と思うことにした。せっかくディーラーに来たので純正のチェーンを買っていこうと聞くと金属チェーンで4万以上する。高いね、というと、フロントの人が小声で、同じところで作っているチェーンがオートバックスなら1万円前後ですからそちらで買われたほうが…という。

 明日の朝、ガソリンを満タンにし、オートバックスのような自動車部品店でチェーンを仕入れて行こう。使わないで済めば儲けもの、今回は保険のつもりでチェーンを買っておいたほうが良さそうだ。しかし、スタッドレスを履いて、チェーンをして山登りをするというのも実に情けない。重くて非力で、コンピュータ制御のAWDが賢くないときているから、標高1249mを登り切るのがきつい。まして明日、明後日は大雪が降る予想。やっぱり、明日はチェーンを買って、スコップと毛布を積んで出かけよう。山暮らしも結構楽じゃない。けど、気分が「ガス欠」だから、3日間のんびりと英気を満タンにしてこよう。

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2008年2月 6日 (水)

100万円の使いみち

 信仰する宗教もないし、支持する政党もないし、応援したい政治家もいない私は、何でもかんでも猜疑心を持ってものごとをゆがんだ目で見ているのに、なぜか「めざましテレビ」の「今日の占いカウントダウン」だけは気になる。今日、牡牛座は最も悪い運勢で、何をやってもうまくいかないという結果だったが、中途半端に悪い運勢のときより、最下位のほうがいい。というのも、その悪い運勢をひっくり返すおまじないが最下位についてだけは知らされるからだ。携帯電話の待ち受け画面を変える、と言われるとすぐに画面を変えるし、靴を左から履く、と言われると家を出るとき左から靴を履く。

 で、今日の「おまじない」は、「100万円の使いみちを考える」という難題(もしくは非常につまらないおまじない)だった。車に乗って信号待ちなどをしていると、そうだ100万円をどう使うか考えなきゃ、と本気で考えた。ストレス性物欲昂進症候群にかかっている私はすぐにも100万円くらい買いたい物が見つかると思いながら、まず、MacBook AirとTimeCapsule を買ってぇ、と数え上げ始めた。けれど、あらためて考え出すと100万円で買える物なんてたかがしれている。何だか、100万円あったら何か物を買うという発想しかしない自分が情けなくなった。

 結局、あれこれ考えているうちに職場の駐車場に着いてしまった。私としては今日一日の大半が職場で費やされてしまうから、なんとしても職場に入る前に決めなくてはならない。エンジンを切り、キーを抜き、鞄を助手席から取り上げて車から下りるまでの数秒間のうちに、頭のなかの最近目立って動きが遅く感じられるようになったCPUが動きだし、車のドアを閉めたと同時に100万円の使いみちが決まった! いま、お金を必要としている家族・親類縁者の誰彼の顔が瞬時に浮かび、彼女にいくらあげよう、彼にいくらあげよう、と配分まで瞬間的に決まった。私や明日誕生日を迎えるFERMATAには1円も残らなかったが、「これで良し!」と車のドアをロックした。ホッとすると同時に満足した。もしこれが空想の世界でなくて、本当に使いみちから考えなくちゃならない100万円を現実に手にしていたとしてもこの結論は変わらないだろうと自信に満ちてオフィスに向かった。

 今日一日の運勢がこれで快方に向かったのかどうか、自分ではよくわからないが、とにかく使いみちを決められずに仕事を始めたら何かもっとうまくいかなかったんだろうと思って、「これで良し!」と、今思っている。

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2008年1月14日 (月)

成人の日

Photo 成人の日、早朝から美容院へ行き、着付けをし、実家の祖父母にご披露に行く。FERMATAの両親は隣同士なのだが別々のケアハウスにおり、両方をまわる。義母がお世話になっているのはベタニア修道会のケアハウスで、M乃と2年遅れで着物を着たY乃は入所中の老人やワーカーさんたちの大歓迎を受け、あちこちの階で着物姿をご披露する。特におばあさんたちの中には涙を流して喜んでくれる人がいた。
 その後、成人式会場になった遊園地へ向かうM乃を送って町へ出ると、あちらこちらに着物姿の新成人が歩いていたが、どの子も黒っぽい地味な、演歌歌手のような着物を着ている。M乃に聞くとそれが今年の流行だったらしい。二人が着たのはもう30年以上前にFERMATAとFERMATAの一つ下の妹が着た古い振り袖で、流行の振り袖を着た子らと比べると源氏絵巻か大奥のようだった。

 あわただしい一日が終わり、もうM乃は水戸へ帰り、Y乃は卒業試験で弾く曲のレッスンを受けに行った。二人とも一番きれいな年ごろを迎えた。

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2008年1月10日 (木)

いろんなことができるようになる

 いいことか悪いことわからないが、パソコンや携帯電話のめざましい進歩でいろんなことができるようになってきている。先日冬休みの最後の日、山から東京に向かう途中、携帯電話の「FMトランスミッタ」機能を使って(5人の携帯電話のうちA乃の携帯だけにこの機能がついていた)、A乃が着うたフルでダウンロードした曲をカーステレオに飛ばして聴きながら帰ってきた。トランスミッタをつければiPodからも飛ばせるが携帯にトランスミッタ機能がついていれば何もいらない。音はまあまあで、車の中で聴くBGMとしては十分だった。

D902is 私の携帯電話にはミュージックプレーヤーがついており、パソコンを使って、CDからエンコードしたファイルをSDカードに落として聴くことができる。取扱説明書によれば、付属のBeatJamという音楽用ソフトを使わないとできないと書いてあった。BeatJamはWindows版しかなく、Mac版はない。ところがこれもiTunesでACCファイルにエンコードしてやれば入った。だから今私の携帯電話には10枚分以上のCDがそのまま入っている。動画はどうだろうかと、これは少し調べたら、これまたWindows版の携帯動画変換ソフトが出ていたけれど、Mac用はなかった。そこでこのWindows版の変換の仕方をちょっと調べてみるとサイズの縮小はするようだがエンコード自体はしていない。さっそくYouTubeから落としてきたTommy EmanuelのライブシーンのMP4ファイルのファイル名を携帯電話用に変更し、無理矢理拡張子も携帯電話用に変え、SDカードの所定のフォルダに入れてみた。ちゃんとビデオが見れた。iPod nanoはかっこよくてちょっとそそられるがなくても済む。

 たぶんこんなことはわかっている人はとっくにわかっていて、わからない人はどう説明してもなんのことやらわからないだろう。できれば得たいのしれないフリーウェアなどは使いたくないし、高いソフトウェアも買いたくない。ファイルの仕組みなどを知って自分でいじれればたいていのことはできるから、ちょっとお勉強すればいいのだ。カメラの仕組みも光学的な基礎知識があればプログラムダイヤルの一つ一つが何をどうしているのかわかってきて、一番いい使い方がわかってくるし、どうしても納得がいかなければマニュアルで絞りもシャッタースピードも決めれば納得の写真が撮れるはず。

 でも、ワープロの仕組みがわかってもパソコンが勝手に小説を書いてくれないのと同じように、カメラの仕組みがわかってもいい写真の構図は選んでくれない。どんなにいろんなことができるようになっていっても、芸術は人間の感性が作り出すという事実を乗り越えることはできない。

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2007年12月22日 (土)

年末恒例の…

 年末恒例の第九、というのは日本だけの習慣らしい。別に第九を年末にやるという根拠はないようで、私も年中聴いている。だけどやっぱり、12月になるとそろそろ第九の季節だなと思ってしまう。今日はこれから、埼玉県飯能市の市民会館に第九を聴きに行く。市民のやる第九のようで、市民だけでは足りない部分、とくにオーケストラはY乃の大学からの助っ人がほとんどらしい。ソロ歌手はさすがに市民じゃないと思うが、声楽家のことをよく知らない私は聞いたことがない人の名前が並んでいる。

 今年はメジャーな演奏家の演奏会はひとつもないが、ずいぶんたくさん演奏会を聴きに行った。有名な演奏家のチケットは高いし、発売初日に手に入れてもいい席は最初から買い占められているのか同じS席の料金を払ってひどい席になることが多いから、だんだん行かなくなった。下手なオーケストラでも思い入れをもって聞くとそれなりに聞けるから不思議だ。今日はでもあまり期待してはいない。

 年末恒例といえば、ホームページの表紙の更新準備。といっても目新しくするわけではなく、一年分または半年分のMonologueを別ページにまとめ、リンクをはり、1月になったときは新しいページから始めるだけ。手帳のリフィルを入れ替える作業と似ている。表に書いたように今回はホームページ作成ソフトがないので、手で切り貼りしてログをまとめる作業をした。切り貼りはソフトでやってもめんどくさい作業なので、HTMLの切り貼りとたいしてかわらない。ただ、HTMLのタグを結構忘れていて、切り貼るときに持って行くべきタグを忘れたり、ほんの少しいじったりしなくてはならない部分で間違えたりして何度か、表示してみて修正しながらやった。tableを使っているので、ぐちゃぐちゃになってどうしてだろうと考えたりして、新鮮ではあった。indexページの書き方が適当で、整理がされていないから余計に時間がかかった。もとより整理は得意なほうではないが、来年のindexページは更新しやすいように工夫してみようと思う。

