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2009年6月29日 (月)

丸善創業140周年記念限定万年筆「檸檬」

東京に出張で来たら、立川駅中の丸善に限定1400本の万年筆が売られていた。梶井基次郎が京都寺町の果物屋で買った檸檬〈れもん〉を河原町三条の丸善の美術書の上に置いて立ち去って行くという短篇にちなんだレモンイエローの万年筆だ。色は名前のとおりレモンイエローだが深みがない。そばにあったアウロラのイエローが濃いくせに妙な透明感を感じさせるのと比べてしまうと、グリコのオマケみたいなプラスティック然とした黄色だった。パーカーのセンテニュアルのイエローと形はよく似ているが、万年筆としての重みが全く違う。こういう半端な万年筆を4万弱出して買う御仁が世の中にはいるのだなと悲しい思いで見た(試し書きもした)。
これは完売後にオークションで儲ける人が買う万年筆である。自分が愛用するための万年筆じゃあないと即座に私は思った。以前も同じ企画で檸檬という万年筆が出たらしいがそれが今回のと同じかどうかは前回のを見てないのでわからない。

見た後で同じ駅中の喫茶店で濃い目の、これもプラスティック然としたイエローのLamyでメモを取った。1/10の価格のLamyの方がずっと書いて楽しい万年筆だった。

出張絡みでもう一件。ソフトバンクへiPhone3GSの機種変更をしに行った。16GBはあったが、32GBはなかった。東京でも買えないのか、東京だから買えないのか、穂高のソフトバンクへ行ってないのでわからない。まあ、これは焦ることはない。でも、限定品好きの人は早いうちに丸善の檸檬は入手しておいたほうがいいだろう。プレミアがついて売れるかどうかは保証の限りではない。

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2009年6月28日 (日)

書き忘れたこと〜八ヶ岳

 金曜の晩に安曇野に来たFERMATAと土曜の昼から今日の昼まで八ヶ岳の家に行ってきた。すると、玄関側の数m離れたところに生えていた松の木が1本家に向かって倒れ、屋根にもたれかかっていた。根本から腐っており、間伐されない森の不健康さをよく示している。…などと分析しつつ、このままじゃ放置もできないのでどかしてみようと試みたが、10cmほどの幹の細い木なのに容易に下ろせそうにない。仕方なく管理会社に電話をしたらすぐ来てくれた。とりあえず見に来てくれただけだが。「脚立で屋根に上がってそうっと下ろしておきます。幸い屋根には影響ないでしょう」とのこと。本当に幸いなことに角度が屋根とぴったり合っていて、衝撃は分散されたのがわかる。さらに1mほど横にそれていたら天窓を直撃したところだったが、それも避けられていた。というのが今回の書き忘れの一つ目。

Toboku

 ついでに家の外回りを見てもらって、塗装をし直してもらうように頼んだ。7年間も経つとずいぶんと古びてくるから、この際、きれいにしてもらおうと思う。ああ、今年こそ買おうと思っていたマレンコのソファーがまた遠のくか。でも、退職後の永住の地ととりあえず決めているから、建物は大事にしないと。というのが今回の書き忘れの二つ目。

 これは先週東京に帰ったときくらいからそう思い出したのだが、今回改めて見て触って再確認したのがFERMATAの頭。今、甲子園児のよう。白い、ちょっと泥のついたランニングシャツを着て、カーキ色の長めの半ズボンをはいて、あぐらをかいて、縁側でスイカを食べている昭和中期の子、というとイメージがわきやすいか。でも7月から次の段階の治療に入るとまた一休さんになる。それが三つ目。

 さて最後の書き忘れが、表のページの更新について。一応半年過ぎたところでMonologueを書庫にまとめてしまうのだが、今年はちょっと早くに片づけた。何もなくなったページに「師匠の酒」をアップした。こんなあつかいをして大丈夫だろうか。お師匠からお叱りの声が聞こえたらすぐに画像を小さくします。山ではこんな風です。

