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2012年3月19日 (月)

Pen EP-3の調子

 お正月に落としてから、ほとんど触らなくなったPen EP-3を今日持ち出した。気分はもうOM-Dに移っているいるからかもしれないが、なぜかシャッターを押すのが楽しくない。しかし、熱くならないのはOM-Dのせいばかりではない。夕べから赤蜻蛉さんと昔の写真を見ていて、落とす前のPenの写真と落としてからのPenの写真を見て、明らかにノイズが多いのを確認した。

 さっき、赤蜻蛉さんをお送りして帰宅後、たくさん撮った写真を見て、愕然とした。ピントがみな甘いのだ。このカメラは三女M乃がオリンパスプラザに修理に出して使うことになっているので、また、良い写真が撮れるようになるだろうと思うが今はまともな写真が撮れない。OM-Dが届いてからPenをM乃に渡そうと思っていたが、なるべく早く、修理に出した方がいいと思うようになった。

 一方、OM-Dの方だが、ようやくいろんな作例が出てくるようになってきた。それらのサンプル画はプロが撮っているから同じような写真を素人の私が撮れるとは思っていないが、素人は素人なりにやる気になっている。それでも、赤蜻蛉さんと話していたのだが、結局はカメラよりも前に撮り手の腕と感性の問題があり、上手い人、感性のある人が撮るとコンパクトデジタルカメラでも驚くほど良い写真が撮れる。Nikonのもう数世代前の名機になってしまったD40の素直な絵と比べて、Penはいろんなフィルターを使ったりして、「らしい」絵作りをすることができる。いってみれば、バカチョンと呼ばれたカメラを複雑にした機械任せのバカチョンカメラが最近の高機能一眼カメラなのだともいえる。レンズを替えて、オートフォーカス機能や手ぶれ防止機能を使ってカメラにお任せの絵が一応撮れてしまう。一手間かけたバカチョンなのだ。

 ということは、本当にすごい写真を撮れるかどうか、高画質コンデジと同じスタートラインに立ったということだ。だから結論は腕と感性なのだ。そう思いながら、1979年のOM-10を見ると、OM-Dとそっくりなのに銀塩時代の味わいがボディの内側から匂ってくる感じがする。レバーを動かして、フィルムを巻き上げる。フィルムを抑えているダイヤルがぐるりと回る。その味わいがもはやデジタルの世界にはないのだと思うとさびしく感じるが、もう銀塩に戻ることができない。

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