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2007年11月25日 (日)

我が家の夏みかん

Natumikan0711 庭の夏みかんがこんなに大きくなった。周囲のみすぼらしい情景を入れないために木だけが写るようにしたので、ミカンの数はごく一部だ。本当は木の真下にある物置の屋根にしなだれかかるようにして付いている実もいっぱいあり、段ボール箱にして一個出荷できるくらいある。夏の最中に枝落としをしたときはまだ濃緑のカボスのようだったが気がついたらマーケットにならぶ夏みかんと変わらぬ大きさになった。

 お隣の庭から見るとまた見え方が違うようで、夏にうちが気づく前にお隣から「ミカンがたくさんなってますね」と言われた。今から収穫したら一番にお隣にお届けするのを楽しみにしている。

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2007年10月 5日 (金)

業爆とボケ

 日曜日からずっと仕事で、毎日帰宅は10時過ぎ。もうへとへと。ここでようやく休みがとれる。この間、お師匠さんからお酒やお土産を頂戴したのにお礼のお電話もできていない。日記も書く間がなくて、今さら書こうと思っても何をしていたのか、仕事ばっかりには違いないのだがよく思い出せない。こういう状況というのは一番呆けるだろうなと思う。歳をとって定年で仕事を離れると呆けるというが、歳とってからも無茶して働くとよけいに呆けると思う。仕事なんかしないで、悠々自適とまではいかなくても、そこそこ食べていけたらそれでよしと考えて、毎日をのんびりと本を読んだり音楽を聴いたりして暮らしたい。
 
 仕事が嫌いだからかもしれないが、働いてばかりいるときっと人間は馬鹿になる、と信じている。

 もうくたくただけれど、これから山へ向かう。10分でも早く山のヒンヤリした空気の中へ帰りたい。そうすることで仕事漬けで梗塞を起こしそうな頭の中を開放してやりたい。

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2007年9月17日 (月)

変化と持続

 LOUIS VUITTON の2008年版システム手帳用リフィルを買った。文房具売場に山ほど並んでいる国産のダイアリで十分だし、その方が1/10くらいの値段で買えるのだが、数年使い続けると他に変えたくなくなるのが私の性分なので仕方ない。大晦日に使い切ったリフィルは無印良品の再生厚紙でできたバインダーに2年分ずつ綴じ込み、身近なところへおいておく。メモ魔だからたいていの出来事やモノの値段や買った日付などがわかる。
 その LOUIS VUITTON の2008年版のリフィルがこれまでと少し変わった。今年使っているリフィルも日付の色がそれまでの茶色からブルーに変わり、最初のうちは馴染めなかったが来年のリフィルはもとの茶色に戻った。戻ってみると何だか古くさくブルーも良かったなと思ったりする。しかし、一番変わったのはダイアリの中にときどき挟み込まれるLVの歴史的なあるいはLVカップの広告やポスターの類の頁がこれまでは独立した頁だったのに、来年のダイアリでは通常の頁の裏側に印刷され、そのコメントが次の頁の表に印刷されている。去年までそのダイアリとしては必要のない頁を一枚一枚めくりながら見つけだしては抜いてちょっと眺めては捨てる、という作業が好きだった。それができなくなったばかりか、意味のないところで意味のない頁が挟まるということになった。
 もう一つ変わったところがあって、土日の欄は他の曜日と比べほんの少し小さいのだが、日曜のあとにnotesという欄があり、この欄に週のまとめや土日の欄に書ききれなかったこと、あるいは新しく見つけた店などの電話番号などを書いておくと見やすくて便利だった。このnotesという欄が3週に1度くらいの割合で何か印刷されてつぶれている。フランス語で書かれているのでまだよく見ていないからはっきりとしたことは言えないが、少なくとも私にはあまり興味のないことが書かれている様子。まあ、些細なことばかりで、嫌だったら使わなければいいのだが、こういう長年慣れ親しんで使い続けるモノを変えるというのは商品の作り方としてLVらしくない。そういえばLVのブティークの商品も目新しいモノばかりが増えている。
 そうしてみると、新製品は少しずつ出してくるけれど定番の手帳は絶対に変えない Moleskine のものづくりには賢いところがあると思う。変えたくても進化のしようがない単なるノートだからなのだが。

 変化と継続ということを考えると万年筆にも不満がある。ペリカンもモンブランも次々ととてつもなく高い限定品を販売することで生きながらえている。どこかで万年筆ブームというようなことを読んだことがあるがそれはごくごく一部の人だけの話で、全然ブームなんかじゃない。たぶん限定品を買っているのはすでに何十本も持っているコレクターが主で、仮にブームが来ているとして新参者は買っていないだろう。ところが万年筆会社はごくわずかでも新入の購買層を捨てきれないらしく、定番の万年筆も限定品の万年筆もペン先を今風にしていて変えようとしない。コレクターの大半や、私のような万年筆好きの人間が求めている40年くらい前の腰があってかつ柔らかいペン先を作ろうとしないのだ。ボールペン世代を仮想ターゲットにするより、私らのような古い時代の万年筆にあこがれている者をターゲットにした方がずっと売れるだろうと思うのだがどうしてペリカンはそうしないのだろう(気づいてはいるはずなのだが)。

 先日新しいボルボエステートの雑誌が送られてきた。モデルチェンジされる新しいボルボは今私が乗っているXC70を最初に見たときと同様の嫌悪感を催させるスタイルだった。昨日長〜い渋滞に巻き込まれてのろのろと走っているとき、目の前に940が走っていた。隣に私がこの前に乗っていた850が走っていた。私にとってのボルボは700系か900系で終わっていたんだなと目の前の四角い車を見ながら思った。でも、200系に乗っていた人にとってはそれがボルボだろうし、アマゾンなんていう時代もボルボにはあった。やっぱり時代は変わっていくんだなと思う。今再び900系のボディにエコエンジンを積んだ車を出したらすぐに買うだろうと思いつつ、一旦変化したモノを元に戻すのはもはや不可能なのだろう。ならば自ら変化しないで昔のままに踏ん張る継続が今は新しいトレンドを生み出す力になるんじゃないか、と思ってみたりする。

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2007年9月 9日 (日)

交通集中と社会実験

交通集中と社会実験

 最近、まともな時間に帰宅できなくなった。ETCの、混雑緩和のための社会実験という割引制度ためだ。ETC割引にはこれまでも通勤時間帯割引というのがあって、100K以内という制限があるものの夕方は17時から20時まで半額になった(朝もある)。そのあと22時から24時まで早朝深夜という割引もあり、さらに翌朝の早朝深夜割引までの間は3割引きの夜間割引がある。いずれも案外複雑な制度でうまく走らないとしくじることがある。

 そこに、この夏から上記の社会実験という、目的はETC装着促進にあることは明白の割引が始まった。これは乗り降りするICに制限はあるものの距離制限なしで日曜休日の通勤割と早朝深夜割の空白時間帯に走行すると半額になるという措置だ。混雑緩和という実験目的は見事にはずれ、夕方から深夜まで休日の上りは30K以上の渋滞が続くことも少なくなくなった。中央道は加えて圏央道の開通が重なり、いつもの小仏峠トンネルの渋滞の後尾はどんどん後ろに延びている。それは夏休みが終わった今も変わらない。

 いっそケチくさい割引制度なんかやめて、全線値下げすればいいのだ。山にゆっくりいられるのはいいのだが、結局翌日のことを考えてギリギリに下山しても渋滞の中に飛び込んでいくことにかわりはない。

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2007年8月13日 (月)

星を見上げて

 10日の夜からの山は日中眩しい日差しが横溢しているわりに湿度が高く、せっかく月のない夜なのに空はガスっていて星はあまり見えなかった。12日はいつもの昼過ぎ帰宅をやめて夜食後に山を下りたが渋滞は夜半になってもおさまらなかった。

 そして今日東京の夜空を見上げる。ペルセウス流星群は見えない。淡くカシオペアがみえる。天上を見上げると夏の大三角形が見えるが当然天の川は見えない。南に目を転ずるとすでに西に回ったさそり座のα星アンタレスが一番偉そうに皓々と輝いている。

 午後まだ日のあるうちに職場の外へ出て北東の空をじっと眺めていた。ときおり閃光のように流れ星が走るように思えたが目の錯覚だろう。

 打ち上げられた花火を見るより、見えるか見えないかの流星をじっと待つ方がいい。都会の星にも終末感が漂うが、派手な花火に興じているこの時代もどこか最後の一花を咲かせようという寂しい光景に見える。

 いずれにせよ、今夜の天体ショーは待ちきれずに寝てしまうだろう。

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2007年8月 5日 (日)

