先々週、FERMATA写真館(2)をアップしてから更新が滞っていた。通勤治療が始まって二週目を終えた先週の金曜日、FERMATAが今度はお茶の水から新宿であずさに乗り換えて安曇野へやってきた。土曜日は私が仕事でいないというのに、部屋を片づけないとすぐに散らかすから、と理由をつけてやってきた(確かにたった一週間で部屋の中をものすごい状態にするのが私の特技だから)。
日曜日は仕事を朝のうちにさっさと切り上げて帰宅し、穂高川を上流に向かって山を登り、清流の上に架かる小さな橋を渡りに行った。
橋を渡ってからさらに上流に向かうと激しい水の音が高まった。滝というか水が高低差のある場所を流れ落ちる場所はいくつもあるのだが、ここは明らかに音の質が違った。山道から獣道のような低灌木の間を抜けて川に近づくと人工(と思われる)まっすぐ垂直に落ちる滝があった。獣道を抜けて出た先は滝の真上の平らで静かな岩場でそこから、どのくらいあるのか、高所恐怖症の私はなかなか近づけないくらいの高低差で水が落ちていた。
そんな自然探索を終えて、県道に出、歩いて町の方へ向かった。道祖神を見たり、道ばたのリンゴ畑に実りだした小さなリンゴや花の写真を撮りながら、ときおり、襲ってくる座骨神経痛を前屈運動で散らしたりして歩いて行った。下の写真は大黒様の道祖神だ。
車でないと身動きがとれないような土地で、なぜ歩いたか。健康のために…では決してない。今さら生活習慣病予防のために走ったり歩いたりしようなどという殊勝な気持ちは全くない。十四代を置いている料理屋が私の住まいから4Kほど行ったところにある。一度宴会で行って、幹事からこんな高い酒は一杯だけにしてください、といわれながら飲んだことがあったので、ぜひFERMATAを連れていってやろうと思ったのである。車で行って運転代行で帰るという手もあったのだが、どうせ下りだから、のんびり歩いていって飲んだあとはタクシーを呼んでもらって帰ろうという魂胆だった。
実は時間が早すぎて店が準備中で入れず、月曜日の朝早くのスーパーあずさの切符を買っておこうとさらに3Kほど歩いて大糸線の駅まで行ったが、委託駅でカードが使えず、再びのんびり店の方に戻り、ちょうど「商い中」になった店に入った。その間も、たくさん写真を撮ったり、あたりの風景を見たりして歩いた。GW後におおむね田植えが終わり、稲がFERMATAの今の頭の毛ぐらいに生えてきている。ところが水が引かれず、何も植わっていない畑が点在している。FERMATAは休耕地だろうか、といった。私は、人手がなくて田んぼ仕事ができないのじゃないか、と言った。今日、地元の人と話をしていて聞いてみると、減反政策なのだそうだ。きちんと批判する知識も用意もないのだが、これはおかしい。こういうことが日本中の米作りの農地で行われているのだ。>フェルさん、そういうことだそうですよ。
そしてようやく辿りついた、鄙にも稀な料理を食べさせてくれ、十四代も飲める店について、その昔海の底だった安曇野の、うまい魚を頼み、十四代を注文すると、これが「ない」。十四代を飲むために山から歩いて下りて来たんだよ、と店員さんに言っても仕方ないこと(でも言ったけど)。納得して頼んだのは黒龍の大吟だけ。あとは勧められたお酒。写真もとったのだが別に書いたり、写真を載せたりするほどのお酒じゃなかった。と、私の非常に謙抑的なクレームを聞いた店主が冷蔵庫の前にしゃがみ込んで奥のほうにあった十四代の瓶を出し、斜めにして見ている。「これっぽっちしか残ってないのか」とまた仕舞った。最近耳は遠くなってきているのだけれど、こういうのはちゃんと聞こえる。で、くだんのお姉さんを呼んで、さっきマスターがこれっぽっちか、と言っていた「これっぽっち」でいいから飲みたい、と言った。ホントにこれっぽっちで、ビールグラスに2/3ほど。でも、うまかった。
十四代のお金は取られなかった。一人暮らしだとまず食べない魚ばかりを食べた。めばるの塩焼きもかんぱちのカマもうまかった。安曇野は太古は海の底だった。この土地の原住民族は海人だ。というのがここへ来て9か月かけて研究した結果である。だから、魚がうまいのだ、と思う。
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