Sn_en03


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あずさ回数券

 先週を除いて今月になって3回FERMATAは安曇野にやってきている。ふだん無駄遣いしない人だから、ここに来たいという気持ちを経済的に制限する気もなく、自由に来させてきたし、いちいち交通費がどのくらいかかるのかなんて考えもしなかった。ところが、明日東京へ出張するので指定席をとりに駅に行って、何気なく、とくとく情報なんていうのを見ていたら、あずさの回数券を買う、という方法があったことに気づいた。6枚つづりで穂高・新宿間が30,600円。松本・新宿で27,000円。穂高まで来るあずさは下りは1本/日、上り2本/日だが、穂高までの回数券を買って、松本乗換えをしてきてもずいぶん安いことがわかった。松本乗換えをして来ることの方が多いが、穂高まで直通のあずさで往き来することもあり、そのとき精算するのが面倒だから、穂高・新宿間の回数券を買った。
 明日、私とFERMATAが松本乗換えのあずさで東京へ行くのに2枚使い、明後日私がこっちに戻ってくるのに穂高まで直通のあずさに1枚使う。ずいぶん得になる。逆にいうと、これまでもう10回以上往き来しているからずいぶん損をしたことになる。

 指定席もこの回数券でとれるし、これからはうんとこれを利用しようと思う。

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2009年6月26日 (金)

TimeMachine〜安曇野〜

 東京にめったに帰れなくなっているので、MacBook AirのTimeMachineはいつも停止状態。家に帰ったときだけ、TimeCapsuleでバックアップをとっているが、どうも心配なのと、これまで使ったことがなかったUSB接続の外付けHDDが使ってみたかったので(後者の理由のほうが大きい)、安い外付けHDDを買った。

 上のAmazonでリンクされているのは500GBのものだが私が買ったのは1TBのほう。1万円を切る価格で大丈夫だろうかと思ったが評判はすこぶるいい。昨日の朝注文したら、今日の昼前に届いた。今、フォーマットして、さっそくTimeMachineを作動させた。そんなに遅くないし、音も全然しない。15分くらい経った今、3GBを越えたところ。このまま、午後の仕事に出ると帰宅するまでには… 終わっているだろう。

【追記】せっかちな私は「とりあえず」届いた1.0TBのHDDがうまく動作するかどうか試したくて(せっかちではあるが結構用意周到な私はフォーマット時の問題点やパーティションの切り方をネットで調べ尽くしてから始めているから、ちゃんと出来るに決まっているのだが)、わずか1時間弱の昼休みに、自分でチンしたお昼ご飯を食べながら、上の作業をして、電源を入れたまま午後の仕事に復帰した。
 帰宅後、MacBook AirはSleep状態に入っており、バッファローのHDDも自動的に電源が切れていたが、バックアップはしっかりとれていたし、その後も何度か自動バックアップを行っていた。実にどちらも忠実な部下たちで、職場の若い衆を見習わせたい!?
 
 それにしても1G=10円である。音はApple純正のTimeCapsuleより静か、というより音がしない。熱ももたない。TimeCapsuleよりふたまわりほど小さい。遅いか早いか、どちらにしてもUSBだからそんなに早いわけではなく、もとよりバックアップをするために買ったのだから、黙って粛々と仕事をしてくれていればいい。ただし、DVD-Rに焼いたって、何に入れておいたって、所詮データを生涯保持するなんてことはムリなことであることは忘れないほうがいい。バックアップはあくまで、保険の一つに過ぎない。真似して買ってうまくいかないと言う人がいると嫌だから、絶対いい、とは言わないが、ま、マシンのHDDも軽くしておきたいし、バックアップもとっておけば安心だし、何せ1Gあたり10円だし、という軽い気持ちでいられる人にはお勧めの一品ではある。

 ちなみに私は、もともと80GBしかないAirのHDDのバックアップ用に3分の1、残りの3分の2を画像等のデータ保存とテレビの録画用にわけてパーティションを切った。電源用のコード以外をぶら下げないスマートさが売りのAirなのにUSBハブでコードがぶら下がっているのが非常に美しくないのが、難点であるが、TimeCapsuleにこのHDDが負けているのはこの点くらいである。

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2009年6月23日 (火)

米がない

 行かなくちゃ
 米を買いに行かなくちゃ
 ジャスコへ車で行かなくちゃ
 米がない!

