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2005年10月 3日 (月)

autumn2005

yamaguri 今年は春の初めからずっと気持ちのよい快晴に恵まれなかった気がする。精神的な理由もあったのかもしれないが、この惑星に異変が起き始めているのではないかというのが私の一番の思い。晴れていても上空の気流のせいか、水蒸気が上空に薄く膜をはっているみたいに遠方の山が霞んでいたし、夜、天空に広がる星の世界を見ることがなかった。

 土曜日、FERMATAが運動会から戻り、昼の間中眠っていた私は起きだし、山へ向かった。そのために月曜の今日、休みをとっていた。いつもより2時間以上早く家を出たので山の時間帯が2時間ずつ早く進んだ。着いた晩はまったく久しぶりの満天の星。そしていつもより2時間早く起きてベッドの中で本を読み出したときはいつにない青空が、まだ緑濃い木々のはるか上空に見えた。空の違いがこの二日間違うと感じたのは、空の青や木々の緑のコントラストがはっきりしていたためだけではない。雲がはっきりと白く空に浮かんでいたのだ。そう思ってみると真っ白な雲を今年はほとんど見なかったのだ。

dokusyo 秋の訪れもここに山小屋を作ってから一番遅いと思う。森に入ると涼しくてとくにこの惑星の温暖化を肌で感じることはなかったし、今回は着いてすぐにセーターを取り出してかぶるくらいに寒かった。なのに緑はいつまでも濃くて、秋の気配を探す方がむずかしい。去年大量にできた我が家の山栗は今年は全然実をつけていないようで、少しはなれた林の貧弱な木がたくさん実をつけている。

 今日の午前中、直射日光をさけてデッキで本を読んでいると白い筋の入った大きな黒アゲハが優雅に舞っていた。強いて秋らしさを探すと、アカマツに絡んだ蔦の葉が真っ赤に染まっている。読書と睡眠の繰り返しの2日間。これで娘らのうちのひとりでも一緒についてきてくれていたら… FERMATAがにらんでいる。
tuta

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コメント

りっぱなくりですね。写真をありがとう。楽しみます。
FERMATAさんとおふたり。でもきっと何時かは二人ボッチになるものなんでしょう。娘と言うものは外の取り巻きが広くなればなるほど親の事を忘れるものです。家庭ができれば家庭の事に専念しなければならないだろうし、、、
親って 時には子供に配慮して言えなかったり待つばかりだったり 寂しいものですね。でも世界中ひろしといえども親はたった一人ですから かけがいがないものです。
木つくりのデッキ椅子ですね。私のは軽いパイプで出来ていて外に出したり家の中に入れたりしています。一番うらやましいのは肩に触れるほどの近くに葉っぱが取り巻いているのがいいです。
eugene1249の呼吸が聞こえます。大切なものは遠くではない。このデッキチエアのあるコーナーが世界で一番大切に感じます。

投稿: takako | 2005年10月 7日 (金) 04:11

takakoさん

栗は写真ではあまり小さいとは感じませんが、天津甘栗より小さな山栗です。うちの前の私道に落ちていたものを朝の散歩中にFERMATAが撮ったもの。帰る日までデッキより先に外へ出なかった私は、帰る間際に実物を見に行ってきましたが、そのときは山の昆虫か小動物の食事になってしまったようで空っぽになっていました。

私のデッキチェアもホームセンターで買った東南アジア製の簡易なものでパイプ椅子と変わりません。日影が異動するのであちこち動かして本を読んでいます。ちょっと立派な木材を買ってきて、デッキ上にテーブルを作ろうと大分前に思ったのですが、ま、このとおり山へ行くと動くのがまったくおっくうになってしまい実現していません。

日本は明日から三連休ですが、今夜は仕事なので、行けるとしても明日の午後から。それも娘らなし。いずれ出ていくとは思っていても… 

投稿: EUGENE | 2005年10月 7日 (金) 07:09

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