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2006年6月19日 (月)

PAUとヒューマニズム

Paumori_1 1992年6月9日、牡3頭、牝4頭の末っ子として生まれた子犬が我が家にやってきたのは8月1日、当時単身赴任中だった私のところへ夏休みを利用して家族がやってきていたときだった。パブロ・カザルスの幼名PAUをいただいた。末の娘がまだ5歳のときで、子犬といえど足と頭が大きく、はしゃぎまわると娘は簡単に吹っ飛ばされるくらいだった。夏休みの最後に東京に戻るときセダンの助手席に座るFERMATAの膝の間に押し込まれてじっとしていたが、途中で飽きたのかまだ新車だった車のドアの取っ手を囓って内張を破いた。犬のためだけに車をワゴン車に乗り換えた。どこへ行くのも一緒だった。長期間留守番させられたのは私たちが海外旅行に行くときくらいだった。
 
 2年目の夏、今、私の山の家がある八ヶ岳南麓の、今もある犬と一緒に泊まれるペンションに行った。そこで同じ母犬から生まれた実の兄犬とであった。全くの偶然だった。そこで次男の犬は中村嘉津雄のところへもらわれたと聞いた。

 シャイなところがまったくないやんちゃな犬だった。人見知りせず番犬には絶対になれない犬だった。人間が好きで常に家族のそばにいた。寝るときは私とFERMATAの布団の間にはさまれて寝た。私が仕事でいないと自分が一家の主のような顔をして私の座る椅子に座っていた。どうも彼は自分を犬とは思っていないふしがあった。10歳の夏に山の家ができ、東京ではままならくなっていた放し飼いを山では存分にできた。ひとりで近辺の山道を走り回っていた。それがだんだんきつそうになってきた。いつも私のそばにきてフウっと大きなため息をついて腹ばっていた。

200306pau 犬に人間味を感じるのはおかしいのかもしれないけれど、我が家では犬としてではなく家族として暮らした。彼の宇宙は私たち家族の宇宙と同じだった。家族が言い争えば悲しい目をしてじっと見ている。楽しそうにしていると一緒にその輪に入りたがる。平和が好きな犬だった。名前を勝手に拝借されたパブロ・カザルスのヒューマニズムは彼も受け継いだように思う。そして長寿もパブロ・カザルス同様手に入れた。

 山から東京に戻ろうと声をかけると知らん顔をした彼は今山から帰る必要もなく、鳥のさえずりが一日中続く、冷涼な山の空気の中に新しい住処を見つけた。

0618pau


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コメント

おやすみなさい、PAU。
お悔やみ申し上げます。>皆様

投稿: Naoi | 2006年6月23日 (金) 13:40

PAU いい写真ですね。
自分の居場所みたいな顔をして、あくまでもご家族を守るためなんだろう。色んな事を察知しているみたいな顔がある。胸に伝わって来るモノを聴いているんだろうなと思えます。
PAUが眠る丘に 合掌。

投稿: takako | 2006年6月24日 (土) 06:55

takakoさん、のうさん

表の掲示板にも書きましたが、フロイトの「喪の儀式」はまだ継続中です。

NHKのテレビドラマで、パウにそっくりな犬が介護犬として働き、年老いていくという番組が昨夜終了しました。ドラマそのものは観ていませんでしたが、ときどき予告編などで犬の表情が映ると、誰ということはなく、チャンネルを変えました。まだそういう状況です。

 お返事が遅れたのは我が家のMACではもう自分のブログにさえコメントができない(文字化けする)のでした。いま、職場のインターネットに接続されたPCで書いています。

投稿: EUGENE | 2006年7月 2日 (日) 10:27

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