 なんて歌を歌ってる場合じゃないのだけれど、米がなくなった。一日二食しか食べない一人暮らしなのに米の消費量が非常に多い。おかずはなくても米がないと生きていけない。米で作った水はあるのだけれど、これも意識が遠のくほど飲んでも、最後に米は食う。そういう遺伝子が体の中にある。

 米のうまい国に生まれてよかった、他のことでは嫌なことの方が多い国で自国が大嫌いなのだが、こと米に関してはこの国に生まれてよかったと、悔しいけど思う。パン食って腹の足しになる人間の胃袋が信じられない。蕎麦はうまい。ラーメンもうまい。でも半ライス付けないと食事をした気にならない。魚沼産コシヒカリじゃなくてもいい(その方がいいけど)。長野産コシヒカリでもいい。とにかく、米である。何を置いても米である。オシャレなレストランでライスかパンかと聞かれると、決まってるだろと腹を立てるほど米でないとならない。この前の日曜日に安曇野に戻るときFERMATAがいろんなおかずを即席に作ってくれてタッパウェアに入れて持たせてくれた。だから、おかずはたんとある。なのに米がない。これはもう死にそうである。

 買いに行けば? 麦の水と米の水を先に飲んじゃって車でジャスコに行けないのである。出前とれば? 出前なんかないのである。ああ、出前があったら、レバニラ&ライスとか、中華丼とか、頼むのだが、この山の中に誰が出前をしてくれるというのだ。コンビニ弁当でガマンすればいいじゃない! コンビニまで4Km以上あるのだ。辿りつくまでに餓死する。

 パスタの買い置きがないことに気づいたイタリア人みたいだ。
 サイの生肉がないことに気づいたアフリカ人みたいだ(これは問題を醸す発言のため一行削除)。

 というわけで、今夜は冷蔵庫の中のモノを腹に詰め込んであとはとっとと寝てしまおう。きっと、ぴかぴかと輝く白い米のみずみずしい炊きたての湯気と香りを夢に見るだろう。いや、必ず見る。

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2009年6月18日 (木)

iPhone OS 3.0へ

 今日の午前2時からアップデートされたOSのダウンロードが始まったらしい。朝起きて一番にダウンロードしてiPhoneをアップデートした。約10分くらい。あっけなく終わる。まだ、コピー&ペーストとスポットライトの検索くらいしか試していないが、確かにこれは便利になった。

 他にもたくさん改良点があるらしいが、試している時間がない。もう後戻りはできないからのんびりといじくりながら試していこうと思う。

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2009年6月17日 (水)

博多のひとへ

 FERMATA写真館を始めてからアクセス数が急増した。面白くない集計方法だが、見に行ったページの枚数でカウントするから、写真館(1)を見れば20増える。そんなわけで、一挙に表のHPの閲覧数を超えてしまったブログだが、今日、最近癖になったアクセス解析で生ログを調べると、博多のひと(博多の女、と綴ることができないのが残念? だって博多で知り合いの女性は素人もお商売の人もいないから)が写真館やいくつかのページを見てくれている。

 大体想像がつくのだが、もし私の想像が間違っていなければ… 「お元気ですか〜?」

 大体、万年筆系、カメラバッグをはじめとしたバッグ系、ペンケース系、iPhone系、最近はぐっと減ったけれどMacBook Air系の人は検索で来てくださった方。でもFERMATAとかEUGENEとかでひっかかって来てくれている人は元パソコン通信系のお知り合い。一方的にこっちが発信し、相手も思い出したようにご覧になってくれて帰って行かれる。たぶん、もうそれでいいんだと思う。かつてのように、忘年会だ、新年会だ、どこどこレースだと言って出かけていくだけの時間も体力もない。それよりも、もう私は1mmたりとも走っていない。

