« 父の胃袋 | トップページ | 初雪 »

2005年11月26日 (土)

月のもの

別に女性を揶揄したことではないのです。

内容的には大したことはないのですが、とにかく面倒くさくて時間のかかる作業が毎月月末が近づくとあって、その締切が近づくと気が重く、体調にまで影響を与えそうになるので、私はそれを「月のもの」と呼んでいるのです。今日も午後1時近くまで仕事をしてようやくまとめ上げました。月曜日に決裁を受けないと月末に間に合わなくなるからです。通常の業務の一貫というか、ひと月のしめくくりなのでもっと早くから手をつけておけばよいのですが、根が怠け者だからなかなかやる気が起きないのです。ちょうど家内のFERMATAも仕事で出勤だったので、いずれにしても山へは行けないから、ちょっとだけ踏ん張って終わりまでやっつけてきました。

本当に馬鹿馬鹿しい作業だなと500枚くらいの書類をめくりながら思います。働くことに生き甲斐を感じたことがいまだかつてない、と自信を持っていえるくらいの仕事嫌いの私にとって、働くのは食うためでしかありません。FERMATAは、結婚後もずっと学生を続けた私を養ってい、そのころは、仕事が天職だ、と思っていたようなところがありますが、最近はお上のしめつけがひどくて仕事が単なる仕事になってしまっているようです。

今、胃潰瘍の治療で通う病院のある街はいわゆる官庁街の隣で、私は網の目のように複雑な、地下通路を歩いたり、ホームを端から端まで横断したり!する乗り換えが嫌で、うちまで直通で帰ることのできる駅まで歩いています。その途中、工事中のビルディングがあり、近未来のこの街を描く看板と、過去の江戸の歴史を描く看板が工事現場の囲いにはられています。たくさんの役人やビジネスマンが急ぎ足で通りすぎ、いつでも警戒中のパトカーや機動隊の格子付きのマイクロバス大の車が止まっており、全然過去も未来も見えてこない風情のない街です。歩いていく方向に見える木々の多い巨大な一角は象徴たる「二世帯家族」が住んでいる都会のど真ん中の「空虚(くうきょ)」です。だれがこの「家」を継ぐか、とりまきが騒いでいます。巨大地震が起きたときこの「空虚」は解放されるのだろうか? いや、たぶん、逆に兵隊のように並んだ警察官がここを取り囲み、下々の侵入を絶対に阻止するのだろうな、などと思いながら濠の外からちらっと見て、地下鉄の穴に潜っていきます。

本当に大切なものを人も街もどんどん失っていく、そんな不安を感じます。森に帰りたい!

F1000002

|

« 父の胃袋 | トップページ | 初雪 »

森の生活」カテゴリの記事

コメント

以前読んだプラトーノフ『ジャン』の中の一節を書いておきましょう。

…奴隷の労働や、極度の疲労や、搾取などは、決して単に体力や腕だけを消耗させるのではなく、理性や心のすべてをもやはり消耗させるのである。そして、心がまず最初に滅び、ついで肉体も衰弱する。そうなれば人間は、自分が、人生の関心事を忘れさせられ、疎外されたまま、信じたり夢を見たり、非現実的なものを想像したりすることだけ慣れた頭で生きてきたこともさとらずに、死の世界に隠れ、要塞であり避難所である大地の中に消え去ってゆくのだ…(岩波文庫『プラトーノフ作品集』)

赤鉛筆で引いた線の部分を読み直す機会もなく、記憶の隅で埃をかぶらないように、私自身の心覚えのために。

投稿: EUGENE | 2005年11月27日 (日) 18:58

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 父の胃袋 | トップページ | 初雪 »