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2008年3月 6日 (木)

MacBook Airのある空間

Packaging 「MacBook Airのある生活」という表題が小さな紙のマニュアルにある。なかなか魅力的なフレーズだが私にとってはあまり実感のある表現ではない。MacBook Airでなくてもできることしかしていないからだ。さっそうと会議室に持って行って会議のメモをとったり、keynoteで作った美しいプレゼンテーションをするわけでもない。逆にMacBook Airだからできないことはある。でもその出来ないことを出来る限り出来るようにしてあるのがMacBook Airなのだ。wirelessでもう一台のMacからデータを移行したり、wirelessでソフトをインストールしたり、つまりは切り捨てられた光学ドライブや絞り込まれ、もしくは割愛されたI/Oポートなどの「ない部分」がAir=空(くう)というコンセプトなのだ。

 「不在」の存在感は非常に大きい。多くの人が望むようにその「ない部分」を取り込んでいたら、仮に今と同じ大きさと薄さと重さで作れたとしてももうそれはMacBook 'Air'ではなくなってしまうのだ。これらの現代のコンピュータに必要不可欠だと思われていたものを削り取るのにJobsは金をつぎ込み、ユーザはそれを高い金を出して買っているのだ。

 だから私にとって特に「MacBook Airのある生活」はどうでもいいのだ。私にとって大事なのは「MacBook Airのある空間」なのだ。だから開いて使っているときよりも、使おうとして目にとめたこのコンピュータの姿が大事なのであり、使い終えてパタンと閉じたときのコンピュータの周辺に漂う空気が大事なのだ。だから相当金のかかっているこのpackageの持つ意味も気になるのだ。それは大きさも同じくらいの、高級なドレスシャツが入った有名ブティックの箱のように贅を尽くしている。どういう仕掛けがなされているのか、この箱は本体よりも重いくらいの重量を持っているのだ。持ち運びやすいのは確かでそれはこのコンピュータと出歩く機会を増やすだろう。私が持ち運ぶのは一個のコンピュータではなく、一個の空間なのだ。一個の環境なのだ。この空間はまさに「息をのむほどに美しく」それだけなのだ。

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