 こうやって自分の今をさらけ出している以上、かつてのぞいたことのあるURlを叩いてみたらまだ行けちゃったという形でもこうして見に来てくださるお気持ちに感謝したい。ありがとう。私が博多に行く機会があって、もし電話をすることが許されるのなら電話したい人が2人いる。たぶん、今日の昼間フェルマータさんの写真を見てくれた方はそのうちのお一人だと思う。違っていても、この匿名の空間の中だからどうだっていい、というか仕方ないことだけれど。

 でも、いつかまた、昔みたいに東京博多間夜行バス0泊2日で遊びたいです。

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お目当ての十四代

 先々週、FERMATA写真館(2)をアップしてから更新が滞っていた。通勤治療が始まって二週目を終えた先週の金曜日、FERMATAが今度はお茶の水から新宿であずさに乗り換えて安曇野へやってきた。土曜日は私が仕事でいないというのに、部屋を片づけないとすぐに散らかすから、と理由をつけてやってきた(確かにたった一週間で部屋の中をものすごい状態にするのが私の特技だから)。

 日曜日は仕事を朝のうちにさっさと切り上げて帰宅し、穂高川を上流に向かって山を登り、清流の上に架かる小さな橋を渡りに行った。

Dsc_1913

 橋を渡ってからさらに上流に向かうと激しい水の音が高まった。滝というか水が高低差のある場所を流れ落ちる場所はいくつもあるのだが、ここは明らかに音の質が違った。山道から獣道のような低灌木の間を抜けて川に近づくと人工(と思われる)まっすぐ垂直に落ちる滝があった。獣道を抜けて出た先は滝の真上の平らで静かな岩場でそこから、どのくらいあるのか、高所恐怖症の私はなかなか近づけないくらいの高低差で水が落ちていた。

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 そんな自然探索を終えて、県道に出、歩いて町の方へ向かった。道祖神を見たり、道ばたのリンゴ畑に実りだした小さなリンゴや花の写真を撮りながら、ときおり、襲ってくる座骨神経痛を前屈運動で散らしたりして歩いて行った。下の写真は大黒様の道祖神だ。

Dsc_1929

 車でないと身動きがとれないような土地で、なぜ歩いたか。健康のために…では決してない。今さら生活習慣病予防のために走ったり歩いたりしようなどという殊勝な気持ちは全くない。十四代を置いている料理屋が私の住まいから4Kほど行ったところにある。一度宴会で行って、幹事からこんな高い酒は一杯だけにしてください、といわれながら飲んだことがあったので、ぜひFERMATAを連れていってやろうと思ったのである。車で行って運転代行で帰るという手もあったのだが、どうせ下りだから、のんびり歩いていって飲んだあとはタクシーを呼んでもらって帰ろうという魂胆だった。

 実は時間が早すぎて店が準備中で入れず、月曜日の朝早くのスーパーあずさの切符を買っておこうとさらに3Kほど歩いて大糸線の駅まで行ったが、委託駅でカードが使えず、再びのんびり店の方に戻り、ちょうど「商い中」になった店に入った。その間も、たくさん写真を撮ったり、あたりの風景を見たりして歩いた。GW後におおむね田植えが終わり、稲がFERMATAの今の頭の毛ぐらいに生えてきている。ところが水が引かれず、何も植わっていない畑が点在している。FERMATAは休耕地だろうか、といった。私は、人手がなくて田んぼ仕事ができないのじゃないか、と言った。今日、地元の人と話をしていて聞いてみると、減反政策なのだそうだ。きちんと批判する知識も用意もないのだが、これはおかしい。こういうことが日本中の米作りの農地で行われているのだ。>フェルさん、そういうことだそうですよ。