夏蜜柑

07natumikan02 1ヶ月半前に仕事を1日休んで伐った木の枝がようやく片づいた。燃えるゴミの日に少しずつ束ねては出し続け、やっと車の後ろにうずたかく積み上がった木の山が消えた。

 …で、今日、残っていた南側の槙やヒバ、そして夏蜜柑の木を伐った。ほとんど前回同様枝振りとかそういうことにはお構いなしにばさばさ伐って風通しをよくしたのだが、夏蜜柑だけはたくさん実がなっているので実のついていない枝をすいて日があたりやすくした。実の数は数えられないくらいついているがどれも小さく、スゥィーティーがカボスのようだ。実よりも大きな棘が突き出た枝で体中キズだらけになった。どういう自然の摂理なのかわからないけれど蜜柑系の木は棘をたくさん張り出して身を守っているようだ。

 かなり気をつけて伐ったのだが、3個ほど実のなった枝を落としてしまった。本当はたくさんついた実を選別して数を減らした方が実を取るにはいいのだろうがどうもケチ臭く、全部残そうとする。たぶん食べられる夏蜜柑はこの中の数個だけだろう。下の方から鬱蒼とした枝を少しずつすいて、だんだん木の中に頭を突っ込んでいくと、坊主頭に棘がささった。使っている剪定用の刃物よりもずっと凶器になりそうな棘だ。そろそろ床屋に行く時期なのだが、キズを見た床屋にどうしたんですか?と聞かれるだろう。キズが消えるまで床屋は我慢しようか…

07natumikan01

 ※「3個ほど」と書いたが、あとで落とした枝を整理していたら、「6個」も伐り落としてしまった。それもかなり立派な奴で惜しかったなと思う。

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2007年7月26日 (木)

明日M乃が帰ってくる!

 明日はA乃の誕生日。もう適齢期を迎えているからあえていくつになるかは書かない。これまで家族の誕生日や母の日、父の日がらみで帰宅していたM乃がA乃のために帰ってくる。なのにA乃は仕事が遅番で帰宅が遅い。翌土曜日は勉強する暇も気もないのに転職のための試験で留守。Y乃は師事しているピアノの先生のコンサートでヴァイオリンの小品を弾くために留守。せっかく学期末試験中なのに帰ってくるM乃を連れて私たちは山へ籠もるつもり。M乃も「それなら夏休みでみんなが山に集まる日まで帰ってこない」と言うかと思ったら、「お父さんたちと山へ行って勉強する」と言う。変われば変わるものである。どうも私には言ってきていないが、姉たちにはホームシック気味なことをメールしてきているらしい。

 なにはともあれ、私はM乃が一緒に山へ行くというので有頂天である。小遣いを奮発したりしそうである。ギターは少しはうまくなったか? Amazonから送ってやったスペイン語会話のCDはマスターしているか? 盗まれ、ボロボロで見つかった自転車は修理できたか? オシムJAPAN、負けて残念だったな。調子が悪いと言っていた携帯電話、新しいのを買ってやろうか? 中村農場の親子どんぶりを食べに行こうか。
 
 娘らが一人前になるまでは仕方ないから働くけれど、父さんは仕事がしたくない。母さんも辞めたいと言っている。二人とも山でのんびり過ごしたいんだ。人間関係の煩わしさはもうたくさんなのだ。喧嘩する気はないけれど仲良くしたくもないんだ。いいわけばかりのおっさんが鬱陶しくてたまらないんだ。いばってばかりいる上司がウザイのだ。酒の席とはいえ、言いたいことをほざく若い奴が馬鹿に見えてしかたないのだ。一体感のない組織が息苦しいのだ。そうやって、残りの数年が一日も早く食いつぶされていくのを待っているのだ。

 だから本気かどうかわからないけれど慕ってくる子らが可愛いのだ。

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2007年7月25日 (水)

ガソリンの値段と車

 ガソリン高騰続くとニューズで聞いたとたん、私のいつも入れているスタンドは値下げした。ノーブランドではなく、ちゃんとした大手銘柄のガソリンだ。私の通る街道は一軒あやしいスタンドがあって近くのディーラーで車を買うとあそこでは入れないようにと注意される。その店の価格を基準に大手も下げるので近辺では安い価格のGSが並ぶ。私はプリペイドで最初にお金を払い込む会員だからさらに値引きがされ、近辺のレギュラー並の価格でハイオクを入れている。まあ、数円違っても大したことはないのだが通り沿いで安くて、銘柄としても嫌いではないガソリンだから当然そこを使う。

 でもいつまでもガソリンエンジンの車を乗り続けるわけにもいかないだろうと思っている。アナログからデジタルへという期限が切られた数年前のテレビの買い替え問題同様、いま車を乗り替える人は、デジタル化されることを知りながらアナログテレビを当時買おうとしていた人と同じように見える。私の車はまだ3年半ちょっとしか経っていないが、すでに65000Km走っており、来年の2回目の車検を待たずにかなりの部品の交換が必要な時期にさしかかっている。タイヤもこの冬新しいウィンタータイヤに交換する予定。動力性能に不安のある今の車が売れるうちに乗り替えということも考えなくはないのだが、今ガソリンエンジン車を買うのが前述のとおり怖いのである。かといって今のハイブリッド車に乗る気はない。いつまでガソリンがもつのか、その前に別のエネルギーを利用したよい車ができてくるのか、車なんて何だっていいのだが、山に行く足だから気になるのである。

 車なんて何だっていいといいつつ、最近メルセデスはやはり工業製品として素晴らしいと感じている。たぶんFRだからということも大きい要素なのだろうが、FRでは冬の山道を登れそうにないからたぶんベンツに乗ることは生涯できないだろうけれど。

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2007年7月 9日 (月)

我慢

労働に喜びを感じられないことは不幸なことだと思う。反面、仕事に生き甲斐を見いだそうとしている人も不幸だなと思う。生活のための仕事の時間を駆け抜けるように済むために、時計の針が早く進むことを願い続ける1週間が始まろうとしている。死に急いでいるだけだと思う。

先週1週間日曜の朝まで働いた。昨日は帰宅後ぐったりして寝てしまった。予定していた実家へ行くのもやめにしてひたすら寝てしまった。夕方HPを更新しただけで他に何もしなかった。お昼も食べずに寝て、夜は明るいうちに食事して子らが帰宅したころはまた寝ていた。あと1週間我慢の日を過ごすと3連休がくる。今回も私たち夫婦のほかはだれも来ない。子らはそれぞれ用があり、暑い東京を離れて涼もうと誘った実家の親たちも墓参りにいくから行けないと言ってくる。

夫婦二人でそれぞれ別々のことをしながら、ぼうっとして山で過ごす時間には慣れているし、それはそれで心地よい時間だ。むしろ気を使わずに、どこへ出かけるでもなく、入りたいときに風呂へ入り、聴きたいときに聴きたい音楽を聴いて、あり合わせのものを工夫して食べる、そういう時間がストレスでただれた心を癒す軟膏のような働きをする。大きな喜びというのではないが傷跡を舐めて治す動物のような時間が小さな喜びでもある。そのようにして自分たちのリハビリをする。聞いたり見たりするだけでげんなりするような腹立たしい社会の動きから自らを隔絶する。野鳥の声に耳を傾け、色濃くなった緑を見つめ、聴力と視力を回復するように、体中緑色になって自ら「光合成」する… 

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2007年7月 1日 (日)

坊主頭2回目

5月の後半に頭を丸めてから1か月ちょっと経ち、何だか普通っぽくなってきた。暑苦しい程の長さではないけれど、一度短くしてみると、わずか3センチくらいの長さでもちょっと煩わしい気がしてくる。

そんなわけで今日山から戻って時間があったので床屋へ行った。前回「昭和の職人さんのように」というだけで仕上げてくれた年輩の理容師の人は別のお客さんの頭を刈っていたので、今回は若い女の子がついた。「前回と同じように、短くていいんですね」と聞かれたので「坊主に」と答えたのだが、彼女のハサミは遠慮がちで、何とか禿げ隠しをしようと櫛を浮かせて刈っている。途中で、店の中ではベテランの、でも若い男の店員が交替してバシバシ刈り始めた。最後に手の空いた前回の理容師さんが改めてハサミを入れた。都合3人かかりで2時間近くかかって刈り上げた。坊主をハサミで刈るのは面倒なんだろう。途中で寝てしまい、終わって声を掛けられると、無精ひげがきれいに揃えてはあるが剃ってなかった。確かにヒゲを残しておくとただの坊主には見えずお洒落な感じがする。周りにいたお客はみんないなくなっていたので、悪いからヒゲを剃ってとは言えずに帰ってきた。

明日の朝、剃ってから仕事にいこう。

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2007年6月30日 (土)

太陽光発電の将来

山は20℃で肌寒い。昨日までの蒸し暑さがウソみたいだ。職場は冷房なしで6月を乗り越えたが、亜熱帯化している東京で除湿もしないで耐えるというのは非現実的な気がしないでもない。もう人間が暮らせる環境ではなくなっている。

