« iPhoneで更新 | トップページ | 雪の中の三九郎 »

2010年1月 3日 (日)

ボルボ給油口フラップ

 2009年の終わり、ボルボの給油口フラップが開かなくなった。安曇野から八ヶ岳へ向かう途中のGSで給油をしようとしたときだった。氷点下だったからフラップが凍りついているのかもしれないとGSでお湯をもらってかけたがダメだった。そのときはまだ、ガソリンも半分弱入っていたし、850の時はラゲッジルームの右側一番後部のリアバルブを交換するための内張りを外すと開かなくなったフラップを緊急時に開ける輪っかの付いた針金があった。それを引っ張るとフラップは開いたので、向こうに着いてからじっくりマニュアルを読んでやればいいとそのまま山に来てしまった。

 ところが昨日、70シリーズのマニュアルを読むと、
「ドアロックが解除されていても、燃料給油口フラップが開かない場合はボルボ指定のサービス工場へご連絡ください」
と書かれてあった。それはつまりフラップを自力で開ける方法がない可能性が高いのだと知って慌てた。

 山には東京から来て、いったん安曇野に私を迎えに来たボルボと、安曇野からFERMATAが一人で乗ってきたジムニーがあったのだが、今日家族はボルボで東京へ、私とFERMATAはジムニーで安曇野に帰らなければならない。ボルボのディーラーに電話しても正月で休み。案内のテープがボルボロードサービスに電話をしろと言うので電話をすると、あなたのボルボはパスポートの期間、保証の期間が過ぎているので、マニュアルに書かれていることしかお答えできないと言う。正月中であること、今山の中にいて燃料も残り少ないことなどを話すが埒があかない。インターネットのAuto Stageというサイトで質問するとドアロックを解除するときにフラップ周辺を叩くと外れることがある、とすぐに教えてくれたが、そのとおりやってもダメだった。

 年の初めから、なんてことだ!

 JAFを呼ぶか、あの気に入らない対応のボルボロードサービスを呼ぶか、結果はボルボ乗りの人(どうも外車に同じ事態は発生しやすいらしいので他の車乗りの人も含め)の参考になるかどうか、私の取った方法を表のHPに、紹介しておこう。

|

« iPhoneで更新 | トップページ | 雪の中の三九郎 »

森の生活」カテゴリの記事

コメント

半年分くらいHPに書いてしまった気がする。疲れたあ。でもうまく説明するって難しい。私にはマニュアルは書けないな。

投稿: EUGENE | 2010年1月 3日 (日) 22:08

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

正月早々、トラブルでしたね。
ご愁傷さまでした。
解消、なによりでした。

投稿: の~ | 2010年1月 4日 (月) 22:05

明けましておめでとうございます。

ご家族さまの無病息災をお祈り致します。


従姉妹はボルボを22年間乗って昨年乗り換えました。近くにいいサービスステーションがあったからと言っていました。

私はシンプルで自分で触る事が出来る車に16年乗っていましたと言っても最近は欠陥車でしたからサービスステーションに入る方が多かったのですが、、、

マニュアル興味深く拝見致しました。素人には歯がたたない事は承知ですが、私は作業手袋を何時も車に持っています。

投稿: takako | 2010年1月 6日 (水) 16:56

takakoさん

あけましておめでとうございます。
無病息災を祈ることばを遠い海の向こうからいただいて感謝します。

「自分で触る事が出来る車」

同じ話をボルボに荒療治をした修理工場の親父さんとしていました。今、日本ではエコカー減税とか補助金とかが行われており、何とか車の買い替えに政府がお金を出しています。私は実のところ、ハイブリッドカーのエコ性に疑問を持っており、その点で修理工場の親父さんと同意見でした。今乗っている車をどれだけ長く乗り続けるかの方が、燃費のいい車に乗り替えるよりどれほどエコかという点でした。

 私は電池に対して不信感を持っています。ハイブリッドカーの車載電池が何年後に使えない状態になるのか、どこのメーカーも明示していません。その電池生産にどういう原材料を使い、廃棄処分のときにどれだけの有害物質が出るのか、明細を示していません。

 かつて乗っていたボルボ850は廃車時に出るゴミの量を報告書の形で公開していました。そういう会社の車が好きだったのですが、今の時代にマッチしないようです。今の車があと何年乗れるのかわかりませんが、20年以上乗れば総体としてのエコになる気がします。

投稿: EUGENE | 2010年1月 6日 (水) 21:51

政府が補助金を出して車を買い替えるアメリカの政策も、北カリフォルニアではアメリカ三大自動車メーカーを救えませんでした。アメリカ車を売り、外車(日本車)を買った人が多かったと言う事になりました。

ハイウエーに入る交差信号待ちの100メータほどの道で一時はヨーロッパの外車が多かったのですが、次に日本車が多く見られ、昨年の後半期から古い車が多く走っています。私のアメリカ車バンもリコールで半月車庫に入っていますが、部品がまだ届かないと言っています。部品が届くかは興味深いところです。
いろんな意味でエコーとはが問われているのかもしれません。20年乗れたらうれしいです。従姉妹は何時も自慢しています。

95歳の知人と他の高齢知人は人生で乗り換えた車は6台だったと言います。ディラーの女性は知人の1/3の年で6台車を乗り換えたと言っています。多分生きてきた時代が違うと消費する考え方も違うのだなぁと思いながら聞きます。いろんなコミュニケーションがあって学んだり 自分の考えを再確認出来ます。

投稿: takako | 2010年1月 7日 (木) 06:40

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« iPhoneで更新 | トップページ | 雪の中の三九郎 »