 そしてようやく辿りついた、鄙にも稀な料理を食べさせてくれ、十四代も飲める店について、その昔海の底だった安曇野の、うまい魚を頼み、十四代を注文すると、これが「ない」。十四代を飲むために山から歩いて下りて来たんだよ、と店員さんに言っても仕方ないこと(でも言ったけど)。納得して頼んだのは黒龍の大吟だけ。あとは勧められたお酒。写真もとったのだが別に書いたり、写真を載せたりするほどのお酒じゃなかった。と、私の非常に謙抑的なクレームを聞いた店主が冷蔵庫の前にしゃがみ込んで奥のほうにあった十四代の瓶を出し、斜めにして見ている。「これっぽっちしか残ってないのか」とまた仕舞った。最近耳は遠くなってきているのだけれど、こういうのはちゃんと聞こえる。で、くだんのお姉さんを呼んで、さっきマスターがこれっぽっちか、と言っていた「これっぽっち」でいいから飲みたい、と言った。ホントにこれっぽっちで、ビールグラスに2/3ほど。でも、うまかった。

Dsc_1939

 十四代のお金は取られなかった。一人暮らしだとまず食べない魚ばかりを食べた。めばるの塩焼きもかんぱちのカマもうまかった。安曇野は太古は海の底だった。この土地の原住民族は海人だ。というのがここへ来て9か月かけて研究した結果である。だから、魚がうまいのだ、と思う。

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2009年6月 7日 (日)

FERMATA写真館(2)八ヶ岳編

 表のHPに書いておいたが、新しいNikonのレンズがすっかり気に入ったFERMATAは八ヶ岳での2日間、暇さえあれば写真を撮っていた。AF-S DX NIKKOR 35mm f/1.8Gというレンズは小さくて軽くてD40にぴったりだ。ゾウの鼻のような(それでも純正は小さいのだが)200mmまでのズームレンズをつけると首に提げたカメラがおじぎをしてしまう。その点、このレンズはいい。軽さと明るさを武器に接写、スナップなんでもこれ1本で間に合わせてしまうかもしれない。
Fermata


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2009年6月 2日 (火)

根津鞄2年目

 2年前に購入して書いた日記にコメントを寄せていただいた。あのときもひたすら書いたように、既成概念でショルダーバッグを買おうとする者を跳ね返す鞄であることに今もかわりはない。でも、その頑固一徹さに惚れるという人がいても全然おかしくない。決して使いやすくもない。何しろ重い。空っぽでもMacBook Airより重いのだから。中に物を詰め込んだら肩が痛くなる。
Nezu01

 何しろ硬い。だから融通がきかない。ムリしてタオルを1枚、Tシャツを1枚入れようと思っても、1冊本を抜かないと入らない。そういう意固地なところのある鞄である。
Nezu02

 傷が簡単につく。爪で擦ると線が残る。雨で濡れるとシミができる。でもそんなこと気にしてたら、本物の根津鞄に近づきようがない。お手入れなんてしない方がいい。汚れたら軽く拭いてやるだけでいい。でも、容易に壊れそうにない。念に念を入れた頑固なステッチと選び抜かれた堅い革が壊れてやるものか、と主張する。そういう鞄である。
Nezu03

 久しぶりでポップアップする写真にした。見たい人だけアップしてみればいい。

 ちなみに、私の鞄はHertzで今売られている根津鞄とはちょっと仕様が違う。私はこの鞄を買うときに、根津さんとメールのやりとりをして、オリジナルと同じにして欲しいと頼んだ。売られている鞄には傷防止に鋲が底に打たれているが、私はそれをつけないでくれとお願いした。ショルダーベルトの端を留めるベルト通しも増やしてもらった。根津さんが私の鞄を、自分の鞄を作ったときと同じように厚い革で作ってくれた。ネズの魔法使いは、私の鞄にどんな魔法を仕込んでくれたのか、まだ2年しか経っていないのでわからない。私が70歳になって、まだこの鞄を下げて歩けるだけの体力が残っていたら、魔法の本体に触れることができるかもしれない。

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