 
走るのをやめて、ランニングウォッチから機械式腕時計にかえたが、今修理とベルト交換のために手元にない。半月ほど時計なしで我慢してきたが、不便この上ない。以前使っていた電池式のクォーツは電池交換しないと使えない。デパートの時計売り場経由で修理に出した時計は3ヶ月くらいかかるという。クロコダイルのベルトも今日本に在庫がなくスイスからの取り寄せになるが、それも3ヶ月かかるという。
 
仕方なしに場つなぎの時計を買おうと探し出すと欲しいのがない。高級品は買う気がしない。あれこれネットで見ていて一個だけデザインが気に入ったのを見つけた。クロノグラフというゴテゴテした文字盤がうるさいが、ボディとベルトの流れと全体の曲線が美しい。
 
太陽光発電で動くというメカニズムにも興味を感じた。謳い文句が本当なら、電卓同様すごいと思う。消費電力の小さい製品にもっと使われてもいいはずと思うのだが見かけない。時折差す日の下で日光浴中。

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2007年6月27日 (水)

枝払い

山でも庭の手入れなどしないのに、東京でするわけがない。だからこの梅雨時に毎年、狭い庭に何本もない雑木の枝払いに悩むのだ。春先にコンクリートをはったガレージ(というほどのものじゃないけれど…)のそのコンクリートを突き破って伸びた雑草が、車の出入りのたびにギシギシバシバシ車に当たり底をこすっていたのをひと月以上放置し、気味の悪い音に耐えきれなくなって抜いた(FERMATAが)。そのころから、木の枝が私道や公道の電線を覆い尽くし勢いよく伸びているのを知っていた。だのに、ずっと放置した。近隣のお宅にも鬱蒼とした葉がしなだれかかっている。

もう限界、と今日、天気がよいので仕事を休んだ。朝から2本の木の枝を払った。何の木かしらない。枝というより中ぐらいの丸太。計算が甘く、木の真ん中あたりを伐っていたら、本線から枝分かれしてご近所につながる配線の上に重たい葉をつけた枝の固まりがしなだれ落ちだした。こっちは脚立の一番上で倒れだした幹を背中で支え、身動きがとれなくなった。しばし考えた。とにかく頭を軽くしてやろうと手の伸びる範囲の直径5cmくらいの枝と葉の塊を落としていく。大分軽くなってきたころに倒れかかっている太い幹を背中に乗せたまま、幹本体の上の方を伐った。電線が大きくたわんで枝はどさっと落ちた。というところでぐったりして一時休止。(この項、夜に続きを書こう)

Gogonobun

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2007年6月21日 (木)

つかれたどぉ〜

いやはや長い2週間が終わろうとしている。この間、しっかり休めた日はなし。何十時間働いたろうか? 大半はサービス残業で消える。他人の、自分のも含めてだが、ようやく夏のボーナスの検算を終わった。

梅雨入り後の真夏日ですっかり体が参っている。明日からは雨で少し涼しくなると予報では言っているがどうだか。でも、山へ行けば晴れてても涼しいのだが。雨で遠出の車が減ればそれだけ移動はしやすくなる。昨日、2脚目の寝椅子が届いた。キャンバスの色はレンガ色ということだが、かなり渋めの色で最初に買ったオリーブも渋かったから、トーンとしては合っている。今夜オットマンだけを組み立てたが、もう失敗はしない。本体は山で組み立てる。雨でも何でもいいから山の澄んだ空気を吸いたい。

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2007年6月18日 (月)

父の日

Photo 昨日は一日ぐったりして寝てしまった。大学野球の最後のほうだけ見れるころに起きた。FERMATAが先日破いてしまったオットマンのキャンバスを繕ってくれていた。今年は弦楽五重奏に挑戦しているY乃が一番先に帰宅し、痛い腰をマッサージしてくれた。A乃がTシャツやワークシャツをプレゼントに買ってきてくれた。ケーキも買ってきてくれたのだがお腹がいっぱいで食べる元気がなかった。M乃は水戸からその日の夕食を携帯のメールで写して送ってくれた。彼女が得意のオムライスにケチャップで「父の日」と書いてある。

 みんなありがたかった。でも、疲れ切っていて夜はすぐに自分の部屋へ戻って寝ころんでいた。A乃とY乃とFERMATAがケーキを持って団らんの場を私の寝床の横に運んできた。まるで病人みたいだったが、心身共に病気の寸前といった感じ、でもしばらくは家族のために頑張らないと…

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2007年6月13日 (水)

いろいろ、ある…

新しい寝椅子を山用に買った。ずっと前から気になっていたパイプとキャンバスと白木で組み立てる椅子。夕べ届いてすぐに組み立ててみた。どうもオットマンがおかしいなと感じていた。買う前に2chの掲示板で体重65kgの人がオットマンに座っても大丈夫と書いてあったので、試しに座ってみたら、ビリッと嫌な音がしてキャンバス地がちょっとだが裂けた。これは不良品か、とがっかりした。一晩たって朝起きてうんざりしながらおかしいなと感じていたオットマンを布団の中から眺めていた。

ネットで見ていたオットマンとどうしても様子が違う… と、そのとき、キャンバス地の張り方を間違えていたことに気づいた。白木を筒状になったキャンバスのその筒の中に通さず、筒の両端だけひっかけていた。だから見た目も変だったし、65kgはない私が座って簡単に破れたのだった。朝の慌ただしさの中でドライバーを片手に正しくキャンバス地を張り直したら、おかしくなくなった。でも裂けた布地が少し見える。これは間違えた記念に繕って使おうと思う。

座り心地はすこぶる良いし、デザインもMOMAの永久所蔵品になっているだけのことはある椅子だ。で、安心した勢いで、もう1セットFERMATA用のを注文してしまった。この次の山行きは再来週。そのとき2セット色違いで持っていくので、そのとき、改めて紹介したい。

と、親父のほうはホッとしていると、M乃から「ショック↓」と画像入りのメールが来た。電子レンジの耐熱皿を落として割れた写真が添付されていた。一人暮らしに電子レンジはたぶん冷蔵庫と並んでの必需品だから、これはさぞ困るだろう。つい先日は、入学式の日に叔母からもらったお祝い金で買った自転車をバイト先で盗まれた。今回はすぐに買った量販店に電話して取り寄せの注文をするようにと指示。自転車のときはとりあえず警察に届け出るよう指示。自転車は2個も鍵をつけていて、持って行かれたのだから今頃は他の国の路上を走っているだろう。出てこない。かなりショックだったようだが、アパートまでパトカーで送ってもらったとそれだけはうれしそうだった。

まあ、いろいろと次々に起こる。お金で済むことだから、不幸中の幸いと思うしかない。

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2007年5月23日 (水)

休業中のサイトを訪れて

 アコースティックギターの個人ホームページをいろいろ巡回しているうちにアップしてある曲数は少なかったものの、巧いギターとFlashを使った素敵な動画が連動する素敵なサイトを見つけ、何度も訪ねていた。このサイトを作っている人は山屋さんでもあるらしく、北アや八ヶ岳の雪山の写真もBGM入りで見ることができた。

 このサイトが最近休業してしまい、入り口のボタンになっていたシベリアンハスキーの絵をクリックしても中に入れなくなった。そうなると無性に彼の弾くブルースが聴きたくなって毎日訪れていた。今日も帰宅してすぐにそのサイトへ出かけたが結果は同じだった。ところが今日新しい発見をした。もしかしてギターのページのURLが見れないかと思ってソースを開いてみた。ギターのページにはたどりつけなかったが、横にひろがった長いHTMLを読んでいると、たぶんロッキーという名前だったと思うシベリアンハスキーの画像に長い名前がつけられていた。このハスキーは7年前の5月に亡くなっているのだった。そしてなぜか先月の日付入りでそのことに触れている画像名だった。なぜだか、ジーンとした。なぜだかわからなかった。

 ソースを閉じて帰ろうと思い、そのシベリアンハスキーを見ていて理由がわかった。もうすぐPAUが死んで一年になるのだ。ゴールデンリトリーバーのブームが来る少し前に「いばり犬」のハスキーがブレイクしていた。PAUはレトリーバーブームの直前、ハスキー全盛期にうちにやってきた。A乃が小学4年のときだった。生後43日目のコロコロした頭と足ばかりが妙にでかい鼻筋のある子犬だった。そのことをロッキーのホームページを見ていて思い出したのだった。

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2007年5月20日 (日)

