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2006年1月16日 (月)

生きていくための習慣

 とうとうiMacも限界でしょうか? 最近、フリーズすることが多くなったなと感じていたら、起動ディスクが見つからないというフォルダに[?]のマーク。かつては調子が悪くなりそうだとあらかじめ手を打っておいたりしたものなのですが、何をとっておけば良かったか忘れてしまいました。その手の本もたくさん持っていたはずなのに身近に見つからず、リストアCDでたちあげてリカバリーすることだけはできても、その後の処置を忘れている始末。
 OSのヴァージョンを一つずつ上げていき、9.2.2まで。その後、インターネットエクスプローラを5.1にヴァージョンアップし、残っている「オリジナル項目」という壊れたシステム下のファイルを、新しく入れてヴァージョンアップしたシステムに戻していく気の遠くなるような作業。メーラーを元に戻し、とりあえずインターネット環境だけは戻したものの、インプッド・メソッドが「ことえり」じゃ話にならず、残っているファイルの中からATOK13を拾い出して新しいシステムに戻す作業に手間取りました。何をどこへ入れたらいいのか、「拡張機能」か「初期設定」かそれともシステム直下か。3時までかかってようやくATOKが働き出しました。こういうときの作業のいちいちを書き残すか、ファイルごと保存しておけば良いのだということはわかるのですがそれすらする余裕なく、自分自身がダウンしました。
 
 とにかく、こうやってブログを今までどおりのiMacで書いているところをみるとかなり回復はしているのです。でも、いままで使っていたホームページ作成ソフトや、画像処理ソフト類が新たにライセンスキーを入れないと動かない状態で、そのライセンスキー自体をなくしている。家中のどこかを探せばライセンスキーのシールを貼ったマニュアルがあるはずなのですがそれすらもうどこにあるか見つけだせません。老化は冬の底冷えのようにじわりじわりと身に迫ってきている、とこういうときに感じます。たぶん、ライセンスキーのデータが入った小さなファイルが残された「オリジナル項目」のどこかにあるはずなのはわかっているのですが、もう何度も同じリカバリを繰り返し、そのたびに整理しなくちゃと思いながらほったらかしにしてきたために入れ子状態で「オリジナル項目」がいくつもできてしまっています。

 このマシンが動かなくなったままで2日間、私とfermataとM乃は山へ行っていたのですが、その間にA乃とY乃は本気で新しいマシンをお金を出し合って買おうかと話し合ったらしい、きっとその話にはM乃も乗ってくるだろうし、みんなでお金を出し合うといえば、この私がじゃあお父さんが買ってやるというかもしれない、とも思ったのに違いないのですが。残念ながら中途半端ながらまだ前世紀2000年に買ったiMac DVは生きながらえています。彼女たちがコンピュータを買ったとしてそのメンテナンスは私の仕事になるはず。インターネットに未練を覚え、銀行取引や買い物やないと一番困るのもこの私。なのに、新しいマシンに移行する気がないのです。実に不思議といえば不思議な話ではあるのですが、埃も払ってもらえず、ディスプレイも汚れたままのこのiMacととことんつき合うのが今の私にとって大事な「生きていくための習慣」づくりでもあるのです。

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コメント

 ああよかった! メインページの更新もできました。これで今夜は早く寝られます。

投稿: EUGENE | 2006年1月18日 (水) 19:27

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