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2007年9月24日 (月)

時間の早さ

Sanrenkyu 手帳を見ると今月は10/30日間山で過ごしたことになる。さすがにこれだけ行くと季節の変化も少しずつ進んでいくのがわかる。先週低灌木が色づきだし小さな小さな秋の野花が地面にはりつくように咲いていたのが、今週は喬木類も少しずつ色づきだしている。写真の木は何という木か知らないが、写真で見るとはっきりしないが緑と黄色が3:1くらいの割合になっている。喬木の類で一番に色づき出すのは山桜の葉だと今年初めて気がついた。

 残念ながら曇ったり雨が降ったりが続く中、時折日が差す程度で、好天とは言えなかったが、まだ冷たいとまでは感じられない秋の雨を静かに吸い込んでいく腐葉土でおおわれた林の中を歩いていると、吸い込まれていく水が地中深く濾過されながら染みこんでいくように時間がゆっくりと流れていくのを感じる。時事的な小文がたくさん並んだ文庫本の各文について要約してコメントをするというM乃の夏休みのレポートを手伝いながら、今の日本が抱える問題を改めて眺めてみて「どうにもならんな!」とゴドーを待つベケットの主人公のようなため息が出てくる。そういうときだけ妙に時間が足早に目の前を通り過ぎていくような気がする。それらの小文自体が学術的な論文ではないから論者は結構いい加減なことを書いており、二十歳になっていない大学生が絶対に付けそうにないコメントを文庫本の余白に書き込んでしまう。正式なレポートにするのはM乃の仕事だけれど、たぶんあと1週間で夏休みが終わるM乃が十数本のレポートに仕上げるためには私の書いたコメントを、これまたいい加減にでっち上げていくしかないだろう。M乃に言わせると、やなゼミをとってしまったと悔いているけれど、手取り足取りの文章作法のようなことを大学生にさせる授業よりはまだましだろう。「説明もろくにしないで出させたレポートの欠点ばかりいう先生だからマジ嫌。他のゼミなんてみんなでボーリング行ったりしてすっごいいいんだから…」…というのが今の大学の実情なのだろうか。たぶんボーリングに行った学生たちよりも欠点ばかりを指摘されるレポートを何本も書かされた学生たちのほうが将来伸びると思うのだが今のM乃にはそれが伝わらない。遊び場の少ない地方都市の大学生には渋谷も新宿もないから、安いマーケットで、何曜日は何が特に安い、とか、燃えないゴミで出すのは電池(!)とガラスだけであとは全部燃えるゴミで出せる、ということに関心をもつことができる。それらの経験が社会や地球に対する彼女自身の態度として良く意識化されることを望む。

 おやじが何で森の中でミミズにゴミ処理をさせているのか、いつかわかる子になるだろうと期待している。そのミミズたちは徐々に寒さを増し始めている森の地中でどんどん増え、活発に活動している。

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