文武両断

 FERMATAが髪を切って帰ってきた。肩にちょっと掛かるくらい。縮毛矯正もしてきたとのこと。3時間以上かかった。気持ちよかったあ!とちょっと若々しい感じになったFERがいう。実は私が行っている床屋でやってもらったのだが、パーマ屋よりもずっとマッサージが丁寧らしい。ポイントを集めているY乃は電車に乗って行く遠い美容室に予約を入れてやると言ったが、近い方がいいとFERMATAが主張したので、学校へ出かける途中(弦楽四重奏団の音合わせをしにいった)一緒に駅近くの理髪店に行き、雑誌から切り抜いたヘアスタイルの写真を持っていき、FERMATAが何も言わないのに、ここはこうして、あそこはああして、といろいろ注文を付けていったそうだ。私は椅子に座ると目を閉じてしまい、寝たふりをして店員とまず話さないのだが、FERは先週夫が短くしてもらって…と話したという。はさみ一本で丸刈りを仕上げてくれた年輩の理容師さんが、どうですか?と心配そうにたずねたという。家では好評で… とFERMATAが言ったので、その理容師さんはそうですか、ととても安心した表情だったという。何人かの人にメールで坊主にしたと言ったら画像を送れ、と言われたが送らない。ここにも載せない。ちびにして腹を少し出して眼鏡を掛けさせたジダンのようだと思ってくれればいい。

 さて、FERMATAが帰ってきて夕食の支度を始めたので風呂に入り、ビールを空けた(きょうはキリン・ザ・ゴールドだが最近飲んだ中ではASAHIの「醍醐味」が美味しい。ふとテレビをつけるとゴルフのトーナメントで15歳の少年が最終ホールをパーで終えたところ。2位に1打差で首位。優勝したらどうしましょうとインタビューを受ける少年、「今は文武…両断の時期だから」と答える。

 四字熟語の勉強もしましょう! でもさわやかないい子の顔をしているから許してやろう。

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物憂い晴天

 なんたって天気がいい。もう嫌になってしまうほど。

 この週末も来週末も仕事がひっかかって山へ行けない。でも山もこんなに天気が良いと帰りたくなくなるだろう。いつもだとそろそろFERMATAは帰宅の荷物をまとめ(おおかたがゴミ)、家の中の掃除を始める時間だ。今日は、朝から髪を切りにいっていていない。
 髪といえば先週末、山から戻るとすぐにいつもの床屋へ行って丸刈りにしてもらった。いわゆる5分刈りとかいうような坊主ではなく、全部はさみで短く刈った。いつもだと10分もかからないでカットが終わるのに、小一時間かかった。得した気がした。
 当然まばらにしか生えていない部分は隠しようがなくなった。さっぱりするかと思ったが、心のなかの憂さまで刈り取るわけにはいかないから大して気分は変わらない。頭を洗うのが前よりもっと楽になった。そのうち全部剃ってしまおうかと思っているが仕事をしている間はだめだろうな。無精ひげすら文句を言われるのだから。自分の生きたいように生き、見たくないことしたくないことと縁を切って生活がしたい。

 こういう日は雨戸を閉め切って暗い部屋でブルースを弾いているのがいい。

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2007年5月 5日 (土)

憲法記念日の行方

いつの間にか「緑の日」が「昭和の日」になって、一歩ナショナリズムの道に踏み出し、改憲への布石が敷かれた。

国民の支持率も上がり、地方選もまずまずだった。すでに防衛庁は格上されている。あとは一気に国民投票法制定し、自衛隊は名実ともに軍隊になる。これで軍備にかける予算ははばかることなく増やし、アジアの盟主に返り咲く弾みをつける。

ところが今やアジアのどの国もこの国をまともに取り合いはしない。アメリカの威光を傘に力でねじ伏せようとする目論見か、安倍は自力でやりたいんだろうな。平和のために軍隊を使う。いつか聞いたことのある論法、それで「昭和の日」なのか。

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2007年4月25日 (水)

M乃からの便り

 あの素っ気ないメールのM乃がここ数日毎晩夕食のメニューを画像つきメールで送ってくる。ハッシュウドビーフを煮ている鍋の写真、小松菜とワカメ入りの玉子とじうどん、そして今夜は炊き込みご飯と千切ったこんにゃくの炒め物とみそ汁。結構寂しい食事ではあるが、家にいる間にたっぷり太らせておいたから当分これでも体力は持つだろう。昼は大学生協のランチを美味しく食べているようだし、まあ餓死するほどではなさそうだ。
 
 第2外国語でスペイン語をとった、辞書は何がいい?と専門外の私に尋ねてくる。それって買ってよこせといういう意味か、と聞くと、まあそんなとこかな、と答える。そういわれると、本気になって西日辞典を探しはじめる父親の性格をよく見抜いている。Amazonで探して届けるように手配する。オヤヂの衝動買いよりは安いし、ためになる買い物だから無駄じゃないだろう。

 どうも予想外に水戸は寒いらしく、電話するとロフトの布団の中で丸まっていることが多い様子だ。エアコンで暖房したって構わないのだが、光熱水料を私の口座から落とすことにしているので遠慮しているかもしれない。そういうしみったれた生活を経験するのも悪いことじゃないとは思う。

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2007年4月21日 (土)

Y乃の誕生日

 あのよっちがもう22歳なんて、親である私が信じられない。大学4年生で、今後のことも考え始めている。当然ソリストとして食べていけるようなレベルではないが、音大卒として悔いのない進路を歩みたいと思っている様子。3年ごしのメンデルスゾーンのコンチェルトは今年から第一楽章の指導を正規に受けだし、これで一曲が完成する。まだ多くの人を楽しませる「楽」の域には達していないが、少なくとも私を楽しませてくれる。
 水戸からこの晩のためにM乃が帰ってきた。久しぶりに5人揃った。父は娘たちが笑いながらおしゃべりを続けるのを見ながら少しずつ美味しいお酒を飲む。そのM乃は日曜日に大学の用事があるからと明日の晩にはまた水戸へ戻る。私も明日は仕事。まもなく私の誕生日だから、今度は山でみんなが揃うだろう。去年とちがうのはパウがいないこと。パウの眠る山でもっとゆっくり飲みたい。

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2007年4月17日 (火)

テスト

モブログのテスト

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2007年4月10日 (火)

M乃の「再起動」

 「東京を再起動する」というわけのわからないキャッチコピーを掲げた都知事に対抗してM乃が今日大学に入学した。大学に入学したことよりも、あのわかっているようで世の中を十分にはわかっていないM乃が一人暮らしを始めることのほうが私の気持ちの大半を占めており、一年間の充電期間を経て「再起動」をかけ、新しい画面がまだ見えてこないうちに水戸を後にしたことがやっぱり心配。夕方までガイダンスが親子別々にあり、その後、少し早めの夕食を外でとり、彼女は一人でアパートへ帰り、私たちは車に乗った。ちょうど信号を渡って行く姿が赤信号で止まっている車から見えたが、私の車がその直後に彼女が渡ったばかりの横断歩道を渡ることは彼女にもわかっているはずなのに、後ろを振り向きもせずに立ち去っていった。せめて横断歩道を渡りきったところで待って私たちに手ぐらい振ったって良さそうなものをそういう気遣いができぬ子だ。

 親用のガイダンスはFERMATAが行き、私は電気屋を探して買ってきたアンテナケーブルをパソコンにつなぎ、地上波デジタルテレビのチャンネル検索をしていた。まず電気屋が近くにないので困った。水戸というまちは新興住宅街というか新しい国道50号線を中心として開かれつつあり、その周辺にはヤマダだのコジマだのが大店舗を連ねているのだが、大学のある方角は古い町並みをわずかに残し、学生だけを相手に生き延びている旧市街地という感じで、学生向けのファーストフードやコンビニや安売りのマーケットなどはあるが、家族連れで週末に車でやってきて電気製品を見たりするという「New generationのささやかな幸せ」といった趣はない。ま、それでもなんとか、ケーブルを自作してつないだ。水戸でも東京の局は全部見れるのに驚きながら、うちのAQUOSよりずっときれいにいい音で見ることができたのでホッとする。メモリが1Gだから動かないかと思ったが他に何もしなければ十分テレビの役目もする。果たしてHDD録画のソフトを起動してどうかはわからない。何せ重たいOSではある。

 さて、家庭教師先からまだ帰らないY乃、遅番で帰宅が遅くなるA乃を待ちながら、FERMATAと二人で疲れた体に美味しいお酒をくれてやる。いつか、本当に二人だけになる日がくるのだなと話しながら。そのときは私たちが今度は「再起動」をしないとならないのだろう。

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2007年4月 9日 (月)

携帯電話を買う

今日は朝から信号ごとに止まり、開業30分以上前の職場についてすぐに仕事が降りかかり、その後も朝一番の一件が尾を引いて半日つぶした。出先から戻るサブウェイのホームで、携帯サイトの運勢を見るが特に悪いことも書かれてはいなかった。

ところが仕事を終え、帰宅の車に乗り込むとき、コートのポケットに入れていた携帯をコートごと車のドアに挟んでしまった。液晶を保護する強化プラスチックが割れ、液晶は見えなくなっていた。それでも通話はできそうなので、記憶をたどりながら電話帳を開き、出てきている(はず)の電話番号に宛てて発信した。はっきりしない口調の男性の声。職場の誰彼を思い浮かべるが思いつかず、しばらく黙って相手が繰り返す「もしもし」を聞いていて、父親だとわかった。電話が壊れたことを自宅に伝えて欲しいと頼んで切った。しばらくして家から電話があった。そのときは家電の量販店で電話機を選んでいた。携帯電話くらいなくたって生きていけるはずなのに、なくなることが恐ろしい。

