« 食べること | トップページ | 生きていくための習慣 »

2006年1月 9日 (月)

この「惑星」の美しさ

tatiirikinsi 受験直前のM乃を連れて山にこもってきました。ときおり本当に勉強しているのか、はしごを上って覗きにくる父親をブラケットで封鎖して、それなりに勉強をしておりました。彼女が勉強している屋根裏には天窓がついており、今は松の枯れ枝や、解けた雪の跡でひどく汚れていますが、そこを黒い小動物が走り去った、と大声が聞こえてきました。「今、玄関を叩いているよ」 玄関の辺りにそういう気配はなく、寝ぼけているのかと思っていましたが、今朝方、昨日の午後にM乃が気配を感じた小動物が庭の外れの木立の中で動いているのをFERMATAが目撃しました。たぶんリスか何かだったのでしょう。私がバードウォッチング用の望遠鏡を構えたときにはもういませんでした。
 デッキの桟の上やそろそろ屋根の葺き替えをしないとみすぼらしくなってきた餌台に野鳥の餌を置くとすぐにコガラやヤマゲラなどがやってきて餌を啄み始めます。この冬ははじめてカラスもやってくるようになりました。これまでは都会のギャングたちを見ないで済むのが喜びのひとつでもあったのですが、町場も過ごしにくくなったのかもしれません。

 yoinohangetu ちょうど今回の連休中は半月で、午後の明るいうちに上り、深夜には沈むので、そうするといよいよ星たちが輝きはじめます。年末年始が新月だったのでこのときも星がきれいでしたが、今回も我慢して起きていて、かつ、氷点下15℃の屋外に出る勇気さえあれば星の美しさも満喫できたでしょう(ということは星の一番綺麗な時間はちゃんと寝ていたということです)。喘ぎ続ける地球とそれを取り巻く銀河系の中で、リスも野鳥もそしてこの私たち人間も実につつましく、生きることにのみ力をそそぎきる。いつ消滅してもいいように自分の領分を守りながら生きている。欲に狂う大人たちも反抗の度をこえた暴力に踊る若者たちも遠からず消滅していくのだからそんなに気負うことなんかないのに… そんな思いを抱きながら本を読んでいると偏屈さにこりかたまった自分の体から力が抜けていくのを感じます。


nirasakikara

|

« 食べること | トップページ | 生きていくための習慣 »

森の生活」カテゴリの記事

コメント

新しい年のお慶びを申しあげます。
美しい月を見上げ 月が移動するのを目で追いかける。
自分にだけに見えるもの 自分だけの時間。

わたしも 窓ぎわの寝椅子に寝そべって時を過ごしました。
昨日は、外の窓ぎわに鉢植えの花を並べて自分に見えるように配置しました。雪をいただいた八ヶ岳連峰から来るおいしい空気。空気がうまいのがいいです。
1249 eugene さん ご家族さまのご健康と幸運を祈ります。

M乃さん 応援します。

投稿: takako | 2006年1月10日 (火) 15:01

takakoさん

遅くなりましたがあけましておめでとうございます。
コンピュータの調子が悪く、なんとかしのいできたのですが、ようやく復調しました。やっぱりそろそろアナログ回帰の時期にきているのかなと思ったりしましたが、これだけ生活のいろいろな場面でインターネットを使い、スプレッドシートを使っているとまだまだ容易に方向転換できぬようです。

投稿: EUGENE | 2006年1月18日 (水) 19:33

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 食べること | トップページ | 生きていくための習慣 »