明日はM乃の入学式で仕事を休むが私の携帯電話に連絡が入るかもしれないと思うと回線を中断することもできないから、一番安い電話機を買った(これまではいつも0円の携帯電話を新規で買っていたのだが今回は職場に知らせてある電話番号が必要だったので新規の番号にすることができなかった)。2年9か月使ったおそらく携帯電話史上最小のマッチ箱くらいの電話機からでかい電話機に変わった。これまでは手のひらに隠れるくらいだったのが家の子機を持っているような感じ。でもこれでブログの更新やインターネットを見ることができる。そのかわりそういうことをしているとDoCoMoの思うつぼだ。娘らにしめしがつかなくならない程度に使おう。

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2007年4月 7日 (土)

パソコンを買う

 とうとうパソコンを買ってしまった。それも新し物好きのマニアは別として、正常なユーザならまだ半年は様子見が必要と感じるに違いないWindows VISTA HOME PREMIUM搭載、地デジ対応の一番廉価なPCを… まだ、セットアップしていないからXPからどこがどう変わったのかわからない。興味がないからPC雑誌等で情報収集もしていない状況で、予習もせずに最新機種を買うなんて普段の私がすることじゃない。自分用のPCではない、という突き放した部分もなくはないのだが、出資したのは私だからこれから起こるかもしれない不具合やわけのわからない状況に知らん顔をする立場ではない。うちの娘らは物心ついてからずっとMacをいじってきたから親近感はMacにあるはず。学校でWindowsを授業でいじったことがある程度のM乃が一人暮らしの中でどうこのPCと暮らしていくのか、送り出す娘への不安は、新しいPCでちょっと増えてしまった。

 スペックはそこそこの機種だから、何とか動くはずだが、どういうものか知らないで買ったのだからサポートセンターの世話になりながら本人が自分でつき合い方を修得していく以外に手はない。

 今日、第一段の引越を済ませ、とりあえず暮らせる状況にしたが、その部屋にM乃とPCをおいてくるのが気がかりだったので、M乃もPCも連れて帰ってきた。10日に入学式があるので第二段の引越荷物を車に積んでまた水戸まで飛ばす予定。味噌、醤油の類をせっせと荷物に加えているFERMATAに負けじと私はこのPCを明日一日で修得してしまうつもり。ただしいじるのはすべてM乃にやらせる。私は脇でマニュアルを見ながらアドヴァイスを少しだけして、VISTAの動きを盗み見てやろうと思っている。

 しかしそれにしてもあの街に暮らすと言葉尻が上がっていきそうな、そういう言語体験を一日しただけで疲れてしまった。我ながら実に偏見に満ちた「不適切な発言」だと思うがこれは真実だから仕方がない。

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2007年3月29日 (木)

27th Anniversary

27anniversary 今日は27回目の結婚記念日。毎年お休みがとれそうだと休んでFERMATAとぶらぶらウィンドウショッピングなどして過ごす。たいていは私が行きたくても時間がなかなかとれずに行けなかった万年筆屋さんとか文房具屋さんに行く。FERMATAは私にくっついて黙ってみているだけで、私はFERMATAそっちのけでその店にしかないインクやノートなどを見ている。そうして夕方になると子どもたちと待ち合わせたレストランなどで食事をする。

 今年も決算期の一番忙しい時期に仕事をほっぽりだして休みをとった。けれど今日はぶらぶらではなく、M乃もいっしょに水戸まで車を飛ばして下宿探しに行った。後期日程の試験だったため、大学周辺の良い物件はみんな埋まってしまっているかと心配してたら、不動産屋曰く、今年は茨城県内の入学者の方が多くて、県外から下宿してくる入学者が少ないので供給過剰の状態だった。当然新しくてきれいな物件は高く、安いところはそれなりに、という感じだったが、安くて古いアパートもこの時期一斉に化粧直しをしているので見た目はさほどひどくないし、東京の相場で考えると都留と変わらぬくらいどこも安かった。結局、大学構内を取り囲む道路1本渡ったところにあるあまり広くはないけれどロフト付きのアパートに決めた。道を渡り脇の門から大学に入るとすぐに生協があって食事や買い物もできる。インターネットの回線も来ている。まあいくら見ても目移りするばかりだからさっさと決めてしまった。

 昨日からY乃が風邪気味でA乃もインフルエンザ明けで仕事に出ているので今日は外食はなし。疲れたのでうちでのんびりとキリン・ザ・ゴールド(発売日から飲んでいるけれど軽くて美味しい)を飲もうと帰ってきた。M乃は荷物の整理を始めている。我が家の空気が変わってきた…

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2007年3月22日 (木)

知恵熱かインフルエンザか

 一気に緊張が解けてため込んできた疲れが出たのかM乃が39℃以上の熱を出して寝込んだ。だから話し合いは延長戦に入ってしまった。来週にはいろいろと動かなくちゃならないからゆっくり休んだほうがいい。私の方もこれからの教育費を計算して首が回らなくなるのを予想してか、肩から首にかけて痛くてたまらない。

 といって休んでいるわけにはいかない時期なので仕事にはいく。でも今日明日の2日間がんばればまた山へ逃げ込める。ちょっとのがまん。

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2007年3月20日 (火)

うれしい悩み

 M乃、山梨の大学に合格してしまいました。安達太良山の見える大学は実技だけが試験だったのですが剣道三段の腕も浪人中にすっかり落ちたみたいで往復600Kmの小旅行を楽しんできただけに終わりました。もう一つ、本命のW大を落ちてから本人にとっての本命に変わった納豆の産地の大学は明日発表。私としては今ひとつ乗り気のしない大学です。

 いずれにせよ、一人暮らしをさせるとなると家計に及ぶ負担が大きく、むしろすでに入学金を納付してある私大に入れた方が毎年の授業料の違いを考えても楽なのですが本人はもう25万捨てる気でいます。女の子の、それもだらしのないM乃の一人暮らしはとても心配です。山梨の大学だったら、毎週山への行き帰りに見張りに行けるのがいいです。

 とにかく、このお正月、彼女にあてて送った「躍(とぶ)」という漢字を裏切ることなく、彼女は前に「躍び」ました。それは素直に誉めてやりたいと思います。

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2007年3月11日 (日)

新しい丸眼鏡

Megane0311 古い眼鏡の絆創膏がなくなったことに気づかないと誰も眼鏡を新しくしたことに気づいてくれない。丸眼鏡の縁に巻かれたセルはこれまでの栗色より、明るい部分が多くなったべっこう柄で、直接鼻にかかる部分もセルが巻かれて見えない眼鏡のフレームもゴールドマットになっている。一番違うのはテンプルで、これまでの耳に巻き付く形からストレートに頭を巻くように伸びる形になっている。まあ、自分で思うほどには家族たちも人の眼鏡のことなど気にしてみていないということか。

 古い方の眼鏡は、これまでどおりのつる巻きの新しいテンプルに交換してもらい、痛んできているセル輪も新しいものに交換してもらうよう頼んできた。この交換だけでメガネドラッグなどの安売り店のメガネが買える。新しい眼鏡は、セルの削りなど、機械生産ならもっと均一な造りになるだろうと思えるくらいの微妙な荒さがあるがそれがまた手作りらしくていい。

 ユニオンメガネの長島さんは私と同じ色柄の丸眼鏡をしてお元気そうだった。愛嬌のある丸顔に丸眼鏡がとてもよく似合う。2度目に行ったときからいる眼鏡の調整を実際にしてくれるイケメンのお兄さんも相変わらずかっこよく、こういう町の眼鏡屋さんにいつまでもがんばってほしいと思う。

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2007年3月10日 (土)

現代と鬱

 私が昔の走る仲間から「初老性うつ病じゃないか」と半分冗談交じりに?言われたのずいぶん昔のことだ。当時は「初老性」という限定辞が気になっていたが、今思うと確かにそういう素質はあった。今本物の「初老」期を迎え、体力もなくなってきて、自分ができると思うことの何割かしかできない現実を前に鬱々とした日々を送っている。しかし、鬱になるのは何も初老に限らない。仕事や人間関係や老人問題や様々なストレスの中で暮らしている私に限らず、現代では若い世代にも鬱的な症状を見せる人々が増えている気がする。労働する気もなく、学業をする気もなく、そういう状況から抜け出るための行動力もないニートと呼ばれる世代がじわじわと増え続けている。彼らは半分は楽天的なのかもしれないが半分は無気力な鬱状態に見える。

 それは労働も学業も面白くないと当の世代が感じているだけでなく、親の世代も感じているからだが、そんなことは昔からそうで、仕事や勉強など面白いと感じるところまで突き詰めてみたら案外楽しかったりする成功体験を親も子もしていないからなのだ。ところがそういう達成感を感じさせるような仕事の場も学業の場もどんどん減りつつあるのも事実なのだ。経済も教育も一貫した長期的な展望はなく、その場しのぎの政策を後手後手で押しつけてくる政府。享楽的な、刹那的なワイドショウ的な、あるいはお笑い系で安手の番組づくりをするマスコミ。スローフードを見直そうという声ばかりは聞こえても郊外に林立するファーストフードやファミリーレストラン、スーパーマーケットの総菜しか食べたことがないという世代。ちなみに職場の周囲の人の中で自家製のコロッケを食べるというのはうちだけだった。揚げ物はマーケットの総菜売場で買うか、外で食べるものと決めている様子。行列ができたり、口コミでひろがる美味しい物の店で食事することがグルメで、母親伝来のうまい物を工夫して作る主婦もしくは主父がいなくなっている。

 今日、たぶん今頃、かつての走り仲間の人が新築祝いのパーティをしていて、そこに仕事もできるが、料理もできるという仲間内の「料理の達人」が蕎麦やその他の料理を作っているはず。私もお呼ばれしたのだが、泊まりの仕事で午前中に職場から帰宅、ついさっきまで寝てしまっていたので不参加表明をした。昔なら、眠くても、そういうおつき合いにでかけ、みんなでわいわいやるというのが平気だったが、今は体力も気力もない。さらにはそういうおつき合いそのものが鬱陶しくもある。たぶん時代の空気が私の素質を開花させ、鬱症状を亢進させているにちがいない。

 今起きているのは、少し前に、頼んであったメガネができたという電話がひと月半かかって鳴ったからだ。もう限界をこえて使っていたのでホッとした。つる巻きに巻いた絆創膏が何ともしみったれていて味わいがある。記念写真を撮っておこう。こんなささいなことで鬱的な気分からほんの少し抜け出ることができるのもファーストフード的なんだろうな、と思いつつ…

Megane0310

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2007年3月 1日 (木)

「長距離走者」の後遺症

 日曜日の車の運転の疲れが抜けず、ぐったりとしたまま一週間が過ぎようとしている。後ろの座席を独り占めにして行きも帰りも毛布をかぶって寝ていたM乃も昨日から体調を崩して寝込んでいる。熱もないし、どこといって悪いところはないようなので、きっと気が抜けたんだろうと思う。

 そういう短いスパンの疲労感はもとより、今、私を襲っている疲労感は30代の最後からムキになって走った疲れのような気がしてならない。なんであんなに馬鹿みたいに走ったんだろうと思う。先々週山の帰り道、農道から出てきたおばあさんが、折り畳み椅子のように90度に曲がった腰で、顔は地面に向いたまま歩いているのを見た。私の心も体力もあれくらい異様に折れ曲がっているな、とバックミラー越しに老婆を見送りながら思った。

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2007年2月24日 (土)

M乃前半戦終了

 M乃の受験戦争も前半戦を終了した。勝率はかなり低く、第一志望で、昨日が発表だった私の後輩になる道はついえた。とりあえず今受かっている大学のなかで本人がまあまあと思っている私大に来週は金を納めなければならない。本人の様子は見かけはケロッとしたもので、落胆よりああ終わったなという安堵感の方が先なのだろう。ただし、まだ後半戦が残っているので今日も予備校へ小論文を書きに行っている。前半戦の敗因はこの一年間、第一志望向けの勉強に限定しなかったからだと思う。なによりセンター入試の成績で一番よかったのが文系志望のくせに数学で、次によかったのが理科だったというから、本命のための英語に力を注ぎきっていない。浪人生活中の彼女の話でよく出てくるのは数学の面白さばかりで、英語はときどき私のときに覚えた受験必須単語やイディオムを聞いても答えられないことがままあった。

 というわけで明日さっそく後半戦が始まる。すべて家からは通えない地方で、明日は未明に私とFERMATAもついて車で大学まで送る。剣道の防具をもっていかなければならず、前日から泊まって受けると本人は言ったが、女の子ひとりでビジネスホテルに泊める気もしないから、東北自動車道を明日は北上する。受かるかどうか、受かったとして下宿生活を維持させるだけの資力が私たちにあるかどうか、まだ検討してもいないのだが、彼女の人生で本気でがんばろうと思う一番最初で最後かもしれない時期だからできる限り協力してやりたいと思う。後半戦は3月下旬まで続くから、我が家には当分全面的な春はこない。

 いろんなところで不義理をしている。飲み会に誘われても全部断っているし、自分の実家へもたまに電話を入れるだけ。本人はどうだかわからないが私自身が一番気を揉んでいるのかもしれない。どこでもいいから早く身の置き所が決まって、家族揃って山で進学祝いをしたいと思っているが、そのころは娘らみんな勝手に動き出し、夫婦二人で杯を交わすだけかもしれないとも思っている。

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2007年2月13日 (火)

夕張と東京マラソン

「幸せの黄色いハンカチ」がまだ目に前で風になびいている。夕張を守ろうとする動きは少しずつ動き出している。見た目だけの美しさをピックアップして売り込もうとする動きでお祭り騒ぎをこの週末に迎えようとしている東京の地に足がついていない危ういジャンプと比べ、雪に閉ざされた現実に危うさを通り越した北の町は今静かに再生の時を待っている。

 東京にオリンピックを招致することに反対する!

 好き勝手に東京をギャンブルの町にしようとしたり、今度はニューヨークの真似を使用としたりする出来の悪い息子想いの知事のしようとすることに反対する!

 確かに夕張の、バブル期に拡大した野放図な計画性のない行き当たりばったりは今の状況を見放すに値するほどに馬鹿げている。しかし、あの時期に行き当たりばったりの経営をした企業はあまたあり、それらを政府は国民の血税で救済しているのに、地方公共団体は見放している。財政破綻を目前にしている地方公共団体はまだたくさんある。

 身近なところでいえば東京都清瀬市は西東京市にも編入されず、もはや破綻は時間の問題である。この町には大企業はほとんどなく、病院と療養所と昭和にできた団地が多い。その中の小児病院をこの日曜日にくだらないマラソン大会のためのスタートのピストルを撃つはずの知事は「東京都にありながら、利用者の多くが埼玉県民である」との理由でつぶそうとしている。お台場をカジノにすると言った奴が平気で病院をなくそうとする。彼もさほど余命は長くないはずの歳だが、金のものをいわして高度医療を受けるのだろう。人民のことは考えていない為政者にこの東京がいいようにされている現状を私はもう見ていたくはない。

 今度の日曜日に走る友人はたくさんいる。参加費は1万円である。そもそも走らない私は自分の金をかけて走る人々をとやかく言う気はない。ただいっておきたいのはあの顔面神経痛の知事は走る人々のことを考えては全くいないということ。東京シティハーフという市民のマラソン大会を辞めさせた人間であり、難病患者激励の日本一周をした澤本さんとその応援ランをした人々との接見を拒否した人間であることをわすれてはならない。

 その日、東京は半分麻痺状態になる。歴史のないレースが一挙にNYCマラソンやボストンを気取ろうとしている。走る人にはお怪我なくと祈りつつ、大会運営の失敗を心から祈る。

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2007年2月10日 (土)

FRAGILE

 「壊れものとしての人間」と大江健三郎はいった。それは体だけじゃなく心も含めてのことだと、当の本の中身は忘れてしまったものの、タイトルから喚起されるさまざまな現実を目の当たりにしながら思い続けている。実は形あるものすべては「壊れもの」なのだ、とこの星の行く末を考えながらも思う。いや、いわゆる形のないものであっても、時代の変化のなかで壊れていく。思想も制度も人の感性も。それはいつの時代でもそうだったのかもしれない、私がいまこうして「壊れつつある」からそう感じだしたのではないだろう。

 世の中に絶対などというものはありえないのに、なにかにつけ黒白つけたがるようになるのは世界が末期症状に陥っている兆候に見える。勧善懲悪の時代は、勧善懲悪のドラマが単純明快で頭を使わずに済むために好まれるように、思考停止の時代であることをよく示している。善悪も美醜も相対的なものなのに、絶対的な標語として使えばそれ以上の考察なしに気分良くなれる。「美しい国」という言葉の激甚なあいまいさは念仏のように唱えられていくうちにイメージとして人のこころに植えつけられる。被害者が善で加害者が悪という図式も同様で悪を駆逐していくことで善が残ると錯覚に陥る。嫌な臭いが政治だけじゃなくあらゆる分野で、マスコミを通じて人々の「壊れかけた」心のなかに浸透してきているような気がしてならない。

Fragile

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2007年1月21日 (日)

2つ目の丸眼鏡

Hdt 今している眼鏡は2001年の終わりに作ったもので、山道で転んでテンプルの付け根を壊して修理してもらったり、レンズを交換したりして使ってきた(画像では本の表紙の写真のように見えるが、メガネが本の上に乗っている)。昔から丸眼鏡がしたくて清水にある昭和天皇の眼鏡を作ったという店に行ったりもしたが気に入らなかった。そうこうしながらあちこちの眼鏡屋さんをのぞき続け、ジョン・レノンの銘が入った眼鏡を買ったりもしたがこれも自分にとって究極の丸眼鏡にはならず、ようやく見つけたのが千葉県市川市にあるユニオンメガネというお店だった。店主の長島さんは頑固そうなおやじさんに見えるのだが、お歳のわりに若々しく、ジャン・レノが「レオン」他の映画の中でかけている丸眼鏡のレプリカを福井県鯖江の職人さんのところへ通って作ってしまった。2001年に作った眼鏡はレンズの周囲をマロン色(濃い茶色系でわずかに濃淡がある)のセル巻きにして、テンプルを鼈甲色のセルにステンレスのつる巻きにしてもらった。その眼鏡のつる巻きの部分が最近になって折れ始め、そう遠くない将来切れそうになってきた。頑丈で、そう容易に壊れそうにない眼鏡なので、踏んだか、強く押しつけたかしたのかもしれないが自分では気づいていない。いずれにせよ、修理しなくてはならないのだが、予備の眼鏡がない。前回、酔っぱらって山道で顔から倒れてレンズの枠とテンプルの付け根の溶接部分を壊したときは、その前までかけていたアルマーニの古い眼鏡でしばらく通したが、今はもうその眼鏡も使用に耐えられる状態になく、いつかもう一つ同じ丸眼鏡を作っておかなければと思っていた。

 幸い近眼のほうは進んでおらず、老眼が今かけている眼鏡ではちょっと弱くなってきているので、電話で老眼を一つ進めた遠近両用を頼んだ。今度はレンズもテンプルも両方とも鼈甲柄にしてもらい、テンプルは細いストレートのものにしてもらうことにした。つる巻きは走っていたころは外れないで便利だったが、掛け外しの時にちょっと面倒で、今は読書専用に老眼鏡だけにしたジョン・レノンの丸眼鏡との掛け替えに少し手間取る。鼻当てのついていない直に鼻に乗せる眼鏡の金属部分をゴールドマットにしてもらうことにした。たぶん、今の眼鏡よりもずっとおとなしくみえるだろう。

Megane_1 新しい眼鏡ができたら、今のつる巻きを修理してもらって、ようやく予備の眼鏡ができることになる。娘たちは皆眼鏡をしているのだが、待っている間にできてしまう驚くほど安い眼鏡ばかりを年中替えてしている。かつてのソウルの眼鏡屋が小一時間で眼鏡を作ってくれてしまうのに似たシステムが東京の眼鏡屋でも流行っているらしい。モノにこだわる私は使い捨てのような眼鏡を作る気になれず、たぶんこれで人生最後になる眼鏡ができてくるのを待っている。ユニオンメガネの長島さんのメガネに適う鯖江の職人さんはもう二人しかいないそうで、そのお二人もかなりの高齢でいつまで細かい彫金ができるかわからないとのこと。ちなみに昨年暮れに発注した眼鏡の部品ができてくるのに3か月かかるとさっき電話で言っていた。眼鏡なんて大きな眼鏡屋に行けばいくらでも簡単に手にはいるのに、そしてこうまでしてこだわる丸眼鏡が自分に似合っているかどうかわからないのに… と思いつつ、職人さんが作る私の顔(大きさとか鼻の高さのこと)に合わせた眼鏡を待ち続けることになる。

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2007年1月 3日 (水)

保育器としての老人ホーム

 年末年始を50年以上経った古い家で過ごした義父は義弟の車で施設に戻っていった。次にいつ使うかわからない家の中の片づけをFERMATAがして、二人で義母のいる老人ホームへ向かう。玄関先までは何度か送り迎えで行ったことがあるが、中に入ったのは昨日が初めて。
 
 昨日は夜になって気温が緩み、寒くはなかったが、それでも中に入ると穏やかな温度ときれいだなとすぐにも感じる空気に満ちている。個室ではないがベッドとタンスなど家具の配置とカーテンの付け方がうまくデザインされていて病院のようではない。木をふんだんに使った色合いも落ち着く。お隣のおばあさんが「カーテンをよろしゅうございますか」と声をかけてきた。開けると車椅子に乗った小さな老人が新年のあいさつをした。すぐに戻っていったが、あとで98歳のおばあさんだと聞いた。夕食の時間で、食堂へ目が十分に見えないらしい(私にはかなり見えているように思えるのだが)義母をFERMATAが連れて行った。静かな老人の多い中、ひとりだけ大きな声で何かしきりにしゃべり続けているおばあさんがいた。

 そのあと、私たちより一足先に別の老人介護施設に戻っていった義父のところへ顔を出した。ここは介護を考えたつくりになっており、たくさんいる介護士は老人たちのいるフロアをどこからでもすみずみまで見通せるようになっている。空調が安定し、清浄に保たれているのは義母のホームと同じ。ちょうど夕食のために指定席に座っている義父を私は遠目に見てそのまま帰宅した。

 帰省Uターンのラッシュが高速道路の出口周辺の道を車の列でいっぱいにしており、今朝方のガラガラ状態とは全く別の道を走っているように時間がかかった。私は「これじゃあ、死にたくても死ねないね」とFERMATAに言った。「あの老人施設の人たちさ。まるで保育器の中で何重にも保護された介護を受けている。昔は寒かったり暑かったり、ウィルスが蔓延していたりする普通の家の中で生活してたから、風邪をひいてそれがもとで死んじゃったり、朝起きて体をぶるっと震わせながら暖房機にスイッチを入れたりして、脳の血管が切れちゃったり、と突然の死が身の回りにあったけれど、あそこにはどこまで老衰しきるかしか死への道はないみたいだ」

 母から離れて保育器に入った未熟児が世の中で暮らせるようになるまで保育される… 同じような光景を見たような気がした。

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2005年12月15日 (木)

趣味の違い

 親父は釣りが趣味。心臓を患ってからはさすがに行かなくなってしまったが、定年後も夜明け前から車を飛ばして追浜あたりの釣り船屋から船に乗り、相模湾で日長釣り糸を垂らしアジを大量に釣ってきた。10数年ほど前、太平洋岸の潮流に変化があったのか、アジを釣りに行くといって出かけて、クーラーボックス一杯のサバを釣ってきて顰蹙を買っていた。映画「つり馬鹿日誌」が大好きでほぼ封切り直後に見に行き、ストーリーを全部語ってしまう。だから周囲の者はあとからTV放送で観るときが楽しくなくなる。ちなみに私は釣りほど嫌いなものはなく、ついていったことはない。
 母は物を捨てることが趣味。高級品好きは私が受け継いだが、その高かった物でも何でも邪魔になると捨てる。だから実家はいつもスッキリとしており無駄な物が置かれていない。欲しい物があると早めにツバをつけておかないと捨てられてしまうので気が気でない。「あれ、どうした?」と聞くと、「使わないから捨てた」という。叩いてもほとんど見れなくなった我が家のテレビは今、遠からず捨てられるはずだった液晶テレビのはしりだった初代AQUOSに変わった。大量には買わないから捨てても大量消費とは言えないが消費財は期限切れになる前に捨てられる。耐久財も平気でまだ使えるのに捨てるのでそういう物はもらってくる。実家にある物で欲しい物がいくつかあり、私は捨てられそうになるそれらの物たちを救出するのが趣味である。

 FERMATAは趣味がない。本当にこの人は何が楽しみで生きているのかと思うほど、自己主張もない。私はそれに乗じて好き勝手をさせてもらっているのだが特に物を欲しがらない。私がランニングをはじめて半年後、見ているだけではゴールを待っているのが辛いと自分も走り出し、私がランニングをやめた今も毎日走っている。たまにシューズとかウェアを買ってくれ、というが、実にお金のかからない良い趣味である。一つだけあるとすれば週末の山暮らしで、私が寝ていても早くからPAUの散歩をし、植物を摘んできたり、ストーヴを焚いたりして楽しんでいる。私の方から何かしようと誘えばまず逆らいはせず、逆に私が何もいわなければぼんやり暮らしている。
 私の趣味は何かにのめり込むこと。一つのことを始めようとするとまず本を読み出して収集できる情報を集め始める。デジタルのランニングウォッチをやめて機械式時計を買おうと思い始めると、時計の動く仕組みを知りたくなってその手の本を買う。車を買おうと思うとその車に関する批評が載っている本を買い、その車を作っている会社の歴史や生産様式の本を買って読み出す。なんでも本から入る。ランニングよりもトレーニングやランニングによる障害や「走る哲学者」の本を読むことのほうが好きだった。のめり込むととことんのめり込んでちょっとやそっとでは止まらない。昔は飽きっぽいと通信簿に書かれる子どもだったが今ではもう残り時間が限られているから、そうそう簡単に飽きて次のことへ進むという気が起きず、長距離走者としてのトレーニングがこういうところに生きているのか、執念深く同じことを続けていられるようになった。おかげでしなければならないこと、読まなければならない本が増え続けている。

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